プーチンのせいで給油に39時間待ちの大行列…産油大国ロシアで起きているソ連時代への"悲惨な逆戻り"

■配給券がないと給油できない
ロシア・シベリア東部に位置する都市、イルクーツク。SNS関連の仕事をするアリョーナ・サドヴニコワさん(26)が燃料不足を最初に実感したのは、6月中旬のことだった。
状況を報じたニューヨーク・タイムズによると、いつものようにガソリンスタンドに車を寄せたところ、給油には配給券が必要だと告げられたという。彼女は同紙に、「本当に恐ろしかった。ソーセージを買うのにも配給券が必要だったソ連時代に戻ったのかと思った」と語った。
彼女は生後18カ月の幼児を抱えたまま、数日後に改めて給油の列に並んだ。金曜日の午後11時に夫とともに列に加わり、暗闇の中で夜を越して、給油できたのは翌日の午後5時。実に18時間後のことだった。列に並ぶ見知らぬ人たちが、幼児に食べ物やおもちゃを分け与えてくれたという。
ロシア全土で、こうした事態が日常化しつつある。米ビジネス誌『フォーチュン』によれば、エネルギーアナリストたちは、ウクライナが数カ月にわたりロシア奥地の石油インフラへのドローン攻撃を続けた結果、国内の精製能力の25%超が失われたと分析している。
ウクライナとの戦場からおよそ4800キロ、日本列島の全長をゆうに超える距離があるイルクーツクでさえ、給油待ちの行列があまりにも長く、地元当局が道路沿いに仮設トイレを設置すると約束するまでになっている。
■旅の途中で39時間の立ち往生
サンクトペテルブルク在住のヴラドさんは、妻とともにウラジオストクで新車を受け取り、アルタイ山脈やカザン、モスクワを巡って自宅へ戻るロードトリップに出た。
しかしシベリア東部の都市チタで、旅は予期せぬハプニングに見舞われた。ガソリンスタンドの行列に39時間並ぶことになったのだ。
7月3日にアルタイ山脈で予約していたホテルには到底たどり着けず、旅程は大きく狂った。ヴラドさんが給油待ちの動画を撮影し、インスタグラムに投稿すると、数千件の「いいね」が付いた。燃料不足への怒りのコメントも相次いだ。独立系ジャーナリスト団体ベレグがヴラドさんにインタビューを行い、独立系ロシア語ニュースサイトのメドゥーザがその内容を掲載している。
6月28日午後11時、チタ郊外にある国営石油大手ロスネフチの給油所。ヴラドさんが列に並び始めたとき、前方には推定1000台の車が連なっていた。給油所まで約2.8キロにわたって車列が延び、40分経っても50メートルほどしか進まない。ようやく給油できたのは6月30日の午後だった。
ヴラドさん夫婦にも他のドライバーたちにも、選択肢はなかった。
チタの手前にある最後の給油所から車で11時間も離れており、チタ市内の給油所も1台あたり15リットルしか給油できない制限が敷かれていた。業者が1カ所に500リットルしか納入していなかったためだ。
■クリミアでは市民への販売が停止
ヴラドさん夫婦は近くのホテルに部屋を取り、交代で列に並んだ。一人がじりじりと車を前進させている間に、もう一人がホテルで仮眠をとり、シャワーを浴び、携帯を充電し、食事をとる。楽しいはずだった旅の途中、そんな生活が2晩も続いた。
不幸中の幸いだったのは、2日間を同じ列で過ごすうちに、ドライバー同士が助け合うようになっていったことだ。買い出しに行く者が周囲の分もついでに買い、代金はモバイル送金で精算する。ヴラドさんは列で出会ったドライバーたちと、「友達になった」と振り返る。
一方、割り込みが起きないようにと、交通警察官が出動する騒ぎにもなった。
今、ロシア全土で燃料危機が広がっている。メディアゾナは「燃料切れ」(Running on empty)と題し、(83ある連邦構成主体のうち)少なくとも56の地域で、燃料の販売制限が敷かれたと報じた。
