(※写真はイメージです/PIXTA)

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物価高が長引くなか、高齢の親が生活の苦しさを子どもに隠し続けるケースが増えています。「年金で暮らせているから大丈夫」という言葉の裏で、食費や生活費を極端に切り詰めている人も少なくありません。元気な声で電話をかけてくる82歳の母。その言葉を信じていた娘が、実家の冷蔵庫を開けた瞬間に知った現実とは。親の老いと見えにくい貧困について見ていきます。

母「大丈夫だから」が口癖

「お母さん、本当に困ってない?」

東京都内で夫と暮らす田中由美子さん(54歳・仮名)は、実家で一人暮らしを続ける母・和子さん(82歳・仮名)との電話で、たびたびそう尋ねていました。しかし、返ってくる答えはいつも同じでした。

「大丈夫よ。あんたは自分のことを頑張りなさい」

和子さんの年金は月約16万円です。夫を亡くして15年。持ち家のため家賃負担はなく、由美子さんもその条件なら生活は成り立っているだろうと思っていました。

一方で、自身の家計にも余裕はありませんでした。住宅ローンの返済は月11万円。大学生の息子が2人おり、教育費だけで毎月10万円近くかかります。

「母は母でなんとかやっている」

そう考えていました。異変に気づいたのは、6月のある週末です。頼まれていた書類を届けるため、由美子さんは予定外に実家へ立ち寄りました。インターホンを押すと、和子さんは少し驚いた顔を見せました。

「来るなら先に言ってくれればよかったのに」

その言葉が妙に引っかかりました。部屋はきれいに片付き、洗濯物も畳まれています。ところが、台所へ入った瞬間、違和感を覚えました。生活感がありません。由美子さんは何気なく冷蔵庫を開けます。中に入っていたのは、調味料と漬物だけ。冷凍庫には保冷剤しかありませんでした。

思わず母の顔を見ました。

「お母さん、何食べてるの?」

すると和子さんは笑います。

「最近はそんなに食べなくても平気なのよ」

見えてきた82歳母の「本当の生活」

その日、一緒にスーパーへ向かいました。和子さんの買い物は驚くほど少ないものでした。肉売り場は素通り、魚にも手を伸ばしません。かごに入れたのは特売のもやし、食パン、納豆だけでした。会計は300円ほど。

帰宅後、由美子さんは家計簿を見せてもらいます。年金収入は手取りで14万円。光熱費と通信費で約2万5,000円、持病の通院と薬代で約2万円。さらに給湯器とエアコンの修理代として、月1万5,000円の分割払いが残っていました。数字だけを見れば年金だけで足りるはずですが、それでも食費は月1万5,000円程度まで切り詰められていたのです。

理由を聞いた由美子さんは言葉を失います。

「お金を使うのが怖いのよ」

和子さんはそう言って通帳を差し出しました。残高は38万円でした。由美子さんは思わず声を上げます。

「だったら私に言ってよ。食べるものまで我慢することないでしょう」

すると和子さんの表情が変わりました。

「そんな簡単な話じゃないの。娘に頭を下げるくらいなら、食べなくてもいい」

由美子さんは耳を疑いました。

「今は元気でも、いつ介護が必要になるか分からない。施設に入ることになったらどうするの。その時にまで子どもを頼るわけにはいかない。お金がなくなったら終わり」

近年は物価上昇が続いています。総務省『家計調査 家計収支編(2025年)』によると、65歳以上の単身女性世帯における1カ月の平均消費支出は15万2,996円(うち食費は39,192円)です。和子さんの手取り14万円では、平均的な生活を送るだけでも赤字となります。将来の医療や介護に対する不安から極端な節約に走り、見えない貧困に苦しむ単身高齢者は決して珍しくありません。

母「迷惑だけはかけたくない」

さらに由美子さんは、押し入れの奥で複数の封筒を見つけます。中には現金が入っていました。5万円、3万円、1万円――少しずつ積み立てたお金です。合計すると100万円近くになっていました。

「これ、何?」

由美子さんが尋ねると、和子さんは困ったように笑います。

「もし私が倒れたら、あんたたちがお金を出すことになるでしょう」

「それだけは嫌なのよ」

由美子さんは胸が締め付けられました。母は浪費していたわけでも、借金があるわけでもありません。むしろ逆でした。将来子どもに迷惑をかけたくない一心で自分の生活を削り、十分な食事さえ我慢していたのです。助けを求めれば娘は支援してくれるはずです。それでも「困っている」と口にした瞬間、親としての立場が崩れてしまう気がしたのでしょう。

「まだ大丈夫」「何とかなる」――。そう言い聞かせながら、毎日の食費を削り続けていたのです。そんな母の思いを知らず、由美子さん、思わず泣けてきたといいます。

帰り際、由美子さんは買い込んだ食材を冷蔵庫へ詰めました。肉や魚、卵や野菜。しかし和子さんは少し困った顔をして「こんなにいらないのに」と、つぶやきました。

「栄養失調で倒れられたほうが面倒なのよ」と、あえて憎まれ口をたたいた由美子さん。親が本当に苦しくても、子どもには見せない、むしろ笑顔で隠してしまう。その現実を知りました。

「だからこそ、先回りして面倒を見てやろうと決めたんです」

そう語る由美子さん。以前より「元気にやってる?」という電話の回数が増えました。そのたびに和子さんも「元気にやってるわよ」と明るい声で返すのが定番だといいます。