『シチリア・サマー』が11月23日より全国公開© 2023 IBLAFILM srl(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら)

1980年代、カトリックの総本山バチカンのお膝元であり、性的指向に関して保守的な人も多かったイタリアで世界的な非営利団体“ARCIGAY(アルチゲイ)”が設立された。彼らは性別にとらわれず、人を自由に愛する権利を守るべく闘ってきた組織であるが、その原点となったのは、イタリア・シチリア島に住む、2人の少年の身に起こった悲劇であった――。

イタリア社会を震撼させた実際の事件をモチーフに、社会の偏見や不寛容さにぶつかりながらも、ただ純粋に愛を貫いた2人の少年の姿を、詩的できらめくような映像美で描き出した映画『シチリア・サマー』が11月23日より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開となる。

イタリアでは大ヒットを記録


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同作はイタリアで公開されると、瞬く間に口コミが広がり上映館数が拡大。アカデミー賞で脚色賞を受賞した『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督が大絶賛し、『息子の部屋』『3つの鍵』などで知られる名匠ナンニ・モレッティ監督も映画館へ駆けつけるなど、映画を観賞した観客の間から熱狂の声が広がり、大ヒットを記録した。

本作のメガホンをとったのは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『シチリア!シチリア!』や、アンソニー・ミンゲラ監督の『リプリー』などに出演していたベテラン俳優のジュゼッペ・フィオレッロ。彼自身、シチリアの出身であり、撮影は初夏のシチリア島で敢行。青い海と美しい空、自然豊かな風景など、ノスタルジックな郷愁を誘う映像美が印象的な作品となっている。

花火師の父と優しい母親のもと、大家族に愛情いっぱいに育てられた16歳のニーノ(ガブリエーレ・ピッツーロ)は、親から買ってもらったばかりのバイクを走らせていた。だが見通しが悪い道を走らせていたニーノは、別の道から走ってきたもう1台のバイクと衝突事故を起こしてしまう。

そのバイクを運転していたのは17歳の少年ジャンニ(サムエーレ・セグレート)だった。彼は衝突のショックで道ばたに放り出されてしまい気を失ってしまう。心配になったニーノはとっさに人工呼吸を施し、ジャンニは無事に息を吹き返した。2人の出会いはそうやってはじまった。

以前から同性愛者であることを知られていたジャンニは好奇の目にさらされ、近所の住人たちからは連日のように心ない言葉を浴びせられていた。彼自身は内気な性格で、友だちもなく孤独な日々を送っていたが、ニーノとの出会いをきっかけにジャンニの人生は少しずつ変化していく。


ジャンニ(左)の人生はニーノ(右)との運命的な出会いによって変化していく© 2023 IBLAFILM srl

母親の恋人が営む整備工場ではこき使われてばかりだったジャンニだったが、ニーノの伯父が責任者を務める採掘場で働くことになったのだ。初日の仕事を終えたジャンニを迎えに来たニーノは「僕しか知らない場所を見せたい」と告げ、新緑に囲まれた泉のほとりに連れていく。2人だけの秘密の場所を共有した2人は、そこで友情を深めあう。

ジャンニは太陽のように陽気で無邪気なニーノに心惹かれ、ニーノもまたジャンニの秘めた情熱に魅せられていくようになる。そうした2人の友情がやがて愛情に変化していくのに時間はかからなかった。だがジャンニの母親は、息子の変化を敏感に感じ取っていた――。

実際にあった事件がモチーフに

本作のモチーフとなっているのは、果樹園の木の下で2人の若者の遺体が発見され、イタリア中に衝撃を与えたジャッレ事件と呼ばれる悲劇だ。

銃で撃たれた2人は手をつないだ状態で横たわっていたという。彼らは地元では知られた同性愛者のカップルであり、事件前から社会や家族の不寛容、偏見、好奇のまなざしなどにさらされていた。

1980年(映画ではW杯に沸く82年に脚色)に起きたこの事件の背景には同性愛者に対する憎悪があるのではと見立てて、現地には多くの報道陣が殺到する事態になった。亡くなった若者の葬儀には、2000人を超える参列者があったという。

そしてこの悲劇をきっかけに多くの若きシチリア人たちが街頭でデモ活動を行い、その流れで“ARCIGAY(アルチゲイ)”という非営利団体がシチリアのパレルモで設立された。ARCIGAYはその後全国に拠点を拡大し、イタリア最大の団体として、現在もLGBTI の人々に対する偏見や差別と闘っている。

ちなみに余談だが、G7主要7カ国の中で日本と同様に、長きにわたって同性婚をめぐる対応に遅れがあると指摘されてきたイタリアだが、2016年には同性カップルに、結婚に準じた法的権利を認めるシビル・ユニオン法が制定。同性カップルに対しての遺産相続、社会保障などの権利が認められるようになった。

悲劇の真相は謎に包まれている

彼らが誰の手によって死に至らしめられることになったのか、その悲劇の真相に関してはいくつかの仮説が流布しており、謎に包まれている。それゆえ本作でもそうした“事件そのものの真相”を描くことには主眼が置かれていない。

あくまでも社会や家族の不寛容、無理解の中で、それでもありのままの自分の思いを貫こうと生きた2人の少年の青春のきらめきのようなものを美しく、せつなく切り取っている。

本作のメガホンをとったジュゼッペ・フィオレッロ監督は、この事件について「子どもの頃からニュースで知っていて、よく話題になっていたが、当時のわたしはこの事件を深く理解するには幼すぎた。当時は同性愛をタブー視する傾向もあったため、家でも明確に語られることなく、うわさレベルで終わっていた」と述懐。

だが事件から30年たった時に、イタリアの新聞に掲載されたこの事件の特集記事を読み、2人の純粋かつ詩的な愛に感銘を受けたという。彼は90年代から映画、テレビ映画などに出演してきたベテラン俳優であるが、その記事の切り抜きを何年も保管し、この物語を「いつか自分の手で語りたい」と決意していた。そしてこれが彼にとって初の長編映画監督作となった。

また、本作でみずみずしい演技を披露している2人の若き主演俳優は、数百人が参加したオーディションから選ばれた。ニーノ役のガブリエーレ・ピッツーロは、それまでも舞台経験があるものの、本作が映画初出演。


やがてジャンニがニーノと一緒に仕事を始めるようになると、二人の親密さはさらに増していく © 2023 IBLAFILM srl

そして思慮深い眼差しが印象的なジャンニ役に、ダンサーとしても人気の高いサムエーレ・セグレート。イタリアの映画記者組合が選出する映画賞のナストロ・ダルジェント賞最優秀新人賞を2人そろって受賞など、ヨーロッパでも人気が上がってきている。

演技を超越するものを持つ2人

オーディションではリアルで素朴、かつ繊細な少年を探していたと語るフィオレッロ監督は、この2人の若き俳優について「2人の間には特殊なエネルギーが流れていて。強いつながりがあった。彼らは会うやいなや、感情が一気に高まるのが見て取れた。2人の瞳の中に、演技をはるかに超越する特別な何かを感じた」と振り返っている。そんな2人がスクリーンから放つ、みずみずしい存在感にも注目したい。

(壬生 智裕 : 映画ライター)