受験は人生の役に立ったのか――受験戦争を記録する意義とは【受験戦争のメディア史】
一般入試での大学入学者が少数派となり、年内に合格を決める高3生が増え続ける今、もはや”戦争”ではなくなった大学受験。かつて華々しく繰り広げられていた受験生たちの「戦い」を合格体験記から読み解く『受験戦争のメディア史 無名戦士たちの合格体験記』では、半世紀にわたる受験生の「感情の歴史」と、彼らが70年代に作り上げ、後に失われていった「受験戦時下の教養主義」の様相を描き出します。
なぜ受験戦争の記録を残すのか。本書より序章の一部を公開します。
『受験戦争のメディア史 無名戦士たちの合格体験記』
受験戦争を記録するメディア史のために
もう一つの戦争記憶――私の「あの戦争」 私も「あの戦争」の記憶を書き残そう、と思った。二〇二五年の夏、「戦後八〇年」がメディアで喧伝された。第二次世界大戦を実体験した世代が何かを語り残すことができる最後の周年ジャーナリズムだった。一〇年後の「戦後九〇年」、二〇三五年における「戦前生まれ」は銃後の少国民だけとなる。空襲など戦災はともかく、沖縄や満洲などを除けば戦闘を経験した者はいなくなる。そのため戦争の記憶では、ますます「被災の記憶」が中心になり、「戦闘の記憶」は忘れられていくのだろう。むろん、それこそが記憶が歴史になる一般的なプロセスである。
本書で私が記録にとどめたい「あの戦争」は昭和後期の受験戦争である。そこでも、受験体制における「被災の記憶」が「戦闘の記憶」を上書きしていくのだろう。「受験戦争」という言葉は平成・令和の日本ではほとんど使われなくなっており、それを体験した昭和世代はすでに高齢期に入っている。
「戦後八〇年」の特集「自分史を書く、先祖をたどる」(『中央公論』二〇二五年九月号)で、教育学者・齋藤孝は「人生を肯定し、次世代に引き継ぐために」を書いている。齋藤には『必読! 必勝! 受験のための「孫子の兵法」』(二〇二〇年)など受験戦争の余韻がただよう著作もある。「塾ソムリエ」西村則康との共著『なぜ受験勉強は人生に役立つのか』(二〇一四年)では、次のように語り始める。
受験地獄はもはや、今の日本にはありません。受験戦争という言葉も、すっかり死語となりました。私が大学を目指した一九七〇年代の終わり頃は、まだ厳しい受験競争が残っている時代でした。難関大学に入るために二年も三年も浪人し、予備校に通って勉強漬けで、恋愛もお預けという暗い青春を送る若者がたくさんいました。(3頁)
同じ一九六〇年生まれの齋藤と私は、受験戦争の状況認識を共有している。特に地方出身者として浪人体験を語る齋藤の文章には深く共鳴する。
私自身は静岡県で生まれ育ちましたが、中学、高校、大学と受験しただけでなく、浪人したために予備校に入るための試験も受け、さらに研究者になるために大学院まで受験しています。それこそ、受験ずくめとも言える前半生でした。確かに、受験勉強の渦中にある時は楽しくありませんでした。とくに大学受験で浪人している時は苦しかった。「大学に受からなかったら、将来どうなるのだろう」という不安に苛(さいな)まれたこともあります。(4頁)
齋藤が不合格だった一九七九年の東京大学入試の現役・浪人の内訳は現役五五・二%、一浪三四・四%、二浪七・八%、三浪以上二・六%である。同年の京都大学入試の比率もほぼ同じ(現役が約五二%、浪人が約四八%)である。一九七〇年代の難関国立大学はおおむね合格者の半数が浪人生だった。この傾向は一九九〇年前後まで続いた。一浪が「ヒトナミ」と読まれた時代である。その上で、齋藤は右に続けてこう述べている。
しかし、五〇歳代になって振り返ってみると、受験勉強は決して無駄ではなかった。よく言われるように、人間性が破壊されるとか、創造性が失われるといったことはありませんでした。それどころか、物事を論理的に考える力をはじめ、科学的に見る眼、苦手なことを克服する方法、努力し続ける粘り強さ、段取りをしたり予測したりする力、ミスを減らす確認力などなど、受験勉強で培(つちか)った力や技を数え上げたらきりがありません。(4―5頁)
