「裸の王様」プーチンをつくったのは誰か…「ロシアはずっと勝っている」参謀総長らが積み上げた"戦果の嘘"

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ロシアはずっと勝っている」ウクライナ戦争におけるそんな“戦果”は、いったい誰が作り上げてきたのか。前線では小さな前進が「都市解放」と報告され、司令部では誇張された戦況図へと描き替えられ、最後はプーチン大統領のもとへ届く。その過程で現実は少しずつ歪められ、独裁者は自らに都合のよい「勝利」を信じる“裸の王様”になっていく。ロシア軍参謀総長ゲラシモフの発表と、米シンクタンクISW(戦争研究所)の検証を突き合わせると、そこには誤差では説明できない「戦果の水増し」と、権威主義体制に巣くう情報操作の実態が浮かび上がる。

【画像】独裁者はいつしか“裸の王様”に…「戦果の水増し」は常習的ともいわれるロシア軍参謀総長

ロシア軍参謀総長に「水増し報告」疑惑

「コスチャンチニフカを解放した」と、プーチンは誇らしげに語った。その隣にいたのがゲラシモフだ。

ワレリー・ゲラシモフ、ロシア軍参謀総長。プーチンの下で軍全体の作戦を統括する、ロシア軍幹部の中心人物である。ウクライナ侵攻の実務指揮を担ってきたのもこの男だ。

そのゲラシモフが、6月だけで29の集落、636平方キロを制圧したと胸を張った。だが検証機関ISWが実際に確認できた数字は、20の集落、約30.42平方キロである。20倍以上の水増しだ。

ここで、その検証機関ISWとは何者なのかを、はっきりさせておく必要があろう。

ISWは2007年、軍事史家のキンバリー・ケーガン氏がワシントンD.C.で設立した組織だ。イラク戦争の停滞期に、独立した立場から現地の軍事作戦を分析する目的で発足した。

2014年のクリミア併合以降はロシアウクライナ情勢の分析を専門領域のひとつに据え、2022年の全面侵攻開始からは連日「ロシア攻勢作戦評価」を発表し続けている。

その分析手法は、SNS上に投稿される位置特定映像、ロシア側・ウクライナ側双方の軍関係者やミルブロガーの発信、日々更新される前線地図を照合するという地道な積み上げ型のものだ。

その評価には確信度を明示し、誤りが判明した場合には訂正を行い、根拠となる出典を脚注で示すという透明性を重視した運営がなされている。

米議会の公聴会でもその分析が証言として引用されてきた実績があり、軍や政策担当者からも実務上の情報源として活用されてきた。

ISW自身、現地に赴いて独自の検証を行う研究者を抱え、根拠のある正確な情報の提供を組織の使命として掲げている。

もちろんISWには留意すべき点もある。

資金の一部は防衛関連企業からの提供を受けており、対外政策的にはタカ派・介入主義的な立場に立つ組織だと評されることが多い。

「誤差の範囲」とはとうてい呼べないプーチンの豪語

メディアの評価機関Media Bias/Fact Checkも、ISWの論調を「中道右派」としつつ、報道の事実性については「概ね事実に基づく水準」にあると評価している。

しかし、ここが重要なところだ。政治的立場の傾きと、コスチャンチニフカで実際に何平方キロの土地が動いたかという定量的な検証精度は、まったく別の問題である。

ISWの評価が価値を持つのは、政治的な主張の当否ではなく、地図と映像と数字を照合するという、他の一般報道機関がほとんど手を出さない地味な作業を、侵攻開始以来一日も欠かさず続けてきたという実績にある。

だからこそ本稿は、ロシア側の主張とISWの確認値を突き合わせる作業に、確信を持って踏み込んでいきたい。

年初からの累計で見ても、同じ構図が繰り返されている。プーチンは133集落、3000平方キロ超と豪語したが、ISWの確認値は64集落、約621.7平方キロにとどまる。誤差の範囲とはとうてい呼べない。

これは国家のトップと、その軍事を統括する参謀総長が、揃って同じ嘘を練り上げた結果である。

部隊の小さな前進を「都市の解放」と誇張

そもそも「解放」という言葉自体が滑稽だ。ISWの検証によれば、6月中旬時点でコスチャンチニフカ市内にいたロシア兵はわずか100人から250人。6月23日時点では、ウクライナ兵の数のほうが多かった。

