板東英二さん

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評伝

 22日に死去した板東英二さんは華やかなタレント活動が印象的だったが、プロ野球選手としても、球宴に3度出場した一流投手だった。

 努力を惜しまず、明るい性格はチームメートやファンに愛された。

 「あんな野球選手は見たことがなかった」。板東さんの入団当時にトレーナーを務めていた足木敏郎さん(2022年死去)は生前、そう語った。入団1年目の春季キャンプ。板東さんが腹筋運動をすれば、ゴムまりのように体が上下した。ボールを握らせれば、速球が捕手のミットへ正確に収まった。抜群のバネと制球力で周囲を驚かせた。

 キャンプ中、練習後にマッサージを受けると、他の新人は「ありがとうございました」と遠慮がちに頭を下げて部屋を出たが、板東さんは違った。「これであしたもバンバン投げられまっせ」。右腕をグルグルと回した姿に、足木さんは思わず笑ってしまった。

 板東さんは中学生になるまで、グラブを買ってもらえないほど、家庭が貧しかったという。苦労を重ねた少年時代もあってか、右肘痛との闘いだったプロ生活でも弱音を吐かず、痛み止めの塗り薬を肌が真っ赤になるまで塗り込んで登板した。足木さんは「泣き言は聞いたことがなかったし、怒った顔を見たことがなかった」。

 足木さんはある時、番組収録のため、名古屋を訪れた板東さんに「なぜ、いつも明るくいられるのか」と尋ねると、笑顔で「そんなことはおれだって知るか」との返事が返ってきた。太陽のように明るい人柄だった。(宮島出)