正体不明の女王・卑弥呼は男性から処女を死守されていた?卑弥呼の意外な正体についても紹介

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日本最古の女王「卑弥呼」は、日本の歴史書には一切登場しない謎に包まれた人物です。

中国の歴史書・魏志倭人伝で邪馬台国卑弥呼の存在が発覚してから現代まで、その正体についてさまざまな憶測が飛び交っています。

というのも、卑弥呼は人前に姿を現すことがなく、実の弟が雑用係として占いの結果や食事の運搬をしていたために存在が広く知られていなかったのです。

今回は、そんな卑弥呼の都市伝説について紹介します。

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生涯処女を貫いた日本最古の女王

卑弥呼は普段から人前に姿を表さない人物でした。とくに男性の前に姿を現したという記録は一切残っていません。そのため、彼女は弟以外の男性と接触することなく、生涯処女を貫いたといわれています。

また、神のお告げを授かる神聖な役職に就けるのが性交渉を経験していない女性に限定されていたことも、卑弥呼が処女であることを裏付ける要因のひとつです。

古代日本で女性の処女は神格化されており、時には神への供物として提供されたり、村の風習では若い男が神の嫉妬を得て不幸にならないように年寄りが処女を奪ったりすることも珍しくありませんでした。

ちなみに、聖職者であった卑弥呼は卑らしい視線や視姦にも警戒し、男性の前に姿を表さなかったと考えられています。

上記のような背景もあり、日本最古の女王・卑弥呼は「処女である」といわれているのです。

卑弥呼の正体

日本の歴史書に存在しない女王・卑弥呼。海を隔てた隣国の中国に存在が伝わっているにもかかわらず、日本国内で一切の資料が残されていないのは不自然だとは思いませんか。

そもそも、卑弥呼が存在したと考えられる2世紀〜5世紀には、「空白の150年」といわれる期間が存在しており、その当時の状況が一切不明なのです。

これには、日本最古の秘密結社「八咫烏(やたがらす)」が関与しているのではないかと疑う都市伝説も。

一方で現実的な解釈だと、当時の日本語は文字という概念が存在しておらず記録が難しかったとする説や日本国内では「日の巫女」とよばれていたのではないかと考える説も存在します。

ちなみに、「日の巫女」とは日本の神様でもある「天照大神」のことを指しており、彼女は女性の神様で弟がいた点や食事の好みなど、卑弥呼と共通する部分が多数あるのだとか。

生涯処女を貫いた卑弥呼の正体が、現代でも信仰される神様だと判明したら、日本史の面白さがより深まりそうですね。