なぜ「9分で洗える」のに3万円台なのか…前年比245%売れているアイリスオーヤマ「時短洗濯機」の正体
■小容量からの洗濯機市場参入
アイリスオーヤマは1971年創業の総合生活用品メーカーだ。元々はプラスチック製品やペット用品、ガーデン商品などを取り扱っていた。2009年に家電事業に参入、2018年に洗濯機や冷蔵庫などの大型家電市場への参入を発表。洗濯機は2019年より、最初は8kgのドラム式と5kg、7kgといったコンパクトな縦型モデルから展開をスタートした。
「まずは、技術面で開発の難易度が相対的に低い小容量帯から着手しました。また、マーケティング面では上京する若者や一人暮らしの学生・新社会人といった新規ユーザーを取り込むことを考えました」(岩本さん)

まずは若いユーザーとの接点をつくり、そのユーザーとともに事業を成長させていくというロードマップを描いた。
その後、小容量の縦型洗濯機のラインナップを拡充し、洗濯機市場での存在感を示していく。そして、2023年に転機を迎える。それまでの「機能と価格のバランス」を強みとする低価格・小容量の縦型洗濯機中心の路線から、事業の核となるフラッグシップブランドの確立へと舵を切った。そこで誕生したのが、サブブランド「OSH(オッシュ)」だ。

「O」はO型の大きな投入口を、「WASH(洗う)」と組み合わせた製品名で、ドラム式を連想させる円形フタのデザインが特徴。洗浄力をコンセプトに据え、8kgと10kgのラインナップで市場に投入した。これが「デザインも洗浄力も妥協しない」というブランドの出発点となった。
■水道代・電気代を抑えて洗浄力アップ
OSHシリーズが差別化の柱に置いたのは、「ガチ落ち極渦洗浄」と名付けた高い洗浄力だ。縦型洗濯機を使い続けるユーザーは、汚れ落ちを重視している。そこで同社が開発に集中投資したのが、洗濯槽底部に設置されたパルセーターだった。

洗濯機の洗浄力を上げるには水量を増やすか、洗濯時間を延ばすかが一般的なアプローチだ。しかし、それだけ水道代・電気代がかかるため、ユーザーにとってはデメリットになる。
岩本さんが選んだのは、パルセーターの形状を進化させて、限られた水量・時間でも高い攪拌力を引き出すことだった。
「洗浄力に徹底してこだわるために、パルセーターの開発に力を入れました。OSHの発売までの間に、かなりの期間をかけてパルセーターの形状とそれにあったプログラムをし続けました。特に限られた時間でいかにしっかり洗うかを研究し続けました」(岩本さん)
■「9分」で洗える特急コースが刺さった
そして、2025年10月より発売したのが、さらにコンセプトを尖らせ、最速9分(1kg)での洗濯を実現した「OSH fit」シリーズだ。OSHシリーズで培った技術とコアコンセプトを応用し、新生活ユーザー向けの機能に振り切ったモデルで、2026年の新生活商戦では前年比245%という数字を記録し、今や同社洗濯機事業の屋台骨となっている。

OSH fitの最大の特徴は、約1kgまでの化繊衣類を洗濯から脱水まで約9分で完了する「特急(1kg)コース」を搭載したこと。このアイデアが生まれた背景には、新社会人や一人暮らしのユーザーが日常的に抱える具体的な悩みがあった。
■「お急ぎコース」20〜30分では遅い
「疲れて帰って、寝る間際に翌日着たい服を洗い忘れたことに気づきます。多くの洗濯機がお急ぎコースを搭載していますが、平均すると20〜30分かかり、干す作業も含めると40分を超えてしまい、寝る直前にそれはきついと考えました」(岩本さん)
このシーンを起点に、「もっと短時間で、限られた衣類だけを洗える機能があれば」という発想がOSH fitの核となった。開発当初は9分の実現は難しかった。9分で動かすだけなら技術的には可能だが、「洗浄力を担保したうえで9分を実現しなければ、洗濯機メーカーとしておかしい」と考えた。
そして完成したのが「ウィングカーブ」と呼ぶ左右非対称の羽根形状だ。従来品では左右対称だったパルセーターの羽根を非対称に変更し、羽根の高さもこれまでより高くした。この形状により、パルセーターが回転する際に多くの水流を巻き込みながら衣類を内外に効率よく攪拌できる。
醤油やコーヒーといった日常的な汚れは特急コースの短時間でもしっかり落ちることを自社テストで確認。「当社最高クラスの洗浄力が実現できた」(岩本さん)。
このとき、OSHシリーズで磨き上げ、さらに進化したウィングカーブ形状のパルセーターがあったからこそ、短時間でも一定の洗浄力を保った9分コースを実現することができたという。

