マドリーを前人未踏のCL3連覇に導いたジダン監督。心酔する選手も少なくない。(C) Getty Images

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 欧州3連覇を成し遂げているジネディーヌ・ジダン監督は、なぜ名将なのか?

 まず一つは、ジダンの選手時代の経歴がカリスマになっている点があるだろう。今もボールタッチは、スター選手にも一目を置かれるほど。何を言っても、説得力が違うのだ。

ジダンに言われたら、納得するよ」

 選手たちはそう言って、自然に指示に服する。

 そしてジダンは名選手としての慧眼を用いて、選手の選択を間違えない。どのポジションで、どの選手が、チームが勝利するために一番いい働きができるのか。それを的確に見極められる。その選択の確かさによって、控えに回った選手も不満を抑え、ポジション奪還のために力を尽くす。そこで、健全な競争も生まれるのだ。

 ジダンには、元スター選手としてのエゴがないことも大きいだろう。誠実で、物静かで、黙々と仕事をする。選手やメディアに何かを強要するような強権を振るう、間抜けな真似はしない。どんな重圧の中でも、粛々と自らの仕事に集中できるのだ。

 その人間性こそ、集団を統率するという面で“名将ジダン”の土台になっている。

 ジダンは選択し、統率するプロセスにおいて、大胆で細心な決断ができる。最たる例として、フロントの圧力にも、彼は抗える。どの選手が必要で、必要ではないのか。それに対して、誰にも忖度せず、私心を挟まず、決断ができる。これは簡単のように思えるが、なかなかできることではない。現場の意見を守ることができるリーダーは、選手からの信望を失わないものだ。
 
 兄貴気取りで特定の選手を飲みに誘って、自分に取り込む程度の監督は、遅かれ早かれ、選手からバカにされる。

 名将ジダンは、選手を徹底的に公平に扱う。たとえ関係が悪くなったような選手でも、ピッチで成果を上げられるなら、起用することを厭わない。戦力外になっていたガレス・ベイル、ハメス・ロドリゲスの抜擢などは典型的な例だろう。

ジダンは麾下選手たちを愛する」

 エデン・アザールは言う。愛情は伝わるものだ。

 ジダンはメディアと喧嘩しないが、媚びへつらったりもしない。マスコミから、「なぜカリム・ベンゼマを使うのか?」とバッシングを受けたことがあったが、ジダンは一切動じなかった。決断に自信をもって起用し続け、結果をたたき出させているのだ。

 その決断力は、監督として群を抜いている。
 
 サッカー監督の仕事は、「選択し、統率し、決断する」、大まかに言えば、この3点しかない。戦術的な知識など、この3点が根幹だとしたら、枝葉でしかないのだ。

 戦術家としてのジダンは、平凡な域を出ないと言われる。カゼミーロのような守備的な選手を用い、リアクションでカウンター主体。相手が戦いの流れで引いた時、戦力的優位で押し込む。横綱相撲とも、無策とも言える。ジョゼップ・グアルディオラ監督のように斬新で革新的なシステムではなく、選手の感覚にゆだね戦い方だ。

 しかしジダンに送り出された選手は、局面に応じて動ける。戦術的な幅が与えられているからだろう。相手の動きや心理的変化によって、先手を取れるのだ。

ジダンは間違えない>

 そう信じている。その信心こそ、名将の仕業である。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。