在日インド人「リトル・インディアの父」が嘆く このままだと9割のエスニック料理店が日本から消える
家族全員日本から退去へ
スパイスの香りが食欲をそそるカレーや香ばしいケバブ。多くの日本人の胃袋を満たし、すっかり日常の風景となった街のエスニック料理店が、近い将来、姿を消してしまうかもしれない。
その理由は「経営不振」でも「物価高」でもない。国が進めた在留資格「経営・管理」取得要件の厳格化という、なんとも不可解な都合なのだ。
昨年10月、出入国在留管理庁(入管庁)は、ペーパーカンパニーによるビザの悪用を防ぐという名目で省令を改正した。これにより、これまで「資本金500万円以上」または「常勤職員2名以上の雇用」のいずれかを満たせば取得できていた経営・管理ビザは、「資本金3000万円以上」に加え、「常勤職員1名以上の雇用」「日本語要件」など、一気にハードルが引き上げられた。3年間の経過措置があるとはいえ、中小零細店が新基準を満たすのは極めて難しい。期限を過ぎればビザの更新が認められず、飲食店を営む多くの外国人が帰国を余儀なくされる可能性が高い。
横浜でインド料理店を経営するナラヤンさんも窮地に立たされている一人だ。
「従業員の給料や税金などを払うと手元に利益はほとんど残りません。同業の仲間たちに聞いても『急に3000万円も用意するのは無理だ』と言っています。日本人のアルバイトを募集してもまったく人が集まらず、もし要件を満たせなかったら、お店を諦(あきら)めて帰国するしかないと考えている人が多いです」
と現状を明かす。
飲食業界全体が人手不足の課題を抱えるなか、小規模な店舗に日本人スタッフなどの常勤雇用を求める新要件は、現場の実態から大きく乖離(かいり)している。さらに深刻なのは、こうした行政のルール変更によって生活基盤を揺るがされる子供たちの問題だ。経営・管理ビザを持つ店主が日本にいられなくなれば、それに紐づく「家族滞在」ビザで暮らす妻や子供たちも、一緒に日本を去らなければならない。
東京・西葛西(江戸川区)で日印の商社を営むジャグモハン・S・チャンドラニさん(73)も懸念を隠せない。’70年代に来日し、インド紅茶の輸入販売やインド料理店経営を手掛ける一方で、西葛西で暮らす同胞のインド人たちをサポート。地域社会との共生に尽力したことで、今では″リトル・インディアの父″として慕われている。江戸川インド人会会長も務めるチャンドラニさんが語る。
「飲食店を営むインド人の子供の多くは、もはや″日本人″と言っても過言ではない生活基盤を築いている。学校から帰ってくれば自然と日本語が出てくるし、友達と遊んだりするのもすべて日本語。ヒンディー語を上手に話せない子も多く、今からインドへ帰って一からヒンディー語を学べと言うのはあまりにも酷(こく)です」
要件クリアはわずか4%
現場から悲鳴が上がるなか、この新要件がいかに厳しいハードルであるかを示すデータがある。国会でこの問題を追及している日本共産党の仁比聡平参院議員の求めによって提出された、入管庁の内部資料だ。
それによると、令和6年末時点のビザ保有者(対象約4万1600人)のうち、資本金「500万円」の人は全体の73.9%。1000万円以下の層を含めると、全体の約9割に達する。一方で、新基準である「3000万円以上」を満たしている人はわずか4.1%にとどまっている。つまり、現状のままではビザを持つ事業者の実に″9割以上″が、新しい要件を満たせないことになってしまうのだ。
「日本政府がビザを出し、彼らがルールを守って真面目に生活基盤を築いてきたことで、そこには『日本社会への信頼』が生まれています。国にはその信頼を保護し、守る責任がある。外国籍の住民に対して、それを根底から覆 (くつがえ)すような手のひら返しをするのは、国際的な信義や道理に反する行為です」(仁比議員)
当の入管庁は、この現状をどう捉えているのか。在留管理課に話を聞いた。
「原則としては新しい基準を目指していただきたいですが、満たせないからと一律に不許可にするわけではありません。新しい基準をどれぐらい満たしているかや、経営状況、法人税等の納付状況を総合的に見させていただきます。地域に根ざしている業者を直ちに廃業に追い込むようなものではなく、9割が潰(つぶ)れてしまうということはまったく想定していません」
行政側は「一律で不許可にするわけではなく柔軟に対応する」とは言うものの、行政の建て前と現場の実態には大きな乖離があり、現場の不安は消えない。
「今、みんなすごく不安にかられてます。これまでは日本に歓迎されていると感じていたのに、急に『もうお前たちはいらない、帰れ』と言われているような印象を受けているんです。急に3年間で3000万円を貯蓄するなんて困難と思われます。自分でビザを取得し、店を経営している人たちの半分近くはこの条件を達成できず、帰国させられるのが目に見えています」(前出・チャンドラニさん)
今日も厨房で汗を流す彼らの笑顔が失われる前に、私たちはこの理不尽な現実に声を上げるべきではないだろうか。
『FRIDAY』2026年6月19日号より