うち18地域では地方当局が正式に給油制限命令を出し、域内すべてのスタンドに順守を義務づけている。制限内容は主に、1台あたり約30リットルの給油上限と、携行缶への販売禁止だ。残る38地域でもガソリンスタンドチェーンが自主的に上限を設けている。
ロシア紙コメルサントによれば、給油待ちの行列を避けるため全国のタクシー運転手の最大20%が営業を控えているという。
メディアゾナによると、こうした制限のなかで最も厳しいのは、ロシアが併合したクリミアとセヴァストポリだ。6月21日から一般市民への燃料販売が事実上全面停止され、給油できるのは緊急サービス、警察、公共交通、自治体職員に限られる。6月26日には「経済的問題に秩序をもたらすため」として、非常事態が宣言された。

■原油はあってもガソリンはない
世界有数の産油国であるはずのロシアで、なぜ燃料供給がこれほど逼迫するのか。
ガソリンやディーゼルは原油を採掘するだけでは調達できず、精製する工程が必要だ。精製施設がウクライナの攻撃で相次いで停止している今、地中にいくら原油が眠っていても、ガソリンは市場に届かない。
南シベリアのトゥヴァ共和国に隣接するハカシア共和国の住民は、ロシア独立系英字紙のモスクワ・タイムズに、「ガソリン代の高騰で車を売らざるを得なかった」と打ち明けた。「加工肉も果物も魚も今では贅沢品だ。ディスカウントストアで買えるものだけを買っている。それしか生き残る方法がない」という。
世界最大級の産油地帯、ハンティ・マンシ自治管区では、地中に膨大な量の原油が埋蔵されているにもかかわらず、多くのスタンドで販売制限が導入されている。
油田の街ラドゥジヌイの住民は、独立系ニュースメディア「ゴヴォリット・ネモスクヴァ」の取材に「ロシア市民として言わせてもらうが、こんなのはまったくのクソだ」と語った。「石油は耳の上まで溢れていて、貯めるところがないから油井を閉鎖しているのに、ガソリンがないとはどういうことだ」
南シベリアのトゥヴァ共和国では、一部地区でスタンドから燃料が消えた。モンゴルと国境を接するトゥヴァには鉄道が通っておらず、生活物資はすべてトラックか航空機で運ばれる。燃料高がそのまま、あらゆる生活必需品の値上がりに直結する。
モスクワ・タイムズによると、トゥヴァ共和国におけるガソリン価格は6月16日からの1週間で9.2%急騰し、1リットル平均90.63ルーブル(約190円。7月27日現在のレート、1ルーブル2.1円で換算、以下同)とロシア全地域の最高値に達した。
■「今日は奇数ナンバーだけ給油できます」
リットル制限や容器への給油禁止でも殺到が収まらない地域で、さらに厳しい統制が始まっている。ナンバープレートの先頭の数字が奇数か偶数かで、給油できる日が指定される「奇偶ナンバー制」だ。
先頭が奇数のナンバーの車は奇数日に、偶数の車は偶数日にのみ給油が許される。モスクワ・タイムズによると、中部のオリョール州が6月に最初にこの仕組みを導入した。
7月に入ると制度は急速に広がり、同紙によると少なくとも6地域に拡大している。イヴァノヴォ、タンボフ、ヤロスラヴリの各州も一時、導入を検討したという。
配給の方法は地域ごとにまちまちだ。ウォール・ストリート・ジャーナルは、QRコードや手書きのリストといった急ごしらえの仕組みがロシア各地で使われ始めていると伝えている。手書きの紙で需要を管理する光景は、ソ連時代の物資不足を彷彿とする。
ソ連末期の1980年代後半には、食料品や日用品を買うにも配給券が必要だった。野党政治家のボリス・ナデジン氏(63)はニューヨーク・タイムズの取材に対し、ソ連崩壊時に「食料品店の棚が空になるのを見た」年配世代には心構えがあるが、20代・30代にとって「まったくのショックだ」と語る。