■割り切り設計と生活感を排したデザイン
ただし、特急(1kg)コースは化繊の軽量衣類を対象としており、油分の多いトマトソース系の汚れには不向きだ。「翌朝着たい服をサクッと洗う」という使い方に特化した割り切りのある設計となっており、帰宅後、夕食中や入浴中にサッと洗って、干して寝られる。洗う時間が短いからこそ、忙しい若い世代に刺さったというわけだ。
量販店の現場からのフィードバックでは、この正直な訴求が購入した理由の「最後の一押し」になっているという声が上がっているそうだ。
さらに、OSH fitシリーズが市場で広く受け入れられた理由は、9分の時短機能だけではない。担当者が特に強調するのがデザインへの投資と価格だ。
洗濯機本体は生活感を排したマット仕上げと、洗濯中も槽内が確認できる透明なドア(ふた)を採用。一人暮らし向け物件に多い玄関横の洗濯機置き場にも馴染むデザインに仕上げた。さらに、ブラックモデルでは洗濯槽の内側までグレーに統一するこだわりもみせる。
「内部パーツを共通化したほうがコストは抑えられますが、それよりデザインを選んだ」と岩本さんは語る。このデザイン性の高さは量販店店頭での評判がかなり良く、それが購入に繋がったケースが多いという。

■「引き算で開発」して3万円台を死守
そしてOSH fitの開発において重視したのが3万円台を「外さない」ラインとして設定したことだ。現在、小型の縦型洗濯機市場では、中国系メーカーが2万円台前半で市場に参入。大手国内メーカーが4万円以上の価格帯を維持している。
OSH fitは意図的にその中間に位置取りした。アイリスオーヤマでは、「自分たちが欲しいけど届くくらいの予算内」(岩本さん)をユーザー感覚から逆算し、その価格内で実現できる機能を選び抜く「引き算の発想」の開発スタイルを採り入れている。
「洗剤自動投入機能なども検討しました。実際、8kgや10kgのOSHには搭載しています。ただ、fitは新生活ユーザー向けだったのであえて搭載せず、『9分洗濯』という価値に振り切りました」(岩本さん)
新生活で一人暮らしを始めるときは、多くの家具・家電を買い揃えることになる。このため、OSH fitではコストを重視し、付加機能を搭載するより売価を3万円台に設定することを重視したというわけだ。その戦略が当たって、昨年同商戦期比で売り上げ245%のヒットを実現した。
■競合他社を引き離す「アフターサービス」
OSH fitのヒットで弾みのついたアイリスオーヤマの洗濯機事業は、次のフェーズへ移行する。これまでの若年単身層に加え、30〜40代のファミリー層への接点を増やすことが明確な課題だ。
「若いユーザーと一緒に成長するとともに、新しいファミリー層にアプローチをかけていくことが必要です。大型ラインは今後強化していきます」(岩本さん)
また、中国系メーカーやニトリなど、国内家電メーカー以外から参入するプレイヤーが増加し、価格競争が激化する中で、差別化要因として強調するのが「品質」と「アフターサービス」だ。
アイリスオーヤマでは、配送・設置・修理の対応を自社体制で全国展開している。これも競合との差を引き離すポイントになる。

「洗濯機の価格競争はさらに激しくなっています。ただし、ドラム式洗濯乾燥機は品質も重要。価格を意識しつつも、品質を犠牲にしないことを重視しています」
かつて大手メーカーの家電に対して、低価格が売りの「ジェネリック家電」と呼ばれたイメージを脱し、品質とデザインで選ばれるブランドへと進化を続けているアイリスオーヤマ。ユーザーからもデザイン面で評価されることが増えているという。また、2020年からCMタレントとして俳優の吉沢亮さんを起用していることによるブランドの認知拡大効果もある。
OSH fitが若年層中心に売れたことで、洗濯機市場でのアイリスオーヤマの存在感は強くなっていく。今後、展開予定の大型モデルや新型ドラム式などの展開に注目したい。
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コヤマ タカヒロ(こやま・たかひろ)
デジタル&家電ライター
1973年生まれのデジタル&家電ライター。家電総合研究所「カデスタ」を主宰。大学在学中にファッション誌でライターデビューしてから約30年以上、パソコンやデジタルガジェット、生活家電を専門分野として情報を発信。家電のテストと撮影のための空間「コヤマキッチン」も構える。企業の製品開発やPR戦略、人材育成に関するコンサルティング業務も務める。
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(デジタル&家電ライター コヤマ タカヒロ)
