「そんなものは着物じゃない」──。伝統的な着こなしに固執するあまり、他人の自由な着方を過剰に批判・指導してしまう、いわゆる“着物警察”。しかし昨今、和装の市場規模が急速に縮小する中、ルールに厳格すぎる姿勢が初心者の参入を阻み、業界の衰退を招いているのではないかという懸念の声が上がっている。

【映像】着物警察による取り締まりのリアル(漫画あり)

 ニュース番組『わたしとニュース』では、この“着物警察”をテーマに和装業界の有識者の見解を交え、着物を愛好するコラムニストの月岡ツキ氏とともにルールに縛られすぎた現代の着物文化の課題を深掘りした。

■業界識者が語る“着物警察”の心理と、「厳格ルール」への危機感

「着物はルールがあると思われすぎているような気がします。着物って漢字で書くと『着るもの』。だからそんなに決まりきったものではないんです」

 こう話すのは、経産省和装振興協議会の委員を務める柴川義英氏。新しい着物のあり方を発信するイベント「きものサローネ」の実行委員長も務めている。

 着物の需要が減少する中、細かいルールにこだわる着物警察の存在により、さらに裾野が狭くなるのではないかと懸念しているという。

「着物警察をされる方のお話を聞いていると、初めて教わった先生の教えを忠実に守ろうとして、それによって自分を守っている。着物が好きだからこそ、自分が初心者だった時を忘れてしまって、どうも自分のその価値観を人に押し付けようと思ってしまうんですね。もしかすると着物警察の方は偏った着物しか見ておらず、その常識を人にあてがいたいと思ってしまうところがあるかもしれないので、もっといろいろな着物を知って、着てもらいたいと思います」(柴川氏、以下同)

 一方で、着物警察が生まれた背景には、業界側にも責任があったという。

「おそらく着物警察を生んだ一つの理由に、着物が庶民のものでなくなってきた、そしていわゆる式服のものが着物だ、と変化したことがある。洋服の生活に慣れすぎてしまって着物の着方も分からないとなると、何かしらのルールを作らないといけない。そうする(着方のルールを作る)ことによって分かりやすく着物を伝えようとしたが、みんながそのルールにガチガチに縛られたおかげで、『こんなに大変なんだ』『着物って嫌だね』となっていってしまったと思う。『ルールを知らないと恥ずかしい』といった風潮を作り上げたのは、我々の業界も悪いと思います」

 式服としての着物には最低限のルールはあるものの、和装業界としてはもっと多くの人に気軽に着物を着てほしい。柴川氏は着物の自由さを業界として伝えていくことも必要だとしている。

「普段着られる着物をもっともっと増やさなきゃいけない。普通のいわゆる洋服と一緒で、一般の普段着にルールはあるかと言われると、僕は着物屋ですけども、自分の好きなものを好きな時に着たい。好きな気候に、今日は暑いなと思えばちょっと薄物を着たり。そこは着物は自由だと思います。例えば、浴衣は入口だと思っていますね。花火大会に友達と浴衣でも着て出かけたいと。その気持ちは全然昔も今も変わらないと思います。ぜひとも怖がらずにたくさん着てほしい」

江戸時代の着こなしは「ぐずぐず」?歴史に見る着物のあり方

 こうした「着物=守るべき厳格なルールがある」という現代の認識だが、着物が普段着だった時代はどうだったのか。

 18世紀、江戸時代中期に制作されたとみられる『風流四季哥仙 竹間鶯』(鈴木春信)を見てみると、そこに描かれている女性の装いは、帯の間から着物が大きくはみ出しており、現代の「おはしょり」からはかけ離れている。

 月岡氏は次のようにコメントした。

「今の着物警察の人の価値観からすると結構ぐずぐずですね(笑)でも昔の人は着物を着て生活をしていたのだから、いろいろと動いてやっているうちに着崩れてくるのは当たり前だと思う」

 さらに、江戸時代後期に制作されたとみられる『豊歳五節句遊 七夕』(歌川国貞)では、帯の赤と黒が美しく見えるように裏表で異なるコントラストをアピールした結び方が描かれている。

 着物に詳しいイラストエッセイストのtomekko氏によると、当時は「ファッションリーダー」であった歌舞伎役者の斬新な帯結びを、一般の庶民が真似て楽しんでいた、ということで、これもその流れを受けたものかもしれない。tomekko氏は、「着こなしや小物の使い方は、その人がやりやすいように変えたり、誰かがやって『いいね』となったら流行したり、というのを繰り返してきたのでは」との見方を示した。

■和服への支出は40年で10分の1以下に…

 しかし現在、和服への年間支出額は急速に右肩下がりを続けている。総務省家計調査の平均データによると、およそ40年前の1982年には「2万2607円」だった支出額が、2025年には「1699円」と10分の1以下にまで減少した。

 こうした着物市場について月岡氏は次のように分析する。

「一番盛り上がっていた頃は、私たちの親世代が結婚する前に嫁入り道具として着物を買うような時代だったと思う。ただ、着物を全く着ないでタンスの肥やしになっているという話はよく聞くので、買ったものの、あまり着られてこなかったのかな。それが今は断捨離などで、リユース市場に綺麗な状態の着物が出回っている。それを私のような人がお手頃な価格で買って、着物デビューができているという側面もあると思う。」

 危機的な状況に対し、経産省の和装振興協議会でも、ルールに厳格すぎる業界の姿勢が着用の機会を奪っていると危惧する声が出ている。「気温35度でも季節により夏物を着られない。我慢比べ大会に。(季節による着物のルールが)昭和初期では?」「『本物(偽物)の着物』や『正しい(正しくない)着用スタイル』があるわけではない。初心者ほどルールに反することを恐れている」(委員らの声)

 月岡氏も、気候変動に応じた無理のない楽しみ方や、母数を増やすことによる同調効果の重要性を訴える。

「アンティークの着物などを見ていると、夏の柄なのに結構分厚い生地でできている帯などもある。昔はこれを締められるくらい涼しい夏があったのかと。ここ30年ほどで非常に気候が変わって、35度もある猛暑日に『袷の時期だから』とシルクの洗えない着物を着て汗でびしょびしょになってしまったら、着物がかわいそう」

「気軽に着て、好きに出かけるという人が増えて母数が大きくなれば、『みんなで渡れば怖くない』という感覚で着やすくなると思う。ただ、古くから受け継がれてきた素晴らしい伝統もあり、皇室の方々がクラシカルに着こなされているお着物も本当に素敵。そういう伝統的なスタイルも、ミニ丈にしたり洋服に合わせたりする自由なスタイルも『どちらもいいよね』と両方が盛り上がっていけばいいと思う」

(『わたしとニュース』より)