理屈っぽい人が恋愛でうまくいくには何をすればいいか。19世紀ロシア文学『アンナ・カレーニナ』の第二の主人公は、思いを寄せる女性の前で女友達を非科学的だとバカにして避けられてしまう。しかし、その後に他者の感情に思いを馳せ、読み取り、共鳴する「エンパシー」を身につけ、その女性との結婚を成就させる。文筆家の堀越英美さんが書いた『あなたのモヤモヤに効く世界文学』(筑摩書房)より、紹介しよう――。
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■理性によってゆっくり愛を成就させる

<お悩み>
ロジカルすぎて生涯の伴侶に出会えない

あらゆるものごとにおいて
ロジックを優先して生きてきました。
ところが女性は薄っぺらい共感を
重視するらしく、
生涯の伴侶が得られません。

ロジカルさは、結婚生活を長続きさせるうえで欠かせない要素である。『アンナ・カレーニナ』を読むと、そう感じずにはおれません。

もちろん物語の主軸となるのは、愛のない結婚生活を送る美女アンナ・カレーニナと、美しい青年将校ヴロンスキーとの不倫の恋とその破滅です。けれども、その陰で理性によってゆっくり愛を成就させる男性もいます。

それが本作の第二の主人公と言われているリョーヴィンです。

■好きな女子の前で“論破”してフラれる

地方で農場経営をしている地主貴族リョーヴィンは、社交が苦手でした。力仕事や熊狩りならお手の物なのに、社交界に出ると「陸(おか)に上がった魚」と言われるくらい何もできません。

いくら牛の繁殖が得意でも男性貴族から一目置かれることはなく、筋肉があっても美男子でなければ女性貴族にも相手にされないからです。

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そんなこんなで恋愛と無縁のまま30歳を過ぎてしまったリョーヴィンにも、ひそかに心惹かれている女子がいました。親友の妻の妹であるキティです。女性全般を見下しているリョーヴィンでしたが、キティだけは特別でした。

リョーヴィンにとって世界には二種類の女性しかないということも承知していた。一種類は彼女を除いた世のすべての女性で、あらゆる人間的欠点を持った、きわめてありふれた女性たち、そしてもう一種類はひとり彼女のみであり、完全無欠、あらゆる人間的なものを超越した存在なのだ。

若者たちの集いに参加したリョーヴィンは、キティの女友だちの心霊話を非科学的だと一笑に付してしまいます。女性慣れしていないリョーヴィンは知らなかったのです。お目当ての女性だけをちやほやして周囲の女性たちをバカにすると、当の女性にも避けられてしまうということに。

間の悪いことに、その場には美形の青年将校ヴロンスキーが同席していました。ヴロンスキーは女性たちを擁護しようとして、まだ科学で解明されていない力だってあるんじゃないかと適当なことを言います。

理詰めで論破するリョーヴィンに、こっくりさんの実験でもしてみましょうよ、とにこやかに議論を回避するヴロンスキー。キティがヴロンスキーに恋をするのも、当然のことなのでした。

■草刈りハイで共感力アップ

恋に敗れたリョーヴィンは地元に帰り、農業経営の合理化に没頭することにしました。

ところがリョーヴィンのえらそうな指示に農民たちは反発し、なかなか合理的なやり方を実行してくれません。

やむなくリョーヴィンは、農民にまじって草刈りに参加しました。なにごとも真面目な彼は、草刈りにも夢中で取り組みます。やがて草刈りハイに達したリョーヴィンは、いつの間にか農民たちと親しくなっていたのでした。

学のない農民たちにも通じ合えるところがあるとわかったリョーヴィンは、農民の娘と結婚すればいいと思うにいたります。ところがその矢先、偶然キティを見かけました。妻はやっぱりキティしかありえないと思い直したリョーヴィンは、キティの失恋のうわさを聞き、再び親友の家に行くことを決意します。

■理屈だけを戦わせる議論に意味はあるのか

親友の客間では、男たちが熱く議論を交わしていました。議題は「女子の教育と権利」。女に自由を与えるのは有害だと回りくどい言い回しで述べるのは、ヒロインであるアンナの夫、カレーニンです。アンナが逃げ出したくなる気持ちがよくわかります。

インテリのペスツォフは、「女性は、自由な身になり、教育を受ける権利を欲しています。なのにそれが不可能だという意識にさいなまれ、打ちひしがれているのです」と女性の権利を擁護します。

「わたしのほうは、養育院の乳母に雇ってもらえないことで、さいなまれ、打ちひしがれているよ」と茶化すのは、キティの父親である老侯爵。リョーヴィンが苦手とする軽薄なトゥロフツィンは、老公爵のしょうもないまぜっかえしに大笑いします。

リョーヴィンも、ペスツォフの問題意識を理解できたわけではありません。「女性の自由」が、自分に得をもたらすとは思えなかったからです。昔のリョーヴィンであれば議論に参加し、女の愚かしさをあげつらっていたかもしれません。

しかし彼は議論を黙って聞いていました。キティがいたからということもありますが、理屈だけを戦わせる議論になんの意味があるのかと思い始めていたからでもあります。

■「女性の自由」の本当の意味を知る

リョーヴィンはキティにこっそり、トゥロフツィンはつまらない人間だと告げます。キティはトゥロフツィンがキティの姉の子どもたちの看病を熱心に手伝ってくれたことを伝え、それは間違いだと反論しました。

リョーヴィンは素直に反省します。「いや、本当にすみませんでした、これからはけっして人のことを悪く思わないように心がけますから!」

リョーヴィンとキティは、女性の自由と仕事についての議論を二人きりですることにしました。不思議とリョーヴィンは、キティの言いたいことがわかりました。「そうだ、そうだ、そうですね、まったく、おっしゃるとおりです!」。

