米ニューヨーク州コニーアイランドのジェットコースター


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「これは弾劾ではなくクーデターだ」

 米民主党が多数派を占める下院だけではなく、上院の4つの委員会もトランプ政権要人の召喚に踏み切った。

 上院の4つの委員会とは外交、歳出、国土安全、情報活動各委員会だ。ドナルド・トランプ大統領は10月2日のツイッターで怒りをぶちまけた。

「これは弾劾(への動き)ではなく、クーデターだ」

「米議会は米国市民としての権限、投票による結果、自由、憲法修正第2条(武器保持の権限)、宗教、軍事、(不法移民の越境を防ぐための)国境の壁、神が与えもうた権利、すべてを奪うという試みだ」

 米民主党によるトランプ大統領の「ウクライナゲート疑惑」追及に事欠いて言い放った「クーデター」発言が火に油を注ぐ結果になっている。

 トランプ大統領が7月25日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との電話で留保している軍事支援をする代わりに米民主党大統領候補のジョー・バイデン前副大統領の息子に対する検察当局の捜査を続行させるよう圧力をかけた一件。

 国家の利益と自らの政治的野心を天秤にかけたこの発言は、トランプ氏が予想だにしなかった展開を見せている。

 ロシアゲート疑惑ではトランプ陣営からのロシアに対する見返りはなかった。

 ところが今回はウクライナに対する軍事支援という、軍事・外交政策に絡む国家安全保障問題が見事に絡んでいる。

 いくら政治外交経歴のないトランプ氏でもことの重大さに気づいたはずだ。

 首脳間の電話は米中央情報局(CIA)をはじめとする情報機関、国務省などの官僚がすべて傍受している。それが記録として残る。

 その一人が米議会に「申し立て文書」を提出したのだ。ホィッスルブロワー(内部告発者)だ。CIA職員のようだ。

 トランプ氏は「内部告発者は売国奴だ。捜し出して刑罰にかけてやる」と息巻いた。

 ところが1989年に制定された「内部告発者保護法」(Whistleblower Protection Act)で内部告発者の匿名性や身辺保護は完全に守られている。

 米議会担当の米主要メディアの記者が吐き捨ているように言う。

「トランプという男は首脳間の電話がすべて政府機関に防諜され、記録されていることを知らなかったんだろうな」

「またその中からホィッスルブロワーが出てくることなど想像だにしていなかったのだろうし、その人物が法律によって守られていることも知らなかったんだろう」

「トランプは外交はおろか、憲法をはじめとする法律すら知らないのではないか。米国民は驚くべき男を大統領にしたものだ」

 トランプ大統領が反論すればするほど、追及の火の手は燎原の火のように広がっている。

 さすがにトランプ氏のスキャンダルや違法行為に聞き飽きた米国民にも変化の兆しがみえる。最近の世論調査では45%が「大統領を弾劾にせよ」と言い出している。

「トランプ外交はジェットコースター」

 マイク・ポンペオ国務長官やルディ・ジュリアーニ顧問弁護士(元ニューヨーク市長)ら側近たちが次から次へと議会から召喚(宣誓証言や関連文書提出)を求められている。

 ポンペオ長官は召喚を拒絶しているが、どこまで持ち堪えられるか。いずれにせよ本業の外交に支障をきたすのは目に見えている。

 米国務省元高官の一人は、米外交の成り行きを憂い、筆者にこう述べている。

「それでなくともトランプ大統領の思いつきや独断で米国の外交は行われてきた。だが、こともあろうに外交の根幹である国益を外国との取引に使うとは前代未聞だ」

「これからどうなるか、だって。一言で言えば予測不可能なジェットコースター(上下に激しく揺れて急降下して、今にレールから外れそうな状況という意味)のような状況になってくるだろう」

「本来ならば。大統領がスキャンダルに巻き込まれている時には国務・国防両省の官僚や軍人が自主的に動くのが筋だ」

「ニクソン大統領がウォーターゲート疑惑の渦中にいた時にはスキャンダルには無縁なキッシンジャー博士が官僚を使って外交を続けた」

「ところがトランプ政権ではポンペオ国務長官も疑惑に巻き込まれ、身動きできない」

「といって、ポリティカル・アポインティ(政治任用)の国務省幹部らは、大統領の忠実な部下ばかり。皆トランプの顔色をうかがい、自主的に動く度胸など全くない」

中国系米国人も含まれる中華民族

 ジェットコースター化しているトランプ政権を世界はどう見ているのか。足元を見始めたのは明々白々だ。

 まずは中国だ。

 習近平国家主席は、10月1日の建国70周年祝賀行事での演説で習近平国家主席は演説でこう述べた。

「いかなる勢力も偉大な祖国の地位を揺るがすことはできない。中国人民と中華民族の前進の歩みを阻むものはない」

 この発言に、スーザン・シャーク元国務次官補代理(東アジア太平洋担当)は驚いた。

「中華民族とは誰を指すのか。香港はむろん、台湾に住む中国人は当然入る。さらに中国系米国人も含まれる。世界中に住む中国人を指しているのだ」

「まさに大中華思想だ。歴代国家主席が中国系米国人まで含めた中華民族に触れたのはこれが初めてだ」

 シャーク氏が『ロサンゼルス・タイムズ』のベテラン記者に語ったコメントだ(筆者は友人でもあるこの記者から聞いた)。

 軍事パレードでは米国本土を射程に収めるとされる新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「東風41」を公開し、米国に対する核抑止力を誇示した。

 軍事力と大中華思想。トランプ政権のぐらつきを見て取った習近平氏は「米国何するものぞ」と言い放ったわけだ。

 その中国ロシアの蜜月関係が深まっている。

 習近平国家主席は2日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と国交樹立70周年を10月3日に迎えるのを前にして祝電を交わした。

