スポーツの現場における技術面の進化は驚くべきスピードで進んでいる。

2012年のロンドン五輪で銅メダルをとった女子バレーボール・真鍋政義監督が試合中にiPadを手に持ちながらデータ分析をしていたことを記憶している読者も多いだろう。

 

そこから7年が経過した今では、デジタルの力を借りた分析や競技のサポートは完全に市民権を得たと言える。昨今、多くのデバイスやサービスがスポーツの現場に登場し、十数年前では考えられなかった科学的観点から個人やチームの競技レベルを上げるためのアプローチをすることが可能になった。

 

映像分析ツール「Hudl(ハドル)」もその1つ。撮影した試合の映像を重要なシーンごとに切り分けメンバーへ簡単にシェアすることができるものだ。これに加え、同社のメインプロダクトの1つである「スポーツコード」を用いれば、チームごとに定義したプレーを登録し、試合中にリアルタイムで記録をすることも可能である。そして、試合後に該当するシーンのみにアクセスし振り返ることもできる。

 

マンチェスター・シティをはじめ世界中のトップクラブで採用され、日本でもJ1リーグ、J2リーグともに上位争いをしているチームに導入されている、文字通りトップレベルの現場に変化をもたらす一手を担っていると言えるだろう。ただ、彼らにとって“分析市場”はプロだけではない。このツールはスポーツの現場におけるアマチュア・少年少女レベルにまで改革を起こせる可能性も秘めている。

 

 

起点はアメフト。そこから“口コミ”で広がる

Hudl社が産声を上げたのは2006年、アメリカはネブラスカ州リンカーンにおける出来事だった。ここに拠点を持つネブラスカ大学アメリカンフットボール部の映像分析とシェアをするために作ったのがそもそものルーツである。いまとなってはクラウド上に様々なデータを共有するのは当たり前であったが、当時は映像をDVDで観るのがメジャーな時代。チームの分析映像は “録画→DVDへ複製→配布” という煩わしい過程で選手や指導者に渡っていった。これをweb完結型にし、スポーツ現場におけるクラウドを通じた映像シェアの先駆けとなったのがハドルである。

 

「簡単に映像のシェアや分析をできるソフトとして、アマチュアのチームが使い出したんです。アメフト始まりですが、その使い勝手の良さから他競技にも口コミで広がっていきました」

 

こう語るのはHudl社に勤める唯一の日本人・高林諒一氏だ。前述したようなJリーグのクラブへの導入促進は、彼が日本総代理店であるフィットネスアポロ社のメンバーとともに行っている。

 

☆高林氏のtwitterアカウント

https://twitter.com/tkb84_hudl

 

日本でハドルの導入促進を行う高林氏

 

“シェア”から高度な“分析”へ

 

チームの映像を簡単にメンバー内で共有できるツールとしてアマチュアスポーツの領域でシェアを広げていった中、1つの転機が訪れる。2014年、オーストラリアの映像分析会社であるスポーツテックをHudlが買収したのだ。目的は同社のメインプロダクト「スポーツコード」の獲得である。

 

「Hudlの得意分野はチーム内でのシェアと簡易的な分析で、これはアマチュアスポーツ領域に強かったんです。ただ、込み入った分析をするというツールは元々持っていませんでした。逆にスポーツコードはアマチュアではなく、トップレベルのスポーツチームにおける高いシェアを持っていたんです。これは競技問わず、です。つまり、互いの欠けている部分を補う形でこの合併が進んだ形になります」

 

スポーツコードは「タグ付け」のパイオニアともいえるツールである。例えばサッカーの試合で“相手のシュートチャンスが何回あったか”や“A選手のプレーのみ”を振り返りたいとする。その場合、録画済みの映像をソフトで取り込み、振り返りたいプレーにツール上でチェックを入れる(付箋を貼るようなイメージである)ことで、その当該プレーのみを切り出したダイジェストが見られるようになるものだ。