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リョーヴィンはご機嫌をとるために自分の意見を撤回したわけではありません。キティの感情に共鳴することで、ペスツォフが語っていた「女性の自由」の意義を理解できたのです。

■エンパシーを装備して恋愛成就

気持ちが通じ合った二人は、テーブルの上にチョークで頭文字だけを書く秘密の会話をはじめます。その内容は、かつての行き違いを謝罪し、思いを伝えあうものでした。

「も、あ、あ、こ、わ、ゆ、く」(もしも、あなたが、あのときの、ことを、忘れて、許して、くださったら)
「ぼ、な、わ、ゆ、あ、ぼ、ず、あ、す」(ぼくには、何ひとつ、忘れることも、許すことも、ありません。ぼくは、ずっと、あなたが、好きでした)

自分とは異なる立場の他者の感情に思いを馳せ、読み取り、共鳴することを、「エンパシー」と呼びます。体をともに動かして農民と気持ちをわかちあったリョーヴィンは、いつの間にかこの「エンパシー」を身につけていたのです。

恋が成就して浮かれるリョーヴィンのエンパシーは、とどまるところをしりません。自分の召使いから家族や人生の話を聞き出して共感し、近所のギャンブラーの身の上を思って涙し、道端のハトが飛ぶ姿にも感動して泣いてしまいます。

周囲の人々に心を開いたリョーヴィンは、キティとの結婚に際しても多方面からの援助を受けることができました。

とはいえ、リョーヴィンの性格ががらりと変わったわけではありません。キティが美男子と会話をするだけで拗ねるのは、相変わらずです。キティもリョーヴィンがアンナを語るときの目の輝きを見て、「あなたはあのいやらしい女が好きになったのね。誑(たぶら)かされたんだわ」と泣き出すくらい、嫉妬深さではいい勝負です。

しかしリョーヴィンは自分の感情と行動をロジカルに分析し、それをキティにありのままに伝えて話し合い、小競り合いを乗り越えていきます。アンナとヴロンスキーがプライドの高さゆえに本心を伝えられず、すれ違っていくのとは対照的です。

■ロジカルさと共感力は両立しうる

キティは完全無欠とはいえませんが、ただ嫉妬深いだけの女性でもありません。彼女の非凡さがあらわになるのは、死に瀕しているリョーヴィンの兄の見舞いに、夫婦そろって訪れたときです。

死へのおびえから心を閉ざしていた兄が、キティにだけは心を開くのを見たリョーヴィンは、そのケアの力に感嘆します。いかなるときも観察と思考を怠らないリョーヴィンは、ケアは女の本能だからという通説には乗っかりません。キティや家政婦は、「死にゆく者のために身体的なケアよりももっと大事な何か」を知っていると考察します。

堀越英美『あなたのモヤモヤに効く世界文学』(筑摩書房)

実際キティは、ヴロンスキーにフラレて体調を崩した時に過ごした療養先で、ケアのプロである女性と出会い、彼女のもとでケアの研鑽を積んでいたのです。死の問題を考察してきた男性の賢者たちだって、キティや家政婦が知っていることの百分の一も知らないだろうと、リョーヴィンは素直に尊敬するのでした。

キティとの暮らしによって、リョーヴィンはケアとエンパシーの力をますます磨いていきます。農地経営の仕事でも、権威主義的な管理をやめ、共感的なアプローチで農民たちと協力体制を築き、自分と農民たちの利益を増大させるのです。

リョーヴィンの成長を見ていると、ロジカルさと共感力は両立しうるものであることがよくわかります。ロジカルさを相手の感情を無視したり、自分の感情をごまかしたりするために使えば、人は逃げていきます。

しかしリョーヴィンは、観察したデータから自他の感情を推測・分析し、他者を尊重するために持ち前の論理的思考力を使ったことで、夢見ていた幸せな結婚生活を得られたのでした。

理屈っぽさは、ケアとエンパシーをプラスすれば、決して恋の敵ではないのです。

『アンナ・カレーニナ』(全4巻)

トルストイ、
望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年

トルストイ(1828〜1910)は、19世紀ロシア文学を代表する小説家の一人。無欲・勤勉・非暴力・無抵抗・反戦を唱えるなど、思想家としても大きな影響を残す。伯爵家の四男としてトゥーラ県ヤースナヤ・ポリャーナ村に生まれる。2歳で母を、9歳で父を失い、叔母が後見人となる。カザン大学中退後、勉学と農民生活の改善事業に取り組むも挫折。1851年、23歳でコーカサス戦線へ赴き、52年、第一作『幼年時代』を発表。クリミア戦争には将校として従軍。56年に退役後、村に戻り、所有農奴の解放を試みる。62年、ソフィヤ・アンドレーエヴナと結婚し、文筆活動に専念。69年には『戦争と平和』、77年には『アンナ・カレーニナ』が完成。他の主著として『復活』(1899)などがある。(編集部)

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堀越 英美(ほりこし・ひでみ)
文筆家
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。著書に『エモい古語辞典』(朝日出版社)、『女の子は本当にピンクが好きなのか』(河出文庫)、『不道徳お母さん講座』『モヤモヤしている女の子のための読書案内』(以上、河出書房新社)、『スゴ母列伝』(大和書房)、『紫式部は今日も憂鬱』(扶桑社)、『親切で世界を救えるか』(太田出版)、『ささる引用フレーズ辞典』(笠間書院)など、訳書に『世界は私たちのために作られていない』(東洋館出版社)、『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』(河出書房新社)、『ギタンジャリ・ラオ STEMで未来は変えられる』(くもん出版)、『「女の痛み」はなぜ無視されるのか?』(晶文社)などがある。
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(文筆家 堀越 英美)