(※画像はイメージです/PIXTA)

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「老後の公的年金だけでは足りないから、米国高配当株からの配当金で不足分を補おう」と、堅実な発想で資産形成に取り組んでいたサラリーマンのTさん(50代・男性)。しかし、ある日突然、NISAの非課税メリットを失う事態に直面しました。原因は投資判断のミスではなく、証券会社のルールを事前に確認していなかったことにありました。本記事では、50代男性の事例をもとに、新NISAで個別株投資をする際に見落としがちな落とし穴について、CFPの下田幸彦氏が解説します。

「配当金で年金を補う」…50代サラリーマンが選んだ〈米国高配当株〉

サラリーマンのTさん(50代・男性)は、40代を過ぎてから「公的年金だけでは老後は厳しい」と感じ、資産形成を始めました。特に、米国の高配当株に注目していました。

「値上がり(キャピタルゲイン)を狙うのではなく、安定した配当金(インカムゲイン)を積み上げていけば、将来の年金不足を補える」

そう考えたTさんは、新NISAの成長投資枠を活用して米国の高配当株を少しずつ買い増していきました。NISAなら売却益も配当金も非課税(※)。長期保有で配当を積み上げていく戦略との相性は抜群です。

※配当金には、米国で10%の税金がかかります。

口座を開設する際、Tさんが重視したのは手数料の安さと米国株の取扱銘柄数でした。ネット上の比較記事を参考に、評判の高い大手ネット証券を選びましたが、それ以上の細かい条件を確認することはありませんでした。

しばらく順調に投資を続けて安心していたTさん。しかし数年後のある朝、口座を確認して言葉を失いました。

NISA成長投資枠で大切に保有していた銘柄が、一般口座に払い出されていたのです。しかも、新たに割り当てられた子株だけでなく、もともと保有していた親株までです。

突然の払い出し…新NISAから「強制退場」となったワケ

払い出しの原因は「スピンオフ」でした。Tさんが保有していた米国企業が事業を分離し、新たな別会社として上場させたのです。

スピンオフとは、企業が特定の事業を切り離し、既存の株主に新会社の株式を割り当てるコーポレートアクション(企業の資本政策)です。

あとからその証券会社の公式FAQを調べてわかったのは、新NISA(成長投資枠)ではスピンオフが発生した場合、親株も子株も権利落日当日に一般口座へ払い出されるというルールでした。

NISAでは、スピンオフ時に親株は旧NISA口座に留まり、子株のみが一般口座へ移る取り扱いでした。しかし、新NISAになってから、この取り扱いが変わっていたのです。

そして、FAQには「コーポレートアクションにより一般口座に払い出された株式を、再びNISA成長投資枠へ移すことはできません」という記載がありました。

長年かけて積み上げてきた非課税の恩恵が一度で失われるという現実に、Tさんは頭を抱えました。

取得価格0円…払い出しで終わらない税務上の連鎖

さらに、問題はそれだけではありませんでした。一般口座に払い出されたあとは、受け取る配当金も課税対象になります。「配当金で年金不足を補う」というTさんの戦略が、根幹から崩れてしまいました。

投資額1,000万円・配当利回り4%の場合、NISA口座での手取りは米国源泉徴収10%(4万円)を引いた36万円です。一般口座に払い出された金額に、さらに所得税住民税が課税されます。

本来であれば、一般口座で受け取る配当金には「外国税額控除」という制度があり、確定申告を行うことで、米国で源泉徴収された税額の一部を日本の所得税住民税から差し引くことができます。また、控除しきれなかった分は翌年以降3年間繰り越して控除することも可能です。

ただし、控除できる上限は所得税額と所得全体に占める国外所得(米国株の配当金)の割合によって決まります。そのため、リタイア後に年金収入が中心となり、所得税住民税の負担が現役時代より小さくなると、外国税額控除による節税効果も小さくなる可能性があります。また、この制度を利用するには確定申告が必要となるため、手続きの手間もかかります。

今後、毎年この分だけ手取りが減る計算です。再びNISA口座で保有するには、一度売却して買い直すしかありません。

そしてTさんを最も驚かせたのが、一般口座に払い出されたあと、画面に表示された親株の取得価格が「0円」になっていたことです。

この表示を鵜呑みにして確定申告してしまうと、売却金額の全額が「利益」として計算されます。実際には購入時に相応の金額を支払っているにもかかわらずです。正しく申告するためには、自分で購入時の取得価格を調べ直し、正確な利益を計算した上で確定申告する必要があります。知らなければ、本来より多く税金を払うことになりかねません。

NISAから強制的に払い出され、非課税が消え、取得価格まで0円になる。「これほどの仕打ちがあるとは思わなかった……」と、Tさんは静かに怒り震えていました。

【CFPが解説】見落としていた「2つの落とし穴」

今回のケースにおいて、Tさんは新NISAでの個別株投資における「2つの落とし穴」を見落としていたといえます。

1. 手数料以外の条件の確認不足

ネット証券の比較記事の多くは、手数料・取扱銘柄数・使いやすさを中心に評価しています。しかし、スピンオフなどのコーポレートアクション発生時の口座の取り扱いについては、ほとんど触れていません。各社の公式FAQを直接確認しなければわからない情報が、実は投資戦略の根幹に関わることがあるのです。

2. 新NISAと旧NISAは同じという誤解

2024年から始まった新NISAは、旧NISAとは制度設計が異なります。旧NISAで問題なかった取り扱いが、新NISAでは変わっているケースがあります。「前と同じだろう」という思い込みで確認を怠ってしまったことが原因です。

なお、投資信託やETFでは、組み入れ銘柄にスピンオフが起きてもファンド内で処理されるため、今回のような問題は起きません。NISAで個別株投資をする場合にのみ、こうしたリスクが生じる点も覚えておいてください。

証券会社は「どこも同じ」ではない…非課税枠を守るための選び方

Tさんの事例から学べるのは、証券会社は「どこも同じ」ではないということです。

手数料の安さや使いやすさだけで選ぶのではなく、自分がやりたい投資の方法に対して、その証券会社のルールが合致しているかを事前に確認する。これが、長期投資を守るための「証券会社選びの基準」です。

NISAは長期的な資産形成を支える大切な非課税枠です。一度失った非課税の恩恵は取り戻せません。口座を開く前に、あるいは新しい投資を始める前に、その証券会社のルールを自分の目で確認する手間を惜しまないでください。

「老後の不安を、自分の力で解消しようとした」Tさんの姿勢は、間違っていませんでした。ただ、道具の選び方を一歩間違えただけで、大切な非課税枠を失うことになってしまったのです。

下田 幸彦

青い森FP事務所

代表/CFP®