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近年、犯人が対面することなくネットバンキングや電子決済サービスを通じて金銭を騙し取る「特殊詐欺」の被害が急増しています。警察庁のデータによると、認知件数は2万7,758件(前年比31.9%増)と増加しており、なかでも“警察”を名乗る巧妙な手口による被害が目立っています。こうした悪質な罠から資産を守るには、どのような対策が必要なのでしょうか。ある日の昼下がり、74歳女性のもとにかかってきた〈1本の電話〉の事例をもとに、弁護士の山村暢彦氏が解説します。

年金月13万円・74歳女性のもとに、“警察”からかかってきた〈1本の電話〉

トシコさん(仮名・74歳)は、関西地方の戸建て住宅で一人暮らしをしています。7年前に夫を見送り、現在の収入は月約13万円の年金のみ。夫が遺してくれた退職金や預貯金などの約2,500万円は、将来自分が老人ホームに入るための資金として、一つの口座にまとめたまま一切手をつけていませんでした。

そんなある日の昼下がり、“警察”と名乗る男性から1本の電話がかかってきました。

「あなたの銀行口座がサイバー攻撃を受けました。口座情報が漏洩し、詐欺グループに狙われています。このままでは明日にも口座が凍結され、預金がすべて引き出されてしまいます」

「情報漏洩」「口座凍結」……。物々しい言葉に、トシコさんはパニックに陥ります。「私、どうしたらいいんでしょうか」と震える声で尋ねると、男性は落ち着いた声でいいました。

「ご安心ください。私たちがあなたの資産を保護します。すぐに金融庁が管理する安全な“セキュリティ口座”へ資金を避難させましょう」

そして、手元のスマートフォンを使った「インターネットバンキング」での送金手続きを勧めてきたのです。

「私、スマホは電話やLINEくらいしか使えなくて……」

そういって銀行の窓口に行こうとするトシコさんを、男性は強く引き留めました。

「いま行くのは大変危険です! 詐欺グループがあなたの動きを監視していて、尾行される恐れがあります」

そして男性はまるで優秀なカスタマーサポートのように、「それでは画面にある青いマークを押してください」「そこに好きなパスワードを入力してください」と、アプリのインストールから初期設定、送金画面の操作までを手取り足取り案内しました。

指示どおりに操作を進めるうち、トシコさんの不安感は消えていきました。

「このおまわりさんは、見ず知らずの年寄りのお金を守るために、こんなに時間をかけて親切にしてくれている」

そうして、すっかり相手を信用しきってしまったのです。

通帳の残高は「0円」…老後資金2,500万円がきれいさっぱり消え去った日

それから数日間、トシコさんは案内されるがまま、毎日電話口で親身なサポートを受けながら、数回に分けて全財産である2,500万円を指定された「安全な口座」へと送金しきってしまいました。

「これであなたの大切な資産は守られました。犯人を逮捕するまで、この件は誰にも話さないでくださいね」

その言葉を最後に電話は切れ、トシコさんはホッと胸をなで下ろしました。

自分が恐ろしい詐欺に遭ったことに気づいたのは、それから1週間後のことです。生活費を下ろすために銀行のATMへ行き、念のため通帳を記帳したトシコさんの目に飛び込んできたのは、残高「0円」という信じがたい印字でした。

「嘘でしょ? お父さんが残してくれた大事なお金が、全部……」

トシコさんはATMの前で、思わず腰を抜かしてしまいました。あの親切で丁寧なサポートは、トシコさんの全財産を自らの手で奪わせるための悪質な罠だったのです。穏やかな老後を支えるはずだった2,500万円はたった1日で消え、深い絶望だけが残されました。

【弁護士が警鐘】公的機関や銀行からの送金指示は“あり得ない”

まず押さえておいていただきたいのは、警察官や金融庁、銀行職員が突然電話をかけてきて「安全な口座に資金を移してください」と送金を指示することは絶対にないということです。相手が丁寧で、長時間サポートしてくれるほど信用してしまいがちですが、こうした「親切な態度」こそ、詐欺師が信頼を得るために使う典型的なやり口です。

少しでも迷った場合、電話口で判断せずいったん電話を切り、銀行の代表番号や警察署、消費生活センターなど、固定番号が確認できる複数の窓口に別々に確認することが重要です。このとき、相手から教えられた番号にかけ直すのも危険です。自分で調べた番号に確認するようにしましょう。

万が一送金してしまった場合には、ただちに銀行へ連絡して口座凍結を依頼し、警察にも相談してください。

ただし、犯人が逮捕されることと、お金が戻ってくることは別問題です。「振り込め詐欺救済法」により、相手口座に資金が残っていれば取り戻せる可能性はありますが、すでに出金されていれば全額回収はハードルが高いのが現実です。

また、こうした詐欺被害の多くが高齢者です。したがって、本人が注意するだけでなく、家族間で「電話でお金の話が出たら必ず確認する」といったルールを作ることが大切です。

山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士