齋藤や私と同じ一九六〇年生まれで、灘高校から東大理Ⅲに現役合格した精神科医に和田秀樹がいる。膨大な数の受験本を出版している和田も、すでに一九九六年刊行の『受験勉強は子どもを救う――最新の医学が解き明かす「勉強」の効用』(河出書房新社)で、「受験戦争」はもはや「戦争」の名に値しないと書いている。
私の観察では、受験戦争はかつてと比べてはるかに競争回避的な「優しい」ものとなっている。まず第一に、東大を頂点とするピラミッド型の受験体制は崩れ、それほど苦労しないで「みんなが知っている」大学に入りたいという感覚が強くなっている。(48頁)
和田の著作もタイトル通り、過ぎ去った受験戦争の効用を評価していた。実際、公刊された大半の合格体験記も、同じような受験勉強の効用を説く内容になっている。だが、それが合格者だけに許された特権的な語り口であることも否定できない。私自身の合格体験記にもそうした色合いが強いことは、第四章、第五章で詳細に検討する。
本書で目指しているのは、受験勉強の自己啓発的な効用を再確認することでも、大衆教育社会の平等神話を追憶することでもない。正直に言えば、私は今も受験勉強など二度とごめんだと思っている。「受験勉強で培った力や技」などは、別の方法でも十分に得られたはずなのだ。また、「受験勉強は決して無駄ではなかった」と自己啓発的な効用を語ることが危険なのは、「先の戦争(への翼賛)は決して無駄ではなかった」と戦争を肯定することにもつながるからである。ついでに言えば、戦後に高度経済成長を実現した日本人とは、戦時下の教育を受けた日本人にほかならない。その意味で国民総動員の戦時体制が高度経済成長の心理的基盤であり、戦後の日本人は国民総動員の「経済戦争」を戦い抜いた。戦前=戦後の連続性を重視する歴史家の立ち位置で考える私は、「受験勉強で培った力や技」をその後の人生から高く評価する気にはなれない。
ただし「役に立った受験戦争」言説は合格者の特権的な語り口だけでもなく、もっと広く世間一般に共有されていた。たとえば青春推理小説『アルキメデスは手を汚さない』(一九七三年)で江戸川乱歩賞を受賞した小峰元は、総理府が一九七六年に発表した「教育に関する世論調査」でも受験戦争が「プラスになる」との回答が多いことを示した上で、高校生にこう語らせている。
続きは、『受験戦争のメディア史──無名戦士たちの合格体験記』でお楽しみください。本書は、下記の構成で、合格体験記から受験戦争に参戦し、動員された若者たちの心情を克明に描き出します!
序章 受験戦争を記録するメディア史のために
第一章 合格体験メディアの公共性――受験戦士の自分語り
第二章 「受験戦争」以前の文筆的公共性――オリオン社の軌跡
第三章 大学紛争から受験戦争へ――『ORION』から読む1
第四章 志願兵士が読む「動員」言説――『ORION』から読む2
第五章 凱旋兵士が書く「戦勝」報告――『私の京大合格作戦』1
第六章 無名戦士の「復員」記録――『私の京大合格作戦』2
佐藤卓己(さとう・たくみ)
上智大学文学部教授・京都大学名誉教授。1960年広島市生まれ。京都大学文学部史学科卒業、同大大学院修士課程修了。87―89年ミュンヘン大学留学。京都大学博士(文学)。東京大学新聞研究所助手、同志社大学文学部助教授、国際日本文化研究センター助教授、京都大学大学院教育学研究科教授を経て現職。著書『「キング」の時代』(岩波書店)で日本出版学会賞とサントリー学芸賞を、『言論統制』(中公新書)で吉田茂賞を、『ファシスト的公共性』(岩波書店)で毎日出版文化賞を受賞。2020年、人文社会情報学の研究功績により紫綬褒章を受章。他の著書に『増補 八月十五日の神話』(ちくま学芸文庫)、『輿論と世論』(新潮選書)など多数。
※刊行時の情報です。
■『受験戦争のメディア史──無名戦士たちの合格体験記』より抜粋
■注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛している場合があります。

