4歳で両親が離婚、複数の男性が出入りする家…シングルマザーに「対等な女性」として育てられた“謎の美女”が明かす壮絶な半生
◆DJ、モデル、店舗運営…マルチに活動
――普段は会社員だとか。
黒跪:そうなんです。もともと高卒でアパレル業界で働いていました。ひょんなことからクラブのDJになったのですが、根っこがオタクなのでアニメソング縛りのクラブでもDJをするようになって。そのあと、グラビアやインフルエンサーにも挑戦させてもらいました。
黒跪:たまたまなんですが、池袋で行われたサキュバスシーシャのゲスト出勤に選んでいただけて。そのあと、ご縁があってお店の立ち上げなどにも関わらせてもらっているんです。
◆“子どものように”扱われなかった
――幼い頃から、ゲームが身近にあったと伺いました。
黒跪:オタクとしての素地がそこで作られたかもしれませんね。母親が少し変わった人でして、普通の親なら子どもに進んで与えないようなゲームとかアニメも、買い与えてくれました。一緒にゲームをやったりしたのも思い出です。
――仲いいですね。
黒跪:いま、ようやく母親のことを理解できるようになったといったほうが正確かもしれません。たぶん似た者同士なんですよね。縛られた世界よりも、自由を求めるというか。もともと母はニューヨークで芸能事務所を経営していた人なんです。同じニューヨークで父と知り合い、私を妊娠して結婚したようです。ところが喧嘩が絶えず、私が4歳くらいのときに離婚しました。弟と私は、母に引き取られたんです。
――似た者同士だと衝突も多いですか。
黒跪:小3のとき、「あなた、私をバカにしてるよね」と言われたことがあるんです。私も冷めた小学生でしたから、「やれやれ」みたいな感じで対応したのを覚えています。高校のときには、母と喧嘩になって、警察が家に来たこともあります。母は私を子どものように扱わず、良くも悪くも「対等な女性」としてみていたと思います。
◆授業をボイコットして家出したことも
――精神的に自立していますね。
黒跪:それはあるかもしれません。昔から母に「勉強をしなさい」と言われたことはなくて。でも自分からやるタイプの子でした。成績も高校3年間ほぼトップで、3年生時には学年の最優秀生徒として表彰されたんです。
勉強自体は好きだったのに、小学生のときの担任の勉強の押し付けが本当に嫌で、友人と授業をボイコットしてそのまま家出しました。自転車で千葉県から埼玉県まで行って。私はすがすがしい気分だったのですが、ふと友人をみると、「帰りたい……」と言い出して。それで私たちの反抗の旅は終わりました。
――大人びているのに面白くもあるエピソードです。シングルマザーだったお母様は、そのあと、いろいろな異性と交際する。
黒跪:モテるんでしょうね。私の父と離婚したのち、一度結婚したのですがまた離婚し、いろいろな男性が家を出入りしていました。はっきり自覚したことはないものの、たぶん当時の私は嫌だったのでしょうね。
――そのわりにはお母様に対してネガティブな感情がないですよね。
黒跪:そうですね。1つはあまり私自身が「お母さんらしくいてほしい」みたいな期待をしていなかったことが大きいでしょうね。もう1つは、母の立場にたてば、男性に頼らずに子ども2人を育てたのはすごいことだと思うんです。弟は軽度であるもののハンデがあり、やはり心配事も尽きなかったと思います。私は恋愛対象が男性ですが、向ける目は男性に対してのほうが厳しい自覚があります。