7月6日には、ウクライナ軍が市の中央部と北部で活動している位置特定映像まで確認されている。ロシア側が世界に配信したのは、旗を掲げる少人数の兵士の映像だけだ。

しかもその映像は短く切り取られ、兵士たちがその後どうなったかは誰も分からない。車両や砲が市内で運用されている証拠すら一つも出てきていない。

…これのどこが都市の解放なのか。

実態は、ウクライナ陣地の隙間にこっそり潜り込んだだけの、ごく小規模な浸透部隊にすぎない。この誇張はどこから生まれたのか。

プーチン個人が意図的に嘘をついているのか、それとも下から上がってくる情報自体がすでに腐っているのか。

ISWは5月28日の評価で、興味深い事実を明らかにしている。

ロシア軍上層部が、実際の支配地域より広く塗られた地図をプーチンに見せていた可能性が高いというのだ。西ザポリージャ方面の地図は実態よりも大きく塗られ、ゲラシモフの主張とも都合よく符合していた。

参謀総長という軍事の要にいる人物が、正確な戦況を伝えるのではなく、誇張された戦況を演出する側に回っている。

現場は「制圧した」と嘘をつき、司令部はその嘘を地図に描く

現場は「制圧した」と嘘をつき、司令部はその嘘を地図に描き、プーチンはその地図を信じる。情報が上がるたびに嘘が積み増され、最終的にクレムリンの机に届く頃には、現実とはかけ離れた戦況図が完成している。

これこそ権威主義体制の宿命だ。悪い知らせを持っていけば処分される組織で、誰が真実を報告するというのか。

現場は勝利を演出し、司令部はそれを追認し、頂点に立つ独裁者だけが最後まで「勝っている」と信じ込まされる構造がそこにある。

ただし、プーチンを単なる哀れな被害者として描くのは、あまりに甘い見方だ。むしろ悪質なのは、この歪みを政治的な武器として使い倒す姿勢のほうである。

ISWは7月5日の評価で、プーチンがトランプとの電話会談に先立ち、ロシアが戦場で優勢だと西側に信じ込ませるため、コスチャンチニフカ制圧という主張を意図的に西側の情報空間へ流し込んだ可能性が高いと断じている。

7月3日、プーチンはゲラシモフらと会合を開き、全戦線での進軍を誇示した。この会合そのものが、翌日のトランプとの電話会談に向けた演出だった可能性が高いのだ。

国外には勝利は決定的だという幻想を売りつけ

ロシアが勝っているという印象を土産に持たせ、交渉を有利に運ぼうとする。これは情報の遮断ではない。情報の武器化であり、はっきり言えば詐欺の一種だ。

騙されている側面と、騙している側面が同じ独裁者の中に同居している。プーチンは自分に都合の良い嘘を選んで信じ、その嘘をさらに他人に売りつけているのである。救いのない構図だ。

損耗の数字を見れば、この虚勢の代償がどれほど重いかが分かる。

ISWの試算では、6月にロシア軍が獲得または浸透した1平方キロあたり、約1300人の兵員損耗が生じたという。わずかな土地を手にするために、途方もない数の兵士が死傷している計算だ。

それでいて作戦的に意味のある突破口はどこにも開いていない。ISWは、ロシアの2026年春夏攻勢がいまだ作戦的に有意な成果を達成していないと明言している。

プーチンとゲラシモフは、この犠牲の山を「解放」という美しい言葉で覆い隠し、国内には有能な指導者を演じ、国外には勝利は決定的だという幻想を売りつけている。

なにより参謀総長という軍事の最高責任者が、兵士の命を政治的道具として消費する報告を平然と続けている。正当化の余地などない。

常習的な水増し体質だと断じてよい

ゲラシモフの誇張癖は今回に限った話でもない。3月17日の評価でも、彼は前半だけで12の集落を制圧したと主張したが、ISWが確認できたのはわずか2集落だった。

同じ会合でコスチャンチニフカの60%以上を支配していると豪語したが、ISWが活動の証拠を確認できた範囲は7.85%にすぎない。参謀総長という肩書きを持つ人物の報告が、最初からひと桁違うのだ。常習的な水増し体質だと断じてよい。

日本の報道の弱さも指摘しておきたい。ロイターや共同通信は、ロシア側の「制圧」発表とウクライナ側の否定を両論併記する形で伝えるだけだ。位置特定映像による検証や、月次の獲得面積、損耗効率といった定量的な裏付けはほとんど出てこない。

ロシアが発表し、ウクライナが否定し、読者はどちらを信じればいいか分からないまま記事を読み終えてしまう。

検証をせずに両論併記だけを繰り返す報道姿勢は、結果としてクレムリンの仕掛ける認知戦に手を貸しているに等しいと言えるではないか。

文/小倉健一 写真/shutterstock