 

 

上の画像が“タグ付け”のイメージである。タグの入れ方は非常に簡単で、画面上でボタンを生成し、当該シーンのタイミングでそのボタンを押せば良い。試合を振り返りながらその動作を続け、終わったころには記録されたタグから指定のプレーだけを切り取って観ることができる。

現在、国内外問わず多くのプロスポーツチームがこのスポーツコードを導入している。

彼等が利用しているのはハイエンドモデルであり、チームの分析担当者がリアルタイムに試合映像をPCのソフト越しで観ながらタグ付け作業ができるものだ。

 

「試合中にスポーツコードを立ち上げてタグ付けしていくことで、ハーフタイムに映像を見せながらのフィードバックができるんです。このリアルタイムでの分析は大きなメリットがあります。また、試合後の分析の工程においても、スポーツコードを用いることでとにかく作業の工数が減る。録画した映像をPCに取り込み、編集ソフトでひたすら切り貼りするよりも、スポーツコードでタグ付けしていった方が時間も短縮されるし事後の検索性も高まります。」(高林氏)

 

ちなみに、映像共有プラットフォームとしてのHudlの機能に目を付け、リーグとしてオフィシャルに導入を決めたのがベルギー・ジュピラーリーグだ。かつてプレミアリーグの名門・エヴァートンFCを率い、現在はベルギーA代表監督を務めるロベルト・マルティネスが中心となってそのプロジェクトは進行し、2019-2020年シーズンからの導入が決まった。

 

「ベルギーでは1部と2部の23スタジアムに、AIカメラを設置します。そこで撮影した映像がリアルタイムに出力されるので、分析担当はスポーツコードを使って試合中にも分析ができます。このプラットフォームをリーグが準備するんです。」

 

「試合が終わったら各会場の映像が自動的にハドルにアップロードされており、これらに協会だけでなく各チームがアクセスできる。そもそもスカウティング映像の用意って大変ですよね。サッカーに限らずどの競技も実際に見に行って撮影して編集して…となっている。そういった手間やコストをテクノロジーの力でできるだけ削減したいというのが僕たちの思いです。ベルギーリーグでは各スタジアムに設置されたAIカメラから自動的に映像がハドルへアップロードされる形になっていて、全試合の映像を全チームが入手できるようになっているんです。そのプラットフォームにHudlが採用されたということです。ダウンロードする必要もなく、ハドルにログインすれば他チームの映像にアクセスできるという形です。」(高林氏)

 

分析は“プロだけ”のものではない

ここまで話すとかなり大きな話のように聞こえるが、なにもこのツールはプロ限定のものではない。Jクラブの利用しているプランは年間で数十万かかるが、冒頭に記したように少年団や中高の部活レベルでも利用ができる“廉価版”も存在する。ただ、侮ってはいけない。

 

ハドル アシストという基本契約に年間\72,000をプラスして利用できるプランは、録画した映像をハドルのストレージ上にアップロードすれば、24時間以内にその映像の分析をHudl側が行い、戻してくれるというもの。Hudlのインド社に常駐する分析チームがタグ付けを代行してくれるのである。その分析から得られるものは、単に映像にタグを付けるだけでなく、シュートチャートや、パスと成功率、エリアごとのパス本数のレポートなど多岐にわたる。誤解を恐れずに言えば、アマチュアレベルでは十分すぎるほどのデータだ。

 

※.金額はスポーツによって異なります。

http://hudl.jp/toptheme/hudl-assist-release

 

少年サッカーや中高の部活レベルでも毎試合映像を撮り、それを元に指導者が分析を行ったり、映像をシェアしたりする現状がある。撮影した映像をPCに取り込んで編集ソフトで切り貼りし…というと労力は膨大にかかるし、多数を占める“兼業”の監督やコーチにとっては重荷となることは言うまでもない。チームの競技環境向上と指導者のレベルアップ、そして労働量を照らし合わせると高くはないどころか“買い”であろう。

