サッカー指導者/大学准教授 石山隆之(十文字フットボールクラブ/十文字学園女子大学)

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 価値あるマイノリティの取り組みを紹介する連載企画――。「女性は人口の半分」と語るサッカー指導者にして学園型地域総合スポーツクラブの仕掛け人、石山隆之が思い描く未来とは?
 
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 このギャップはなんなのか――。柔らかな物腰で会話の端々に破顔と笑声を織り交ぜていたあの男が、この日は眼光鋭く、取り囲む女子高校生たちの背筋をピンとさせている。
 
「どちらかと言ったら、厳しいほうだと思いますよ」
 
 穏やかだったあの日の自己評価を、とても鵜呑みにはできなくなった。どちらかと言ったら?本当なのか。
 
 試合直前のミーティングが終わり、全員が退出した教室から人工芝のグラウンドまで案内してくれた3年生の選手に、歩きながら聞いてみる。
 
「先生、怖くない?」
 
 センターバックとして試合に出場した彼女は、否定はしなかった。しかし、肯定したわけでもない。つまりは仏と鬼の共存か――。もしかするとこのギャップこそ、石山隆之の大きな求心力なのかもしれない。
 
 石山が総監督を務める十文字フットボールクラブにとって、2017年は節目の年となっている。1月上旬には十文字高校が、全日本高校女子サッカー選手権大会で初優勝を成し遂げた。96年に当初は部員9人の同好会として石山が立ち上げてから、創部21年目の全国初制覇となった。
 
 3月上旬には石山個人が、「第4回ジャパンコーチズアワード」で優秀コーチふたりのうちのひとりに選ばれた。ちなみに最優秀コーチ賞は、正月の箱根駅伝を3連覇中の青山学院大学から原晋監督が受賞している。
 
 3月下旬には、十文字フットボールクラブのトップチームであるFC十文字ベントスが、なでしこ3部のチャレンジリーグに参入。石山が足掛け10年温めてきた「十文字フットボール構想」が、大きく動き出している。「女性は日本の人口の半分じゃないですか。ポテンシャルは大きい」。そう語る石山が見据えているのは、どんな未来なのだろうか?
 
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 一筋縄では行かなかったのが、なでしこリーグへの参戦だ。十文字フットボールクラブの母体となっている十文字学園は女子大、女子高、女子中などを経営する学校法人。石山が5年以上前に誕生させたFC十文字ベントスの構成選手も、これまでは十文字高校や十文字中学の現役のサッカー部員が主体となってきた。
 
 異論は学内から聞こえてきた。学園を逸脱するトップチームがなぜ必要なのか。なでしこリーグにわざわざ参戦する必然性は? そんな逆風に晒されながら、どうやって今日(こんにち)を迎えられたのか――。
 
「僕が周囲を説得したとか、石山を応援してやろうとか、そういう話じゃないですね(笑)。生徒たちのおかげですよ。サッカー部員たちが普段の生活をちゃんとして、勉強も頑張るわけです。担任の先生方はやっぱり応援したくなる。地域の人たちも、礼儀正しいウチの部員たちを褒めてくれる。そうした反応を、学園の教員たちもいろいろ耳にしているようです。認めてやろうという空気がじわりじわりとできてきました」
 石山が大切にしてきたのは、文武両道だ。サッカー部創設当時、十文字学園にはスポーツを経営資源と見なす発想自体がなかった。あくまで本分は学業であり、部活動の継続には“文部両道”が不可欠だったのだ。今でも石山はこう諭す。「良きサッカー選手である前に、良きサッカー部員であれ。トップチームの選手には、まず良き社会人であれ」と。
 
 石山の脳裏に焼き付いている光景がある。遠征に向かうバスの中でも時間を惜しみ、教科書や参考書を開いていたあるサッカー部員の姿だ。十文字高校は東京都内の巣鴨駅近辺にある。その生徒は学校まで、片道2時間かけて通学していた。「希望の大学があったんですね。夢に突き進むその背中で、部員たちを引っ張った彼女の存在は大きかった。後輩たちに、スゴい卒業生がいたんだぞって話もできます。すると同じような生徒が出てきて、毎年のように増えていく。今では部員同士、友達同士、助け合っているのでしょう」