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「憧れのハイブランドのバッグが欲しい!」「コロナ禍でパートの日数も減って子どもたちの学費が厳しい」

【写真】元埼玉県警警部補の佐々木成三さん

 お金が欲しい、そんな欲望は誰もが抱えているもの。

 そんなときに、

《おいしい仕事です!簡単!早い者勝ち》《日給10万円以上!短期間でまとまったお金を稼げます》なんてメールが届いたら……。

 見てみるだけと思ってついクリックすると大変なことに。

“簡単な仕事”の誘い文句に注意を!

「SNS上で“高収入”や“高額バイト”という誘い文句で募集しているのは、いわゆる『闇バイト』と呼ばれるものが多いのが実情。その正体は、高い報酬と引き替えに犯罪行為を行う人の募集です」

 そう語るのは、元・埼玉県警捜査一課刑事でデジタル犯罪に詳しい佐々木成三さん。

 こうした仕事はメールで届くばかりではない。「闇バイト 高収入」「裏バイト 即金」などとキーワードを入れればSNS上で多くの怪しいバイトがヒットした。そこには《10万以上》《安心》《簡単な仕事》など聞き心地のいい言葉が並んでいる。

 だが、その実態は前出・佐々木さんが述べるように「犯罪行為」だ。

 では、具体的にどのような悪の片棒を担がされるのか。

「まずオレオレ詐欺や振り込め詐欺などの特殊詐欺で、電話をかける“かけ子”や高齢者宅に現金やキャッシュカードを取りに行く、いわゆる“受け子”の仕事。また、違法薬物の運び屋や、家に押し入って金銭を強奪する強盗の仕事まで募集しています」(佐々木さん、以下同)

 特殊詐欺の場合、犯罪者グループが、受け子を募集する際は“物を受け取りに行くだけの簡単な仕事です”と巧妙な言葉で誘い込む。

「犯罪グループとのやりとりは証拠が残らないようにメッセージが一定時間で自動的に消えるSNSを使うよう指示されます。そして面接が行われ、学生証や免許証など写真のついた身分証明書や自分の顔写真を送るように求められるのです」

 その後、実際に犯罪行為を行う仕事が「紹介」される。銀行員を装いキャッシュカードを騙し取ろうとする手口をもとに説明しよう。

「決められた日時に、指定された高齢者宅に銀行のキャッシュカードを受け取りに行くよう指示されます。“あなたはアルバイトの銀行員として、偽名を伝えてカードを受け取ってください”と言われます」

 明らかに怪しそうだが、高報酬に目がくらみ、さらにたたみかけるように言われる。

「“訪問する人の許可は取っているので大丈夫です”“警察に捕まることは100%ありません”という言葉を信じ込んでしまうのです。深く考えることなく犯罪に手を染めてしまいます」

闇バイトは一度関わると抜けだせない

 実はこうした犯罪に巻き込まれるのは大人ばかりではなく、未成年のケースも増えている。

 6月には、高校生が相次いで埼玉県警に逮捕された。

「入間市の17歳の高校生の少年が静岡県内でオレオレ詐欺の受け子をしてお金を受け取りました。ですが説得され母親に連れられて自首しました。彼は詐欺の疑いで逮捕されています」(全国紙社会部記者)

 福島県の高校生の少女(17)も静岡県の女性(83)から現金250万円などを騙し取ったとして逮捕された。

「大人、子どもにかかわらず人は誰かに認められたいという承認欲求を持っています。それをお金で満たそうとするんです」(佐々木さん、以下同)

 可愛い服を買ったり、おいしそうなものを食べたり。SNSなどを通して共有し、評価を求める。

「犯罪者いわく、“いちばん誘惑に負けてしまう年代”なんです」

 お金がない……そんなときに、地道にバイトをしてお金を稼ぐという手順を追わず、安易な方向に流されてしまえば悪い大人たちに狙われる。

「1回だけやって10万円ゲットして、その後すぐにやめれば警察に捕まることはないだろう」と闇バイトで犯罪を犯した若者たちはそうした甘い考えを持っていたという。

 しかし簡単には抜けだすことができないのも闇バイトの怖いところなのだ。

「面接時に送った学生証や身分証などの個人情報を握られている状態です。“やめたい”と言っても、“学校にチクられたくなかったら手伝え”と脅されてしまい、抜けるに抜けられなくなってしまうのです。一度でも関わってしまえば、そこで終わりです」

