スポニチ

写真拡大

 ラグビーリーグワン1部の神戸を退団した19年W杯日本代表のPR中島イシレリ(37)が1日、東京都内で取材に応じ、現役引退を発表した。リーグワンでは26〜27年シーズンから海外出身選手の出場機会が減る新たな選手登録区分制度を導入予定。この制度により神戸残留が難航し、スパイクを脱ぐ決断を下した。

 取材に応じた中島は、「引退です。(移籍先は)探していない。自分タイミングで発表した(かった)」と話した。新制度ではトンガ出身で日本代表通算9キャップの中島は、カテゴリーA2となり、出場機会に大きな制約を受ける。制度内容が最初に発表された2年前には、このタイミングでの引退を決めていたことも示唆した上で、神戸との契約交渉への影響も「絶対そうでしょ」と認めた。

 4月に中島ら27選手が独占禁止法に反するとして公正取引委員会への申告と東京地裁に差し止めの仮処分を求めた後には、「裏切られたような思い。レイシストがルールをつくってしまっている」などと厳しい言葉でリーグワン主催者側を批判。この日も改めて「あのカテゴリールールは、ちょっと、良くないです」と言葉を選びながらも、表情には怒りをにじませた。

 7月30日にはリーグワンが和解に向けて制度の見直しを協議していると発表。旧制度に戻れば中島の出場機会も制約を受けない可能性があるが、「それ(現役続行)は大丈夫です。未来の子たちに(バトンを)渡します」と決断は揺るがない様子。その上で「変えるならすぐに変えた方がいい。19年はみんな盛り上がったじゃないですか。そのルールがその時にあったら…。遅れているよ、そのルール」と改めて批判した。

 トンガ出身の中島は08年に流通経大入学のために来日し、卒業後はNECでプレー。15年に神戸製鋼(現神戸)に移籍すると、FW第3列からプロップに転向し、18年11月のニュージーランド戦で代表初キャップを獲得。史上初の8強入りを果たした19年W杯でも活躍したほか、陽気でひょうきんなキャラクターもファンから受け、グラウンド外にも活躍の場を広げていた。

 自身のラグビーキャリアについては、「楽しかった。いい思い出。日本のラグビーが強くなった時に、そこに俺がみんなと一緒にやっていた。ワンチームで」と振り返った中島。今後については「一度ラグビーを離れます」としつつ、「Yeaboii(イヤボイ)です。Yeaboiiです。もっと日本人らしく頑張ります。中島として、Yeaboiiして」と代名詞の台詞を繰り返した。