 

品川区で活動する少年サッカーチーム・FCフェニックス品川も、ハドルを取り入れているチームの1つ。彼等は日本で初めて、小学生年代のサッカーチームとしてこのツールを導入した。

 

平日は都内の小学校で練習をしている。

 

コーチの細田さんは導入した経緯をこう語る。

「まずこの少年サッカーでは日本で誰も入れていないというのがあって、1番にやらせてもらいたいなと。また、月1万円であそこまでのサービスを受けられるのはすごいリーズナブルだなと思いました。そして、映像を観る癖を付けてほしい、習慣化したいという思いがありました。保護者の方々にも選手にも、ですね。シェアするというのもツールとしてもとても良いんです。

あとは、撮った試合ははっきり言って全部は見ないじゃないですか。その中から見たいシーンだけを切り取るのって、これまでどおりの作業だとかなり時間がかかると思います。でも、ハドルに映像をアップしておけば翌日には自動でタグ付けされているので『シュートシーンだけ見たい』『コーナーキックだけ見たい』という要望に対して簡単にアクセスができるんです。」

 

ハドルのスマホアプリ上で自チームのシュートシーンのみを簡単に視聴できる。

 

映像での振り返りの簡易化、そして見たいシーンを抽出できるという点で大いに役立っていると話してくれたが、それ意外にも指導を受ける選手への“材料”として大いに機能していると続けて口にする。

「この前の試合は1−1だったのですが、ポゼッションは60%ありました。その中でなぜ勝てなかったのかと思って他のデータを見たら、シュートをあまり打ってなかったんです。そこから、『ボールは持っていたけどシュートまでいけてなかったよね』と数字をベースに子どもたちに伝えられる。そういう課題を抽出できたり、チームが成長するためのヒントをもらえるので、とても助かっています」

 

ともすれば「うちは映像も撮らないし、そこまでのデータは必要ない」と思う指導者やチームが多いかもしれない。だが、細田さんが語るように試合ごとに具体的な“数字”がでてくることによって、指導における効果的な説得材料になると同時に、選手たちに気付きを与えることができる。指導者のみならず、プレーヤーの成長にも寄与できるものと言えるだろう。

 

「昨今、映像を撮っているチームは増えたと思います。ただ、それを上手く活用できないチームが多いと感じますし、そういう時にデータを可視化してくれるツールはかなり有用なのかなと思います。90分の試合映像を丸々流しながら再生して、早送りしながら見せても、選手の集中力も続かないですからね。

こういうハドルのようなプラットフォームを使って、誰でもどこでもいつでも見たいシーンだけ見られる環境を作ってあげることで、プレーの質の向上とチームとしての完成度を高めることに繋がると思うんです。選手・指導者共に成長するために重要なポイントだと思うので、チームや個人のデータと映像にアクセスしやすい環境を整えてあげるというのはすごく重要なことなのかなと思っています。」

 

高林氏はこう語気を強めて語ったが、サッカーだけでなく各種競技の選手・指導者のレベルアップにおいて、ハドルのようなツールの普及が与える影響は大きく、鍵を握っていると言えるだろう。

 

“映像分析”という言葉だけを見るとプロ向きであり、部活、少年団レベルにおけるニーズは低いように思う方が多いだろう。しかし、そういった固定観念は一度捨て去って考えてみてほしい。

実際に世界各国様々なリーグのトップレベルに居るチームが利用しているツールであり、前述したベルギーのように協会レベルで取り入れられるものでもある。一方、それに近しい環境をアマチュアレベルでも手に入れられる時代になっている。ハドルのようなツールを導入する障壁は徐々に低くなっているのだ。

今回はサッカーを例に挙げたが、ハドルはアメフトやラクロス、バスケなどのプロチームでも採用されている。全ての競技におけるアマチュアカテゴリのレベルを上げる担い手として、非常に大きな可能性を秘めているのだ。

 

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