 さらに犯罪者たちは、言葉巧みに罪の意識をなくすような言葉を投げかけてくるのも特徴だ。

「過去に摘発された犯罪者グループは、犯罪行為をする前の受け子のバイトの子たちにこう言っていました。“高齢者がタンス貯金して使っていないお金を僕たちが使うことで、日本の経済を回している。つまり、日本を助けている。だからこれは犯罪じゃないんだ”“みんなやってるから大丈夫”。そんな根拠のないうたい文句に騙されてはいけません」

 佐々木さんは語気を強める。

コロナ禍で増加傾向、一度の犯行で実刑も

 さらにコロナ禍でネットを使った犯罪は増加傾向にあると続ける。

 ターゲット層になりうる学生たちがネットに触れる時間が増加して闇バイトのリクルートがしやすくなったからだ。また、収入減で困窮する大人世代にもターゲットを広げ、甘い誘い文句で声をかけてくる犯罪者も増えている。

 昨年11月、80代女性からキャッシュカードを騙し取り、約217万円を引き出した男(当時29)が逮捕された。男はコロナ禍で店長を務めていた飲食店が経営難になったことでSNSで見た闇バイトの高額報酬に魅力を感じ、応募。犯行に至ったという。

「闇バイトをしてしまった学生の中には、警察に捕まって初めて、自分がやったことが特殊詐欺の“受け子”だったと知ったというケースもありました。受け子は詐欺罪という重大な犯罪です。偽名を使って銀行員になりすましていますし、“自分がやったことは犯罪とは知りませんでした”では通用しません」

 闇バイトで犯罪に加担し逮捕されると、その経緯によっては弁解が通用しないことも。

「初犯でも実刑、つまり刑務所に入ることになる可能性が大きいものもあります。詐欺罪、強盗致傷など、その犯罪行為によります」

 そう指摘するのは元検察官の高橋麻理弁護士だ。

「闇バイトというのはあくまでも実行役を募るための手段。結果としてどのような犯罪に加担したかで刑罰が決まりますので、アルバイト感覚でやったとしても、その当事者に重い実刑が科されてしまいます」(高橋弁護士、以下同)

社会復帰が非常に難しくなるリスクも

 実際に実刑が科せられた事件も少なくない。

 大学生の男性(当時)は闇バイトに応募して強盗傷害の実行役をすることとなった。民家に押し入り、住人にケガをさせたことから、強盗傷害で逮捕。初犯だったが判決は懲役4年6か月の実刑。

 覚せい剤の運び屋をして、懲役9年の実刑判決を言い渡された例もあるという。

「この運び屋こそ軽く考えられがちですが非常に重い処罰を受けます。覚せい剤の営利目的での密輸は、運び込んだ薬物の種類や量にもよりますが、一発で実刑になるのが原則」

 高橋弁護士は「闇バイトで募集して参加したという事例ではありませんが」と前置きをしたうえで、

「私が検察官をしていた際に扱った事件です。成人して間もない若者でした。悪い友人に誘われて受け子として1回仕事をしただけ、初犯でしたが懲役1年6か月の実刑判決を受けました。特殊詐欺は社会問題化し、裁判でもかなり厳しく処罰される傾向があります。

 そもそも、確実に執行猶予がつくような軽微な犯罪であれば、犯罪の首謀者たちの仲間内でやるはずですよね。そうではなく、それなりの対価を払い、SNSで人を集めるという手間とリスクを背負ってまで共犯者を募っているのは、警察に逮捕されるリスクや逮捕されたあとの代償が大きいからでしょう」

 未成年が逮捕された場合はどうなるのだろうか。

「少年法の適用で、成人とは手続きが異なります」

 少年院送致ということになれば、少年院に収容される。また、重大犯罪に関しては、成人と同じ刑事裁判を受け、刑務所に収監される場合も。

「つまり、未成年であっても、犯した犯罪の内容によっては重い懲役刑や身柄拘束を受ける可能性があるということです」

 刑事処罰とは別に、学校を退学処分になってしまったり、会社を解雇されることもある。家庭があるなら、子どもや配偶者の未来にまで影響を及ぼすような社会的制裁も免れない。

