蔵内勇夫・県議会議長(左)と麻生太郎・自民党副総裁(時事通信フォト)

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「議長就任のために金を要求された」――議長経験のある県議の告発が発端となった福岡県議会の金銭授受疑惑で追及の渦中にあるのが蔵内勇夫・県議会議長だ。麻生太郎・自民党副総裁をはじめ、多くの大物国会議員を輩出する福岡にあって"県政のドン"と呼ばれる人物である。その権力基盤が今、大きく揺らいでいる。現地で何が起きているのか、ノンフィクション作家の広野真嗣氏が迫る。(文中敬称略)【前後編の前編】

【写真】県営公園のモニュメントの除幕式 蔵内勇夫氏に向けて拍手を送る服部誠太郎・福岡県知事

県議に知事が従うという珍妙な光景

 県政の歪みを示すひとつのエピソードを知ったのは、蔵内の城下町、福岡・筑後市で取材を始めて間もなくのことだった。筑後市は有明海にそそぐ矢部川中流に位置する県南部の小さな市である。

 住民の1人は、4年前に目の当たりにした珍妙な光景をこう振り返った。

「県営のモニュメントの除幕式でのことです。普通は整備した首長が『おめでとう』と祝福されるものだと思うでしょ。ところがこの時、俺が作ったと言わんばかりに真ん中に歩み出たのは県議の蔵内でした。その蔵内を向いて県知事の服部誠太郎が率先して拍手しているんですから、おかしなもんでしたよ」

 除幕式は20年余りをかけ、代々木公園3.5個分という規模で整備されてきた「筑後広域公園」の中心に、隈研吾作のバネを模したゲートや竜の石籠を設置したことを記念して行なわれた。ゲートの真下に、蔵内が提唱する「ワンヘルス」を称えるプレートが埋め込まれている。

 この「ワンヘルス」なる言葉が、獣医師の資格も持つ蔵内の権力構造を読み解くカギのひとつだ。人の健康と新興感染症の原因となる環境や動物の保健衛生を一体的に考える理念だという。

 福岡県では学校で教育教材まで配られている重点政策だが、ほぼ福岡でしか通じない言葉でもある。理念だけなら聞き流せるが、巨額の税金を投じるとなれば話は別だ。

 モニュメントだけで4億円もの金が投じられたばかりか、公園全体の整備費は400億円。川の対岸の町では総事業費200億円のワンヘルスセンターなる箱モノの整備も進められている。

 前任知事の退任後、蔵内の推しで後釜に収まった県庁プロパー知事の誕生は、"蔵内人事"と囁かれた。

 議会と知事が拮抗するどころか、県議に知事が従うという倒錯した主従関係の象徴的な場面が冒頭の拍手なのである。

 それから時が経ち、県知事を従え、今や麻生や元総務相の武田良太ら有力国会議員と伍する蔵内だが、その権力に重大な異変が生じている。

 改めて書くまでもないが、疑惑が全国ニュースになったのは7月5日。

 元自民党県議団所属で現在無所属の吉松源昭ら2人が、2020年の正副議長就任に際し、県議団幹部から「他会派への根回しのゴルフ代」などの名目で金銭を要求され、吉松は約2000万円支払ったことを地元紙・西日本新聞に実名で証言。

 蔵内側近の現副議長が「大金やけん、管理しとかんと」「荷物の話が出たんで」などと小声で話す生々しい音声記録も暴露され、全国のお茶の間の話題となった。

吉松氏は「麻生黒幕説」を否定

 とりわけ永田町筋では別の憶測も広がった。

 吉松が麻生に近い県議であること、さらに次の総選挙で麻生が息子への代替わりを控える事情を踏まえると、武田と蔵内が結びつくことで"息子の地盤が脅かされる芽"を早期に摘むべく、麻生が蔵内を政治的に失脚させようとしたのではないか――こうした陰謀説が取り沙汰された。

 当の蔵内はといえば海外出張から帰国した7月17日午前、改めて「(金銭を受け取った事実は)一切ございません」と否定。

 さらに焦点の陰謀説については、「麻生先生は、県議会のことについては一切言わないと固く約束し、守ってきている」と述べるにとどめている。

 そんな報道を見ながら福岡に飛んだ私は、一方の当事者、告発の張本人である吉松に取材した。まずは、「問題は蔵内一強体制です」と語る吉松の説明を聞こう。

「県議会では野党に至るまで誰も逆らえず、県庁では知事も逆らえない。麻生渡・元知事や小川洋・前知事が断わっていたような、蔵内議員からの要求を服部氏は受け入れてしまった。独裁を許した責任は知事にある」

――そもそも金は本当に蔵内氏に渡ったのか。

「側近らは『預かって蔵内相談役に渡します』とか、『(ゴルフ代は)蔵内議員が立て替えてくれている』という言い方。いずれも蔵内氏に渡すと言っていましたから」

――直接、渡したわけではない?

「蔵内議員が言ってくることもなければ、(直接)受け取ることもありませんでした。当時、私は信用されていないんだなと感じたものです」

 吉松の告発後には民主系県議が蔵内に直接金銭を渡したとする証言も出てきたが、吉松は「私より民主が信用できるんだなと。(蔵内は)最初から、(私が)こんなこと(告発)を言い出す奴であると見抜いていたのかも」と苦笑した。

 麻生黒幕説の問いを向けると、吉松は「全く違う。麻生さんから一切何も言われていません。この2年間連絡すら取っていない」と否定した。吉松が続ける。

「蔵内議員は武田さんとはバチバチな一方、やはり武田さんを嫌う麻生先生をうまく取り込んでいました。全面的に良い関係ではないけど、共通の敵に対し手を取り合うところもあった」

 三国志でいえば最も強大な魏に対し、蜀と呉が打算的に結んだ同盟とも重なるという説明だが、その見立て通りなら、吉松の告発で蔵内が失脚すれば麻生は友軍を失うことにもなる。

「だから麻生先生には申し訳ない思いもありますが、もうそんなことは言っていられないほど、県議会が酷すぎる」

(後編に続く)

【プロフィール】広野真嗣(ひろの・しんじ)/ノンフィクション作家。神戸新聞記者、猪瀬直樹事務所スタッフを経て、フリーに。2017年に『消された信仰』(小学館)で第24回小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)。

※週刊ポスト2026年8月7日号