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イーロン・マスク氏のTwitter (ツイッター)買収撤回宣言を巡り、法廷を巻き込んでの泥沼劇の展開が予想される。Twitterは米デラウェア州の裁判所へ提訴し、買収を完了するよう要請しているが、今のところ契約が履行されるか否かは定かではない。

■6兆円規模の買収計画 合意3ヵ月後に撤回

「世界の言論の自由を取り戻す」という名目でTwitterの買収に乗り出したマスク氏は、4月、1株当たり54.20ドル(約7,508円)、合計440億ドル(約6兆957億円)を現金で買収することに合意した。

合意当初の米国証券取引委員会(SEC)の開示文書によると、買収資金のうち210億ドル(約2兆 9,093億円)はマスク氏のエクイティコミットメント(新株予約権を用いて、金融機関などから資金調達する方法)による自己資金で、残金は金融機関から融資を確保する計画だった。

この中には、Tesla(テスラ)株を担保とする125億ドル(約1兆7,317億円)の証拠金ローンや130億ドル(約1兆8,010億円)の銀行ローンが含まれていた。

ところが5月に入り、マスク氏は「Twitter側の契約違反」を理由に取引を保留にすると発表した。さらに、7月上旬には撤回を宣言し、市場が騒然となった。同氏は、Twitterが金融監視機関への開示でスパムアカウントや偽アカウントの数を偽って伝えていたこと、そのことに関する同社の主張を裏付けるデータの開示を拒否したことなどを主張している。

■Twitterの反撃「もはや買収はマスク氏の個人的利益にならない」

しかし、交渉以前からさまざまな論議を呼んでいた買収劇にさんざん振り回されたTwitter側が、すんなりと納得するわけがない。同社はマスク氏の主張を全面的に否定し、2022年7月12日、提訴に踏み切った。

さらに起訴状の中で、マスク氏が「悪意のある」議論と同社に対する「公的で誤解を招く攻撃」を行ったと非難した。「Twitterやその幹部に対して侮蔑的なツイートを投稿しない」という取引の誓約にマスク氏が背いたことなどを含め、「複数の違反行為」を主張している。

その一方で、同氏の買収資金源の一つであるTeslaの株価が買収合意後に25%以上下落したことを指摘し、「マスク氏はもはや買収が個人的な利益にならないと判断し、買収撤回を試みている」と反撃した。

■サウジアラビア王子などから総額9,894億円以上調達

前述の通り、買収資金はTesla株に依存している部分が大きい。株価の下落により、担保に入れる株式か現金を増やす必要性が生じた。マスク氏がこのような負担を軽減するために、金融機関を介して共同出資者を募ったことは事実である。

5月にはサウジアラビアのアル・ワリード・ビン・タラル王子や、大手ソフトウェア企業オラクルの共同設立者ラリー・エリソン氏を含む19人の投資家から約71億4,000万ドル(約9,894億6,873万円)を調達し、Tesla株を担保とする証拠金ローンの融資枠を半分に減額するなどしていた。

■「ウォール街の歴史の中で最大の法的闘争の一つ」の行方は?

注目を集めているのは、「ウォール街の歴史の中で最大の法的闘争の一つ」になると予想されている裁判の行方である。マスク氏の主張の焦点は、事業に生じる潜在的な「重大な悪影響(Material Adverse Effect 、MAE)」だ。今回のケースがMAEと判断された場合、マスク氏は違約金等を支払うことなく買収合意を撤回できる。

一般的に買収契約におけるMAEの定義は、テロなどの特定かつ広範な事象を指す。法律専門家の見解によると、デラウェア州の裁判所はMAEについて、「企業の業績に長期的な損害を与える、劇的で予期せぬネガティブな要因や出来事」と定義付けている。

裁判所がMAEと認め、買収撤回に成功した例は過去に1件だけある。2018年のドイツのヘルスケアグループ、Fresenius Kabi(フレゼニウス・カビ)と、米ジェネリック製薬企業エイコーン・ファーマシューティカルズのケースだ。

この法廷闘争では、エイコーンがフレゼニウスに対して行った規制遵守の保証が不正確であったことが立証されたほか、業績悪化の事実をエイコーンが隠蔽していたことも内部告発で明るみに出た。

この事例に基づいて予想すると、マスク氏が裁判で勝訴するためには、同氏が主張しているデータに関する「Twitterの虚言」を立証する必要がある。

マスク氏の訴えが退けられた場合はどうなるのか。

取引には「特定の履行条項」と呼ばれる条項が含まれており、裁判所はマスク氏が買収資金を調達し保有している限りは買収の完了を法的に強制することができる。違約金の支払いを命じられた場合、その額は10億ドル(約1,385億3,173万円)前後になると一部の専門家は見積もっている。

同氏はTeslaの他に、航空宇宙メーカーのSpace X(スペースX)や脳に埋め込まれたブレイン・マシン・インタフェース(BMI)を開発するNeuralink(ニューラリンク)を所有しているが、SEC(米国証券取引委員会)がこれらの企業から同氏の退任を命じる可能性も予想される。

■最終的には和解?

買収合意当初の取引完了期限は10月24日だった。Twitterは延滞を回避するために、9月中旬に4日間の裁判を行うように要請している。専門家は、裁判が長期化するほどマスク氏とTwitterの両者にネガティブな影響をもたらす可能性が高まるとし、最終的に和解に持ち込まれると見ているようだ。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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