プロ野球の実況アナは試合がない日も“資料作り”をサボれない…“緊迫した投手戦”こそスポーツアナの真価が問われる“備え”の重要性
どんなハプニングが起こるか、始まってみないとわからないのがスポーツです。それを実況するアナウンサーたちも“台本のないドラマ(試合)”を放送しなければなりません。そのために、大事な準備がいくつかあります。今回は放送に際し、用意する資料について、東海ラジオで35年間、野球実況に携わった村上和宏さんが解説します。
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放送には欠かせないが……
前回、我々、アナウンサーが自ら作る中継用の資料(いわゆるデータ)について少し触れましたので、今回はその内容をお伝えしたいと思います。
まず大前提として、資料はあくまで「お守り」のようなものであり、準備したからと言ってすべてを紹介するものではありません。というのも、中継で一番大切なのは「今何が起きているか」を的確に伝えることであり、資料はそこに肉付けする材料だからです。

準備した資料は1割から2割紹介して中継が終わるのが普通で、紹介しなかった残り8割から9割は言わば「万一の備え」のようなものです。駆け出しのスポーツアナウンサーの中に、苦労して作った資料のデータをあれもこれもと紹介する人がいますが、中継を見たり聞いたりしてくれている方は「数字」が知りたいのではなく、今起きているプレーを知りたいのです。
とはいえ、作成にはそれなりの労力がかかりますので、全部紹介したいという気持ちはわからないでもないですが……。
スポーツアナウンサーが実況する際には、どんな競技の中継であっても必ず手元に「資料」を準備して中継に臨みます。ラジオ局に勤務していた私が担当した競技は、プロ野球以外では競馬中継、Jリーグ中継、名古屋ウィメンズマラソン中継ですが、私の経験でご紹介すると、競馬なら枠ごとの色と騎手の服を色鉛筆で塗り絵した下に馬名、さらにその下に最近の戦績、馬体重の増減、騎手の成績などを書き込んだ一覧表をレースごとに用意します(正直、社会人になって塗り絵をするのが仕事の一部になろうとは思いもよりませんでしたが……)。
Jリーグの中継なら、ピッチを模した紙にポジションごとに選手の名前を記入して、チームと各選手のこれまでの成績をまとめたデータを用意します。スターティングメンバーはもちろん、控えの選手のデータも欠かせません。
マラソンでは各選手の自己ベストタイムに加え、監督や選手に直接取材して中継で紹介したいコメントや、レースに向けてどのような練習をしてきたのか、その情報を書き込んだ選手ごとのカードを作り、レース展開に応じてカードを並び替えながらおおよその展開を把握するとともに、選手の実況に広がりを持たせるため、カードに書いたデータを併せて紹介します。
ラジオの場合、資料の作成は完全に実況を担当するアナウンサー任せです。そのため、同じ局に勤務するアナウンサーでも資料の作り方、書き方は人それぞれで、同じものはないと言っても過言ではありません。
ただ、テレビの場合は制作側が用意するデータを示すテロップとの兼ね合いから、アナウンサー個人が用意する資料とは別に、スタッフで共有する資料も用意されるようです。
プロ野球中継の資料
プロ野球中継の話をしましょう。私が勤務していた東海ラジオでは、中日ドラゴンズのホームゲーム71〜72試合を自社制作で中継するので、一番ボリュームが多くなります。そのため、毎試合詳細なデータをとり、中継当日用の資料をまとめます。
この日々作成する資料、我々アナウンサーは「資料をつける」という言い方をしますが(慣れ親しんだ言葉なのでここでも「つける」という表現をします)、つける項目も人それぞれです。
私の場合は、ドラゴンズの選手ごとの個人データと、12球団のチームデータをつけていました。
個人データは投手ですと登板日、球場、相手、先発、中継ぎ、何人目での登板か、勝敗、イニング数、球数、被安打、被ホームランと打たれた打者名、奪三振、与四死球、失点、自責点、暴投、ボーク、エラー、防御率。
野手は出場日、球場、相手、スターティングメンバーか途中出場か、打順、ポジション、打数、安打数、得点(ホームに生還した数)、打点、2塁打、3塁打、ホームランと打った投手名、三振、四死球、犠飛、犠打、盗塁、盗塁死、失策、打率を毎試合つけていました。
ちなみに、なぜホームランを打った投手名を記録するかというと、そのバッターとの相性や、右、左それぞれの投手から何本打ったかが見えてくるからです。
