「とんでもない中学生が入ってくると…」PL学園OB、松井稼頭央氏も思わず注目した2学年下の「後輩の名前」 1年から4番を務める

松井氏はスーパー中学生の存在に着目したという(C)産経新聞社
5月30日に放送された「ジャンクSPORTS」(フジテレビ系列)では「第1回PL学園OB会 前編」として数々のプロ野球選手を輩出してきた伝説の名門校、PL学園のOBたちが現在の野球界でも語り継がれる様々な逸話を振り返った。
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番組には西武、楽天、メジャーでも活躍、西武監督も務めた松井稼頭央氏も出演。当時衝撃を受けた後輩について語るシーンがあった。
松井氏は番組内で3年生に学年が上がるタイミングのときのことを振り返った。
「ちょうど3年生になった時に、とんでもない中学生が入ってくると。僕たちも1年生から乗り越えて、やっと神様になったわけですよ」と下級生のときは様々な雑用を申しつけられるなど苦労もあった中でようやく上級生になる喜びを噛みしめていたとされる。
そんな中に“スーパー中学生”が入学すると聞いて関心が一気に向かったという。
そんな中、2学年下で入ってきたのが、中日、メジャーでも活躍した福留孝介氏だったという。
実際に見たところ「バッティング・肩はずば抜けていた」とポテンシャルは前評判通りだったとして「すぐサードのレギュラーは抜いてましたね」とコメント。異次元の活躍を見せたという。
その福留氏も番組に出演。確かに異例の厚遇を受けたとした上で、下級生なら当たり前だった雑用の免除や「入学が決まった時点でグラブとかこれを使いなさいと全部家に送られてきた」と素質の高さを見込まれていたと認めた。
福留氏は1年秋から4番を任され、3年夏の大阪大会では1大会7本塁打をマークするなど圧巻のパワーで知られた。
95年のドラフト会議では7球団から1位指名を受けるも社会人野球へ進み、98年に日本生命からドラフト1位で中日に入団。キャリアを始めた中日時代には首位打者を2度獲得するなど、卓越したバットコントロールで知られた。
メジャーではカブスを皮切りにインディアンス、ホワイトソックスと渡り歩き、2013年にNPB復帰後は阪神と契約を結んだ。最後はルーキーで入団した中日に籍を置き、22年限りで引退した。16年に日米通算2000本安打を達成している。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
