1/6宇宙飛行士は、地球を離れる前に、全米の各地で船外活動(EVA)と岩石採取活動の練習をする。この写真では、「アポロ13号」の月着陸船操縦士だった宇宙飛行士フレッド・ヘイズが、アポロの月面ドリルを操作している。PHOTOGRAPH BY NASA2/6アポロ13号が月の裏側を飛行したとき、クルーはこの「ツィオルコフスキー・クレーター」の写真を撮影した。それより小さな衝突クレーターも、いくつか認められる。岩石でできた地球の衛星の複雑な表面構造があらわになっている。PHOTOGRAPH BY NASA3/6この光景は、月を周回するカプセル内からクルーが撮影したものだ。美しい写真だが、ジェームズ・ラヴェルとフレッド・ヘイズが、自分たちには着陸できなかった月面を見下ろしていたことを思うと、悲しい色がにじむ。PHOTOGRAPH BY NASA4/6地球大気に再突入する前に、クルーは機械船を放棄し、司令船を救命ボートとして使った。この写真は、機械船を切り離した直後にクルーが撮影したものだ。機械船の右側を見ると、爆発した箇所と、爆発により生じた損傷がわかる。PHOTOGRAPH BY NASA5/6月から地球へ戻る途中で、クルーはこの見事な地球の写真を撮影した。米国南部のバハ・カリフォルニア半島とメキシコの一部を見てとれる。PHOTOGRAPH BY NASA6/6「極限の急場しのぎ」とも言える緊迫の2日間を経て、アポロ13号のクルー3名はそろって地球に無事帰還した。この写真は、クルーの乗ったカプセルがパラシュートで南太平洋に着水するところだ。PHOTOGRAPH BY NASA

いまから50年前の1970年。フロリダ州ケープ・カナヴェラルのケネディ宇宙センターから、「アポロ13号」が4月11日に打ち上げられた。アポロ13号の目的は11号や12号と同じく、月に着陸することだった。ところが、宇宙飛行士のジェームズ・ラヴェル、ジョン・スワイガート、フレッド・ヘイズは、絶体絶命の問題に直面することになった。

「「アポロ13号」のミッションから50年、飛行士の視点から世界を眺める:今週の宇宙ギャラリー」の写真・リンク付きの記事はこちら

打ち上げからわずか2日後のこと。クルーが手順どおりに酸素タンクのひとつのかくはんを始めたあと、爆発が起きた。そして生命維持装置が故障したのである。そして3名のクルーは月着陸船への移動を余儀なくされた。

そもそも着陸船は、月に降り立つ予定の宇宙飛行士2名だけを乗せることを前提につくられていた。このため米航空宇宙局(NASA)は、月を周回して地球へたどりつくまでの4日のあいだ、3名のクルー全員の生命をつなぐためのシステムを急ごしらえでつくらせた。

かの有名な「ヒューストン、問題が発生した」というフレーズで記憶されることになった13号の事故。幸いなことに、NASAの創意工夫の才と宇宙飛行士たちの冷静さのおかげで、3名全員が1970年4月17日に無事に地球に帰還した。

今週の宇宙ギャラリーでは、アポロ13号ミッションが50周年を迎えたことを祝して、クルーの視点からミッションを眺めてみよう。こちらからは、ほかの宇宙写真も楽しめる。