メドゥーザによると、導入は少なくとも8地域に達したが、オリョール州は7月16日、1週間以上スタンドに行列ができていないとして、ナンバー制を中止した。クルィチコフ知事は「奇偶方式は有効に機能し、不合理なパニック買いをなくすという主目的を達成した」と説明している。ただし数量制限は残り、市街地では1台30リットル、幹線道路では50リットルまでとされた。奇偶制を解除したのはロシアで初のケースだ。

■ガソリン20リットルでは避難もままならない
ロシア西部、ウクライナ国境に接するクルスク州。ここでは燃料不足が深刻化し、戦時下の生活や避難体制にも支障が出ている。
モスクワ・タイムズは、同州の国境沿い地区で6月から、1台あたりの給油量が20リットルに制限されたと報じた。空襲による停電が相次ぐなか、住民はポータブル発電機を動かす燃料すら確保できない。ドローンの攻撃を受けた際に車で避難しようにも、わずか20リットルでは国境地帯からの脱出はおぼつかない。
ウォール・ストリート・ジャーナルは、クリミアでは闇市場が拡大し、ガソリンは1リットルあたり500ルーブル(約1050円)超で取引されていると報じる。
シベリアのチタ地方でも、48時間待ちの行列に並ぶ「順番」までもが、1回3万5000ルーブル(約7万3500円)で売買されているという。
CNNによると、イルクーツクでは闇市場でのガソリン転売で4人が罰金を科された。うち20歳の男は全国平均の約4倍の価格で販売していたという。買い手を装ったおとり捜査で摘発された。
製油所へのドローン攻撃で燃料不足が全土に広がるなか、プーチン大統領は、「一定の不足が生じているが、深刻ではないと言えるだろう」と語った。だが、制限に動いた政府自身の対応が、その言葉と矛盾している。
■取り残されるシベリア
販売が全面停止されたクリミアでは、その後、販売が部分的に再開された。モスクワ・タイムズによると、国営メッセンジャー「Max」で配布されるQRコードを使って週20リットルまで購入できる仕組みが復活した。ただしコードの争奪戦は激しく、住民の一人は友人ら10人で何時間もかけて1枚を取りに行ったと同紙に語っている。
ロシア全体でも、供給は改善に向かう。モスクワ・タイムズによると、ノヴァク氏は7月21日、複数の地域がガソリンとディーゼルの購入制限を撤廃し、給油所の行列も緩和されたと表明。燃料の輸入や製油所の定期修理の先送りが効いたとして、「市場はすでに部分的に安定しつつある」と述べた。
こうした中、取り残されたのがシベリアだ。ブルームバーグによると、ノヴァク副首相は7月25日、製油所の稼働再開が進み、給油所の状況は「大幅に改善した」と述べた一方、シベリアの状況はなお厳しく、カザフスタンからの供給を含めた追加投入を協議していると明かした。
■産油大国なのに外国から燃料を買う
ロシア金融大学・国家エネルギー安全保障基金のスタニスラフ・ミトラホヴィチ氏は、カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラの取材に対し、この危機は、「深刻だが、ロシア当局は長い間認めようとしなかった」と指摘した。対応の遅れがかえって「国民のさらなる不信」を深め、パニック買いを誘発したという。
心理的パニックが理由との指摘だが、実際にガソリンは足りていない。CNNの報道では、ガソリン生産量は国内需要を約20%下回り、製油所の精製処理量は近年で最も低い水準にある。カーネギー・ロシア・ユーラシア・センターのシニアフェロー、セルゲイ・ヴァクレンコ氏は、「修理側と攻撃側の競争で均衡が崩れつつある」と警告。「ロシアの石油産業の耐久力は、危険なほど限界に近づいている」と論じた。