 習近平主席はこの中で、「近年中ロ関係がかつてない大発展を遂げた。相互信頼のレベルや戦略的価値が最も高い大国関係になった」と強調した。

 中ロともにトランプ政権の足元のぐらつきを見抜いたうえでの中ロ連帯への自信の表れだ。

 問題の北朝鮮はどうか。

 北朝鮮は、一方で非核化を巡る米朝首脳会談をちらつかせながら実務者協議に応じる構えを見せてはいる。協議再開日まで米国に先んじて発表している。

 そして、10月2日には新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行った。まるで「ウクライナゲート疑惑」発覚を嘲笑うかのような“祝砲”のようにも思える。

 トランプ大統領はこれまで北朝鮮の短距離ミサイル実験は「問題ない」としてきたが、今度のSLBMは潜水艦の位置次第では米国本土を射程に収められる。

 トランプ大統領は10月3日午前11時半(東部夏時間)時点で何もコメントしていない。

 イランはどうか。

 ロウハニ大統領は2日の閣議で「トランプ政権のイランへの対応は表と裏で矛盾している。どうして(トランプ大統領を)信じることができようか」と対米不信感を露わにしている。

 トランプ氏が欧州諸国との私的な会合では「イラン制裁解除の用意がある」と言いながら、国連での一般演説では「制裁強化も辞さぬ」と公言していたからだ。

愛国心に燃えたキャリア官僚が「頼みの綱」

 米民主党の追及は今後激しさを増すことはあっても下火になることはなさそうだ。

 シフ下院情報委員会委員長は10月2日、「下院各委員会は今週(10月第1週)、来週(10月第2週)と順次証人喚問する。我々は追及の手を緩めることはないし、米国民もそれを望んでいる」と述べている。

 前述の元国務省高官は、「トランプ政権内には大統領に意に反して外交を動かすガッツのあるポリティカル・アポインティはいない」と言い切っている。

 それでは愛国心に燃えたキャリア官僚はいないのだろうか。国務省詰めの主要紙記者はこう指摘する。

「ウクライナゲートを暴いた内部告発者のようにトランプ大統領の外交手法に憤りを感じているキャリア官僚がいないわけではない」

「職業外交官や軍人になったのは、トランプ政権で働くためでないと考えている人も少なくない。だとすれば、今、国家が抱える外交懸案を自分のレベルで解決すべきだと思っても不思議ではない」

 例えば、ディビッド・スティルウェル国務次官補代理(東アジア太平洋担当)*1などは、中国の対米スパイ活動やハイテク技術窃盗問題を取り上げ激しい批判を展開している。

 著名な中国系米国人が参加している『百人委員会』の年次総会に送ったビデオ講演での発言である。

*1=職業軍人として35年間空軍に勤務、その間駐北京米大使館の武官など極東勤務。2019年6月から現職。

「米連邦捜査局(FBI)長官が上院聴聞会で明らかにしたところによると、米国内での知的所有権窃盗では1000人以上の中国人が取り調べを受けている」

「先端技術開発を巡って諸外国と人的交流することはやぶさかではない。だが基本的人権や基本的自由を奪い、脅かしている国家が米国の地的所有権を盗み出すのを見逃すわけにはいかない」

「歴史は必ずやその判定を下すだろう」

 スティルウェル氏は、米中貿易戦争が燃え盛る中でトランプ政権が当初から主張してきた中国との知的所有権問題を改めて取り上げている。冷静な「官僚の目」だ。

「韓国は11月23日までに再考せよ」

 純粋のキャリア官僚ではないが、過去20年近く国務、国防両省やCIAやNSC(国家安全保障会議)で実務担当者を歴任してきたジョン・ルード国防次官も活発に発言している。

 同次官は9月30日、ワシントンで開かれたフォーラムで韓国に対し、今月22日が失効期限(完全に終了するのは11月23日)となる日韓間の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の更新を強く迫っている。

「韓国と日本は東アジア地域の安定や安全保障にとってのリンチピン(要)だ。日韓の間に摩擦があっても、(日米韓の)相互防衛や安全保障体制は継続されねばならない」

「米国は韓国に対し、GSOMIAの継続・更新を強く勧める」

(http://world.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=e&Seq_Code=147698)

 9月27日には米政府高官も匿名を条件にさらに具体的に注文をつけている。

「韓国が日本とのGSOMIAを完全に終了する最終期限までには3か月ある。米国は韓国がその間に再考することを望んでいる」

 こうした米国の実務レベルからの要請を韓国政府はすでにキャッチしている。

 李洛淵首相は政府与党会議の席上、「GSOMIAが終了する11月23日まで約3か月が残っている。その期間に打開策を求め、日本の不当な措置を現状回復すれば、再検討できる」と述べている。

 以上挙げた3つのケースは、トランプ大統領やポンペオ国務長官が「ウクライナゲート疑惑」追及に必死で防戦する中で、米外交が実務レベルで着実に続けられている実例だ。

 トランプ大統領は弾劾に向けて激しい追及を受け、逃げ場を失えば、かってのニクソン大統領のように大統領職を放り出す可能性もあり得る。

 今現在からその時(あるいは弾劾される時)まで、ここまで世界から足元を見られた米政府は対外交渉や国際会議への対応をどうするのか。

 国務、国防両省をはじめとする政府機関で外交政策立案・実施をしてきたプロ実務者たちが、議会と綿密な協議をしながら進める以外に道はない。

「ウクライナゲート疑惑」はそこまで考えねばならないほど深刻な問題になってきた。

筆者:高濱 賛