チームデータは試合日、球場、相手、勝敗、得失点、完封、サヨナラ、延長、1点差ゲーム数、チーム打数、安打数、2塁打、3塁打、ホームランと打った投手名、三振、四死球、盗塁・盗塁死とその選手名、失策とその選手名、犠打・犠飛、併殺、残塁、登板投手名とイニング数(これらはすべて、対戦相手のデータ・選手名も書き込みます)、それぞれの勝敗、ホールド、セーブ。そして試合の得点経緯と特記事項もつけていました。
特記事項として記録するのは、代表的な例を挙げると、野手であれば何打席ぶりにヒットを打った、ホームランを打った、あるいは何試合連続でヒットが出ているといったもの、投手だと何年何月何日以来何日ぶりの登板とか勝利といったものです。この他にチームの数字としては何年ぶりの何連勝、何連敗などです。
また、私がいた東海ラジオではドラゴンズ戦の中継なので、ドラゴンズとセ・リーグ5チームとのチーム別対戦成績(つけるデータはチームデータと同じ)もつけていました。このほかにサヨナラ試合、延長戦、先頭打者ホームラン、満塁ホームラン、代打ホームランもリーグごとにつけていました。
こういった資料は自分で決めたルールに従って3色ボールペンで「これは赤」、「この項目は青」と色分けして、ノートを開いたときにより早く視覚で必要な項目がわかるようにしていました。
この資料の数字などをどこから拾うかというと、スポーツ紙のテーブルです。
スポーツ紙をご覧になったことがある方ならお分かりいただけると思いますが、(スポーツ紙ごとに書き方は違いますが)テーブルというのはスコアをそのまま一覧にし、個々の選手の打率や防御率や盗塁、盗塁死、失策、併殺、残塁など、詳しいデータまで網羅されたものです。
ここから数字を拾っていくわけですが、セ・リーグの資料でやっていた得点経過を付けるとき、表になっているテーブルから経過を読み取らなければなりません。これが意外に時間が掛かります。タイムリーやホームランなどわかりやすい点の取り方であれば簡単ですが、エラーで2塁までバッターが進んでからの得点となると、テーブルからは読み取れないので、内野ゴロや併殺の間に得点が入った場合に、どうして点が入ったか考えなければなりません。
今は様々なプロ野球速報アプリなどで細かい試合経過を確認できますが、スマートフォンが普及する以前は紙面のテーブルとにらめっこ、ということがままありました。
こうした一連の作業を経て、その日の資料をつけ終わるには2時間を要します。だから仕事が休みの日に資料をつけることまで休んでしまうと、翌日は大変なことになります。そのため、シーズン中は休みが休みではないような日々を送ってきました。
手書きは私だけ
ところで私の知る限り、名古屋のスポーツアナウンサーで未だに資料をノートに手書きしているのは、実は私一人なんです(他の人たちはみんなパソコンにデータを入れていました)。
自虐的に「絶滅危惧種」と自称していましたが、なぜ私が手書きにこだわるかというと、なにかグラウンドで起こったときに、とっさにそのプレーなどに関するデータを見ようと思ってもパソコンではいくつかの手順を踏んで画面に表示しないといけませんが、ノートであれば、どこに必要なデータが記入してあるかわかっているので、そのページをめくればすぐにデータを見ることができるからです。
パソコンを普通に使いこなせる人からするといかにも「前時代的」なやり方でしょうが、社会に出た40年近く前、私が入社した東海ラジオにはパソコンは経理に1台しかなかったような環境にいたため、パソコンを使うこと自体が一からの勉強だった私にはこれが最善の方法なのです(何とか時代についていこうと思いながらも、スキルが追いつかない自分への言い訳かもしれませんが……)。
前述したとおり、準備した資料は一部しか紹介しないまま中継が終わることが多い中、資料が最大の威力を発揮する試合があります。
それは「投手戦」です。
両チームの投手が好投してチャンスすら作らせない試合展開は、動きが少ないだけにグラウンドだけを追っていると単調な中継になってしまいます。また、解説者も試合開始当初は投球の内容などについて語ってくれますが、イニングが進むにつれ「いいピッチングですね」くらいしか言うことがなくなってきます。こんなとき、準備した資料をもとに投手戦にまつわる様々な数字を紹介することで会話を広げることができるのです。
とはいえ、これほどの投手戦は年一回あるかどうかです。でも「備える」、それがスポーツアナウンサーという生き物なのです。
村上和宏(むらかみ・かずひろ)
フリーアナウンサー。1967年、広島県出身。専修大学法学部卒業後、91年に東海ラジオ放送入社。制作局アナウンサーとして、主にスポーツ実況を担当。2025年の退社まで、プロ野球をメインに多くの番組制作に携わった。現在、バンテリンドームナゴヤのDAZNドラゴンズ戦実況、「プロ野球ニュース」(フジテレビONE)などに出演中。
デイリー新潮編集部
