「血まみれの奴は放り出せ」島倉千代子が恐怖した指を詰めたヤクザの乱入、山口組組長との接点…細木数子の黒すぎる履歴書
「事実に基づいた虚構である」。Netflixドラマ『地獄に堕ちるわよ』は、冒頭でそう断っている。今なお、虚実ないまぜで語られる数奇な人生。清濁を併せ呑み、莫大な富と名誉を手に入れた稀代の占い師の正体とは――。
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「はいこれ、おめでとう」現金300万円を渡した
2004年の晩秋、ある晩のことだ。赤坂の東京全日空ホテル(当時)にある高級中華料理店「花梨」の個室。2人の女性が恩讐を越え、24年ぶりの再会を果たした。1人は、テレビ界の寵児となっていた細木数子。もう1人は、昭和を代表する大物歌手の島倉千代子である。
毛皮のコートをまとった細木は、エルメスのバーキンを携え、颯爽と現れた。
「久しぶりね。元気?」
挨拶もそこそこに、細木が祝儀袋を差し出す。
「はいこれ、おめでとう」
歌手生活50周年を迎える島倉に、現金300万円を渡したのだ。島倉は丁寧に礼を述べ、こう応じた。
「これで、お着物を作らせていただきます」
2人の出会いは1977年。島倉の恋人が巨額の借金を残して蒸発し、連帯保証人だった島倉のもとに、借金取りが押し寄せた。その時、島倉の“後見人”となって債務整理を買って出たのが、赤坂でディスコを経営する細木だった。

島倉千代子(左)の後見人も務めた
細木は島倉の地方公演などにも同行し、お互い「お千代」「おネェ」と呼び合って信頼を深めた。だが、2億4000万円の返済額に対し、島倉の稼ぎから細木の懐に入った額は3倍超とも言われた。島倉が不信感を募らせ、2人は3年と持たずに袂を分かつ。
それから四半世紀近くの月日が流れた。会食の場を設けた当時の島倉の事務所社長・寺西一浩が明かす。
「特別なしこりは残っていなかったと思います」
「円卓には私を含め3人だけ。会食は30分ほどで、スーツ姿の島倉さんはほとんど食事に手をつけず、静かに水ばかり飲んでいた。ですが、特別なしこりは残っていなかったと思います。島倉さんもよく『細木さんにはお世話になった』と言っていましたから」
実はその頃、島倉は事務所の元スタッフに億単位の金を使い込まれる被害に遭っていた。寺西が続ける。
「細木さんがご祝儀を用意してくれたのは、私が事前に島倉さんの苦境を話していたからでしょう。“ネトフリ”では決別の修羅場が過激に描かれましたが、こうした2人の再会があったことは触れられていません」
◇
島倉の死去から8年後、同じ命日となる21年11月8日に他界した細木。没後4年半が経ったいま、波乱の生涯を描くNetflixのドラマ『地獄に堕ちるわよ』が大反響を呼んでいる。細木役を戸田恵梨香が怪演。国内視聴ランキングは4月27日の配信直後から、5月11日現在も1位をキープ中だ。
物語は、細木が絶頂期だった05年から始まる。前年からTBS「ズバリ言うわよ!」、フジテレビ「幸せって何だっけ〜カズカズの宝話〜」のレギュラー番組を抱え、一世を風靡。鑑定と称してタレントらを“公開説教”するなど、歯に衣着せぬ話術が人気を博し、「視聴率の女王」と呼ばれた。
ドラマは、売れない女性作家が栄華を極める細木にインタビューを重ね、激動の半生を紐解く構成だ。
中盤までは、男に騙されながらも這い上がる細木視点の立身伝がメイン。後半からは一転、第三者の証言で虚像が暴き出されていく。
山口組の若頭に渡した10万円
Netflixが“参考文献”としたのが、ノンフィクションライター・溝口敦の『細木数子 魔女の履歴書』(講談社刊)。06年、同タイトルで「週刊現代」に連載したルポを書籍化したものだ。だが、溝口はドラマの描写に不満を持つ。
「後半で細木の悪さを描いているけど、どれも中途半端。不完全さを感じます」
莫大な富と名誉を手に入れた稀代の占い師は一体どんな女性だったのか。
細木は1938年、東京・渋谷に生まれた。中学生で家業のおでん屋「娘茶屋千代」を手伝い始めた。
「娘茶屋では店員の女性が売春も行っていた。細木は近くの路上に立って客を娘茶屋まで連れて行く。いわばポン引きでした」(同前)
高校中退後、丸の内の喫茶店や新橋のクラブ経営を成功させ、24歳で銀座で複数のクラブを経営する女性実業家となった。
この頃から、暴力団関係者と交際を持つようになる。ドラマにも、2人の暴力団組長が登場。モデルは稲川会幹部の滝沢良次郎と二(に)率会(びきかい)幹部の堀尾昌志(共に故人)である。
「細木が店の客に大金を騙し取られた際に助けたのが滝沢です。短い間でしたが愛人関係も結んでいます。その直後に出会ったのが堀尾でした。彼は島倉の債務整理にも尽力し、20年以上の間、連れ添った情夫です」(細木の知人)
だが、作中で黒い人脈の全てが描かれたわけではない。細木が島倉の興行権を掌握し、堀尾と3人で赤坂のマンションで同居していた時のことだ。島倉は後年、前出の寺西にこんな逸話を明かしている。
「赤坂の事務所兼自宅で朝ご飯を食べていると、指を詰めた堀尾さんの若い衆が、いきなり入ってきたと。ところが細木さんは動じることなく、『メシ喰ってるんだから、血まみれの奴なんか放り出せ』と言い放ったそうです」(寺西)
滝沢や堀尾だけではなく、細木はヤクザ界の最高幹部とも顔馴染だった。
「赤坂のクラブ時代、三代目山口組若頭の山本健一、後に五代目山口組組長になる渡辺芳則らとも接点を持った。細木は店に来た山本に近寄り『親分さん、これを持っていると縁起がいいのよ』と、連番の10000円札を10枚渡したことも。こうしたヤクザとの交流は恒常的で、『魔女の履歴書』の取材をしている時は住吉会の元幹部と山口組の現役幹部が連載を中止させようと接触してきた」(溝口)
(文中敬称略)
〈「私は吉永小百合より高い、時給400万よ」85歳思想家と強引入籍、“ヤクザの影”でテレビから排除された細木数子の“ありえない余生”〉へ続く
(「週刊文春」編集部/週刊文春 電子版オリジナル)