 それに刑事責任を果たしたらそれで終わり、というわけにはいかない現状もある。

「ネット上に事件内容を投稿する人もいるため、半永久的に氏名や顔写真などの情報が残ってしまうおそれがあり、社会復帰が非常に難しくなる。それほどのリスクまで背負っているということです」

 アルバイトや副業という軽いノリで犯罪に手を染めてしまったら取り返しがつかない。

子どもたちをどう守ったらいいのか

 では、高校生や大学生の子どもたちをどう守ったらいいのだろうか。高橋弁護士は、

「親世代が実際に闇バイトはどういう言葉で募集されているのか実態をその目で確認することが重要です。当然“強盗の仲間を集めています”というような直接的なアナウンスはしていません。さまざまな隠語やキーワードを駆使しているんです。まずそこを知ることです」

 例えば仕事内容によって強盗は『叩き』、違法薬物の運搬は『運び』などの隠語が使われている。ほかにも『単発の仕事』『保証金なし』も闇バイトを募集する際のキーワードだという。

「一見まともそうに見える闇バイト募集の投稿を自分で確認したあとに、お子さんに見せて“これ、何だと思う?”という会話から始めてみてください。そこから、実は自分も危ない世界と隣り合わせのところにいるんだ、という危機感を伝えるきっかけにしてほしい。親子で危機感を共有することが子どもが闇バイトに陥ることを未然に防ぐ第一歩だと思います」

 もしあなたの子や孫が闇バイトに手を染めていたら……。それがわかったとき、どうしたらいいのだろうか。

「警察に行くという踏ん切りがつかない、そもそも犯罪かどうかもわからない場合もあると思います。まずは弁護士に相談してください。状況に応じて自首のサポートもできます。弁護士が独断で、勝手に警察に通報することもありません。安心して、速やかに行動してほしいです」

 闇バイトは、甘い誘い文句のもと、SNS上で手軽に参加できてしまうものだが、1度手を染めてしまったが最後、支払う代償はもらう報酬よりもずっと高いものになる。

『闇バイト』危険な仕事内容一覧

 ネット上に躍る『高額バイト』や『闇バイト』の文字。ただ仕事内容は特に書かれていない。もしかしたらこんな危険なことをやらされるかも……。(注・専門家への取材をもとに編集部で作成。あくまでも一例)

詐欺関連

『オレオレ詐欺』『還付金詐欺』などで電話をかける『かけ子』、被害者から金銭やキャッシュカードを受け取る『受け子』、被害者が振り込んだ金銭を引き出す『出し子』を担う。中でも『かけ子』は騙すことがわかっていながら電話をかけるため知らなかったではすまされない。最近では新型コロナに乗じた特定給付金に関する詐欺への関与をさせられる事例も増えている。

■運び屋

 違法薬物や拳銃、現金などを指定された場所から場所へと運ぶもの。何を運んでいるかわからなくても罪に問われる。海外などから薬物を運ぶ場合などは、国によっては死刑にあたるほどの重罪になる。

■口座売買や名義貸し

 銀行口座や戸籍などの個人情報を第三者に売る、というもの。振り込め詐欺など特殊詐欺に利用されることがある。その口座や個人情報が事件に使われれば逮捕されたり、今後新しく口座を開いたり、ローンを組むのが難しくなることにも。

■各種勧誘

 投資でもうかるなどの勧誘で情報商材などを販売するもの。中には騙す本人もその商品を買わされ、そのためにローンを組まされるケースも。ほかにもカニや布団などを高額で売りつける販売員をさせられることも。

■強盗

 被害者宅を訪れ、金品を奪取するもの。文字どおり犯罪なのだが、指示役からは募集の段階では「お金を取りに行くだけ」「被害者の不正なお金」などと言われていることも多い。そのため、罪の意識が薄く犯行に及ぶケースも。

元埼玉県警捜査一課 佐々木成三さん
警察を退職後は犯罪を防ぐため精力的に活動。サイバー犯罪捜査の経験から『スマホで子どもが騙される』(青春出版社)などネット犯罪に関わる著書も多い。

弁護士 高橋麻理さん
法律事務所オーセンス、第二東京弁護士会所属。検察官として殺人、詐欺、性犯罪事件に携わった。退官後、弁護士に。刑事事件のほか離婚等家事事件を担当している。

(取材・文/堤美佳子)