製品を1台作るたびに5ドルの赤字を出す──。

 一見、まともなビジネス戦略とは思えないが、ある調査によるとアマゾン・ドットコムは電子書籍リーダー「キンドル」を1台売るたび、これぐらいの赤字を出している。客寄せのために赤字覚悟で廉価な特売品を出し、高額商品で損失を埋め合わせる手法は珍しくないが、赤字の事業に命運を賭ける企業はまずない。

 だがアマゾンは、この赤字をはるかに重要な事業のための投資と見なしている。狙いはキンドルを通じて同社のサービスを売り、そこからさらに多くの商品やサービスを売ることだ。

 今は「サービス製造業」の時代。製品そのものは最終目的ではない。消費者に提供する体験のきっかけにすぎないのだ。

 かつてソニーやアップルのようなメーカーの仕事は、工場から製品を出荷するところまでだった。だから優れた製品をデザインし、製造すれば十分だった。販売は小売業者任せで、音楽や映画といったコンテンツの提供も別の会社の仕事だった。

 だがサービス製造業の時代には、メーカーが小売業やコンテンツの提供者を兼ねる。10年ほど前、この変化への対応がアップルとソニーの命運を分けた。

 ソニーは何よりも最先端テクノロジー製品のメーカーであり続けた。一部では自前の店舗を展開し、レコード会社や映画制作会社も所有しているが、すべてを統合してそれ以上の何かを生み出そうとはしなかった。

 一方、アップルは自社のパソコンに始まり、iPodやiPhone、iPadのユーザー体験「全体」をコントロールする戦略にシフト。流通業者に頼るのをやめ、自前の店舗網を開設し、ユーザーと直接つながるiTunesを作り上げた。

ネスレも統合戦略で成功

「サービス製造業」のプロと呼べる企業はほかにもある。特に目立つのはアマゾン、IBM、ネスレだ。それぞれ業種は違うが、3社とも従来のやり方の限界が見えた時点でビジネスモデルの転換に踏み切り、その決断による恩恵を受けている。

 アマゾンの場合、主力のサービスは電子書籍やオーディオブックの販売と、雑誌や新聞のオンライン講読。IBMが提供するサービスはコンピューターの製造やソフトウエア開発ではなく、「研究員の頭脳」だ。ネスレは極上のコーヒー体験を消費者に売ろうとしている。

「サービス製造業」の時代には、生産性とコスト削減に徹底して取り組んできた企業も、大胆な思考と既存のビジネスの枠組みを超えた取り組みが求められる。
アマゾンはもともと電子書籍リーダーのメーカーではなかった。創業者のジェフ・ベゾスが明快に定義したように、同社のビジネスはあらゆる商品を売るデジタル小売業だ。

 消費者がどこよりも早く、簡単に商品を手に入れられるようにする──アマゾンがやるべきことはそれだけだった。現在、人々はおむつから高級ファッションブランドまで、あらゆるものをアマゾンで買う。

 キンドルはアマゾンが提供するサービスの入り口だ。アマゾンはキンドルを通じて消費者と直接つながり、さらに多くの製品やサービスを売る機会を得る。キンドルが提供する「閉鎖型ネットワーク」のおかげで、ユーザーを自社サービス内に囲い込めるというメリットもある。

[2012.5.30号掲載]

ファラ・ワーナー(本誌外国語版編集ディレクター)