〈下妻市長・自死報道で…〉「根拠のない不法就労にからんだ陰謀論、非常に迷惑している」“事件性なし”でも憶測の問い合わせ電話に市役所も警察も困惑、市長側近は「真面目な努力家」

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茨城県下妻市で今年3月の市長選に初当選した須藤豊次(すどう・とよじ)市長(67)が15日未明、同県八千代町の排水路で遺体として見つかった。目立った外傷はなく、茨城県警は自死の可能性が高いと判断している。一方ネット上では「他殺」を疑う陰謀論が拡散し、市役所にも問い合わせが相次ぐ異例の事態となっている。

〈画像〉「街灯がなく夜間は暗闇に包まれる」須藤市長の遺体が発見された水門、現場付近の写真も

捜査関係者は「科学的・客観的な見地に基づき事件性は極めて低い」

須藤市長は日曜日だった14日の昼すぎに家族に「出かけてくる」と言い残し、私用車で外出した。

「市長が夜になっても帰宅せず連絡も取れないため、長男と次男が下妻署を訪れ、行方不明届を提出しました。これを受け捜索していた警察官が八千代町の排水路で遺体を発見しました。

普段着姿で靴は履いたままで、近くに私用車が残されていました。外傷はなく、遺書は見つかっていませんが、現場の状況から自殺と判断している。現場は鬼怒川沿いの河川敷近くで街灯がなく、夜間は暗闇に包まれる人通りの極めて少ない場所でした」(捜査関係者)

茨城県では5月から、不法就労を助長している疑いのある事業者等に関する有益な情報提供に、原則1万円の報奨金を支払う不法就労通報報奨金制度が始まっている。須藤氏の遺体が見つかったと報じられると、SNSにはこの制度に絡めて、

〈不法就労を厳しく取り締まろうとして消された〉
〈警察による事件性の隠蔽だ〉

という陰謀論が書き込まれている。これに捜査関係者は、

「警察としては遺体の状況や現場検証の結果から、科学的・客観的な見地に基づき(第三者が関与した)事件性は極めて低いと断定しています。過去に市長側から不審なトラブルの報告や、相談も一切ありませんでした」

と話し、陰謀論を完全否定している。

市役所は「根拠のない憶測にはいちいち反応しません。非常に迷惑しています」

下妻市役所にも、こうした陰謀論を口にする問い合わせの電話が相次いでいるという。

「他県の方から『(今回の事件は)不法就労の通報制度に関連した事件ではないのか』とお電話をいただきます。通常の問い合わせには丁寧に対応しますが、こうした根拠のない憶測にはいちいち反応しません。非常に迷惑しています」(市幹部)

この幹部は14日に須藤市長と話していたという。

「日曜(14日)の午前9時から地域の小さな防火訓練があり、市長は『1人で行けるから大丈夫だ』とおっしゃっていました。ご挨拶は10分ほどで終わり、9時半には帰宅されたはずです。

その後、電話で『議会の最終日も来週を残すだけですね。ほぼほぼ終わりましたね』と話すと、市長は『わかったよ』と。翌月曜朝10時のお迎え予定も確認しました。これが最後のやり取りになりました」

同幹部は翌15日朝、須藤市長の息子から電話で悲報を知らされたという。自宅を弔問した際の様子をこう振り返る。

「ご家族は憔悴しきって、かける言葉もありません。奥様は一時期、寝込んでおられたということですが、一生懸命に弔問客の対応をされていました。息子さんは、須藤市長が市長就任前に経営していた会社を継いだ跡取りとして『自分がここを取り仕切ってやっていかなければいけない』という様子でした。市長のご遺体のお顔は穏やかで、眠っているようにしか見えませんでした」

16日午前、議会は1分間の深い黙祷をささげた

須藤市長は下妻市議を7期務め、市議会議長も2回歴任している。同僚だった市議が、須藤氏が若かった時分のことを振り返る。

「須藤さんはやんちゃな子が多く集まる有名な高校の出身です。卒業後は1978年に、地元の交通安全施設工事を扱う会社に入り、自身の努力で出世を重ねて社長まで上り詰めた叩き上げです。今回の市長選出馬を機に、会社は息子さんに譲っていました」

市議だった2018年から2年間は、明治大学の公共政策大学院で学んでいたという。「行政を学ぶために自ら進学した真面目な努力家だった」と前出の市幹部が語る。

議会事務局関係者は、

「ハラスメントのような問題は一切ありませんでした。感情の起伏が小さく至って穏やかで、常にニコニコして職員からも慕われていました」

と話す。

いっぽうで須藤市長は健康不安を抱えていたとの話もある。下妻市の公共交通活性化協議会の関係者が話す。

「市長になってからも、会議の途中で『用事がある』と10分ほどで帰られることが今年に入って2回ほどありました。実は4年前の市長選の際も、告示前に心臓の調子を著しく崩して出馬を断念した経緯があります。公務に出てこられないほど、よほど以前から心臓の病状が悪化していたのではないか。そうでなければ途中で退席するような人ではありません」

今年6月の市議会定例会は市長就任後、最初の定例会で、公約の実現を訴える所信表明の内容を2カ月かけて練り上げていたという。定例会の期間中に休むことはなかった。

「一番近くにいて悩みに気づけなかった不甲斐なさを感じています」(市政幹部)

議会最終日の16日午前、議場では副市長から須藤市長の逝去が報告され、市議と職員が起立して1分間の黙祷をささげた。

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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班