欧州ニュース専門局のユーロニュースによると、7月8日にはアレクサンドル・ノヴァク副首相がプーチン大統領臨席の政府会議でディーゼル燃料の輸出禁止を発表した。ノヴァク氏は供給状況を、「厳しい」と認めたうえで、「7月の国内市場への供給を増やせる」と説明している。禁止期間は当初、7月31日までとされていた。

ブルームバーグによると、ノヴァク氏は7月25日、オムスクで記者団に対し、ガソリンの輸出禁止を生産者・非生産者ともに年末まで延長すると表明。一方、ディーゼルについては、製油所が在庫過剰に陥って処理量を削減する事態を避けるため、市場が回復し次第、解除する方針を示した。
ロシアはさらに燃料の輸入にも踏み切った。世界3大産油国のひとつが外国から燃料を買い付ける異例の事態だ。ロイター通信によれば、インドからガソリン6万〜8万トンをすでに輸入し、毎月40万トンを各国から調達する計画だという。アルジャジーラなどによると、国内向けの燃料品質基準も緩和され、低品質の燃料の流通が許可された。
メドゥーザによると、ミシュスチン首相が署名した政令により、一部の製油所は硫黄分150mg/kgまでのガソリンを流通させられるようになった。期限は2026年末までとしている。対象の燃料にはユーラシア経済連合の適合マークが付かず、他の加盟国では販売できない。
■ガソリン不足でも戦争には賛成
燃料危機をもってなお、プーチン氏失脚の契機にはなり得ないとの見方がある。
39時間の行列に並んだ前出のヴラドさんは、長蛇の列を映した動画のBGMに、ソ連体制への幻滅を歌った楽曲『すべては計画通り』を使用している。
コメント欄では当局への皮肉と受け止める人もいたが、ヴラドさん本人の主張は正反対だった。彼はメドゥーザに、「当局は手がぬるすぎる。(ウクライナに対して)もっと強硬に対応しなければ、いずれ誰にも相手にされなくなる」と語っている。燃料危機の原因は戦争にあるとするのではなく、戦争の「やり方の甘さ」にあるとする主張だ。
この思考パターンは、ロシア社会に広く根付いている。ニューヨーク・タイムズは、多くのロシア人が国が困窮する現状について政府全般を批判しながらも、プーチン大統領は名指しで批判しない傾向があると論じている。
ただしナデジン氏は同紙に、「まさにプーチンがその政策で我々をここに導いた」と気づき始めるロシア人が増えていると語り、テレビで景気の好調ぶりを語るプーチン氏と給油待ちの長蛇の列という現実との乖離が続けば「疑念が湧いてくるだろう」と述べた。9月に控えるロシア議会選挙は、そうした不満の受け皿になりうる。

■ストレスを募らせるロシア国民
生活に不自由が生じるようになったロシアで、国民の心情は決して良くない。
イルクーツクに住む26歳のサドヴニコワさんはニューヨーク・タイムズに、ガソリンの入手に奔走したことで「ひどく神経をすり減らし、くたびれ果てた」と振り返った。ストレスで翌日は丸一日寝て過ごしたという。いまはガソリンをなるべく節約しながら、「また底をつく前に次の供給が来ることを祈っている」という。
こうした混乱は複数の地域に波及し、政治問題化しつつある。同紙が取り上げたモスクワの政治アナリスト、イリヤ・グラシェンコフ氏は、リサーチノートで、「ガソリン不足はもはや経済問題に留まらない。当たり前だった日常を根底から揺さぶる深刻な危機に、政府がどれだけ対処できるかを問う試練だ」と指摘する。
CNNによると、レニングラード州のアレクサンドル・ドロズデンコ知事はテレグラムに、「パニックになる必要はない。かといって楽観しすぎるのもよくない」と記した。
スタンドに向かえば、いつでも5分もあれば給油できる。そんな常識が、戦時下のロシアで静かに崩壊しようとしている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
