特集:「最強世代」の日本ダービー(7)

 先に抜け出しを図るエアスピネル、これを目掛けてサトノダイヤモンドが迫る、この2頭の間を割るようにマカヒキが伸びる、外からは皐月賞馬ディーマジェスティが猛追、馬群を縫うように2歳王者リオンディーズも差を詰めてくる。

 史上最高レベルと称される今年の3歳の頂点を決める第83回日本ダービー(GI、東京・芝2400m)のゴール前は、再び皐月賞での上位5頭による攻防となった。

 残り100m手前で、マカヒキとサトノダイヤモンドが抜け出し、2頭の争いに絞られた。一瞬で前に出たマカヒキを、外からサトノダイヤモンドがじわじわ追い詰める。2頭の体勢が並び、もつれるようにゴールへ飛び込んだ。内か? 外か? 1コーナーに差し掛かるところで、サトノダイヤモンドの鞍上のクリストフ・ルメールが、マカヒキの川田将雅(ゆうが)に向かって左の拳を差し出す。

「ゴールの瞬間、負けたのが分かったので、カワダサンにオメデトウと言った」(ルメール)

「ゴールの瞬間は正直勝ったとは思いました」(川田)

 2頭の攻防は写真判定へと持ち込まれたが、手綱を取る2人の名手はそれを待たずとも、勝負の行方を感じ取っていた。しかし、ほどなくして、着順掲示板の1着にマカヒキ、2着にサトノダイヤモンドの馬番が表示されると、2人はともに対照的な表情を見せながら天を仰いだ。

「完璧でした。リラックスして、直線の反応もよかったんですが、......悔しいね」
 
 そう語るルメールが、負けたと思っていながら、このときは自分の感覚が間違いであることに一縷の望みを託していたのは、着順が表示された瞬間に見せた表情からも明らかだった。マカヒキは弥生賞までは自身が手綱を取っていた馬。だからこそ強さは理解しているし、なおのことこの大一番では負けたくなかったという思いも強い。

 他方、川田はダートコース上で天をしばらく見上げた後、口元をゆがませながら、跨るマカヒキの首筋に体を寄せて、二度三度と右手をあてて相棒の走りをねぎらった。

「ただただ、感極まりました」

 どんなときも、冷静な物腰で受け答えをする川田でも、10度目の挑戦でダービーを勝ったことに、あふれる感情を抑えることはできなかった。

 写真判定を待つ間、冷静に努めていたのは管理する友道康夫調教師もそうだった。地下検量室前、1着馬が入るボックスの前で待つ馬主の金子真人オーナーに「まだですから」と諭すように振る舞っていたが、何より自分に対して逸(はや)る気持ちを抑えていたに違いない。判定結果が出るや、小走りに金子のもとへ駆け寄り「出ました! やりました!」と声をあげた。

「ゴール前は久々に声が出ました。周りから勝ったと言われましたが、写真判定が出るまでは半信半疑で。結果が出て、オーナーと握手したときは感動しました」

 2009年には皐月賞馬アンライバルドで挑みながら12着に敗れ1番人気を裏切った。それだけに、勝つことの難しさを理解していた。全姉が短距離路線で活躍するウリウリで、皐月賞後もささやかれた距離への不安も意に介さず、100%の状態で送り出すことだけに注力した。

「弥生賞の後よりも消耗が少なく、スムーズに調整でき、これで負けたらしょうがない、という状態に持ってこれました。血統は短い距離向きなのかもしれませんが、この馬自身はものすごい落ち着きのある馬で、そういった心配はあまりなかったです。馬房でもよく寝てるし、皐月賞のときも昼ぐらいまで馬房で寝ていました。今日も初めてのコースでしたが全然落ち着いていました。今までに見たことがないほど、オンとオフがはっきりしている馬ですね」

 環境に動じず、血統を凌駕する3歳離れした精神力。となれば広がるのが世界への展望だ。すでに今年の凱旋門賞への登録は済ませている。

「まだ緩いところもあり、精神的にも肉体的にも未完成ですが、最高の馬だと思います。このあと一旦放牧に出して、馬の状態を見ながらですが、重量の差もあるからね。精神的にも強い馬なので選択肢のひとつになってくるとは思います」

 父ディープインパクトが果たせなかった夢へ。今回の勝利で、個人馬主(現在の名義は「金子真人ホールディングス」)としては最多となる日本ダービー3勝目となった金子オーナーにとっても悲願となる。ましてや父、母ともに自身が現役時代所有していた、いわば"金子ブランド"での挑戦だ。

 今年の凱旋門賞はロンシャン競馬場が改修のためシャンティ競馬場を舞台にして行なわれる。奇しくも先日、同じ父を持つエイシンヒカリがイスパーン賞を圧勝した舞台で、ディープインパクトの血の適性は示された。2着のサトノダイヤモンド、3着のディーマジェスティも登録を済ませている。サトノダイヤモンドを管理する池江泰寿調教師も「秋は菊花賞、凱旋門賞、天皇賞と選択肢はある。オーナーとゆっくり相談して」と、落胆の中に含みを持たせた。

 最強世代の戦いの舞台は、まだまだ終わらない。海の向こうへと続いていく。

土屋真光●文 text by Tsuchiya Masamitsu