離婚がきっかけで、娘との仲は最悪に。その後、関係を取り戻した父がずっと続けていたこと
XがまだTwitterと呼ばれていた2015年、漫画家・深谷かほるさんが投稿を始めたことがきっかけで誕生した漫画『夜廻り猫』。主人公は、涙のにおいを見つけては、その人(動物)のもとへ向かい、静かに寄り添う猫・遠藤平蔵。
平蔵は、相手を鼓舞するような励ましや、正論をぶつけたりはしない。そっと寄り添い、話に耳を傾ける。その優しさに救われる読者から、共感の声が寄せられている。
“心が暖かくなる場面がたくさんあった。”(原文ママ)“物語のひとつひとつに小さな感動があります。”“とりあえず読んでみたら、出てる全巻買う事になりました。次を楽しみに一日千秋……。猫たちだけでなく、人間たちにも(がんばれー!)とか(ありがとうー!)とか叫びたくなる。切なくなったり厳しい現実を思ったり……。強く優しくなりたいとあらためて思わせてもらえる本でした。”
そして待望の新刊が2026年5月22日に発売が決定。FRaUwebでは刊行を記念して、過去の名作を振り返っている。
今回取り上げるのは、離婚がきっかけとなって、情緒が不安定になってしまった娘とその父親とのエピソード。
縁があって夫婦になっても、その後、別の道を歩むこともある。その事情はさまざまだろうし、どちらか一方だけが悪いとも限らない。
しかし、それは当事者同士の事情だ。やはり子どもにとっては、簡単には受け入れ難いこともあるようで……。
離婚がきっかけで荒れる娘
今回登場するのは離婚を理由に、ひとり親として娘を育てていくことになった男性と、その娘。
当時、娘は小学3年生。
まだ母親に甘えたい年齢だろう。娘は離婚がきっかけで情緒が不安定になり、男性が話しかけただけで、壁を殴るようになった。
「お母さんが出て行ったのはお父さんのせい」
「お母さんは、私を見捨てた」
そんな気持ちを抱いていたのかもしれない。
ある日突然、自分を残し、母親が出て行ったのだ。
裏切り、憎しみ、怒り、寂しさ……。わずか10歳にも満たない子どもにとっては辛すぎる現実が襲いかかった。荒れるのも当然かもしれない。
心を閉ざした娘との日々、男性はずっと続けてきたことがあった。
それは一体……。
心を閉ざす娘
離婚して以来、娘はずっと心を閉ざしたままだった。
高校生になると警察沙汰を起こし、その影響は心だけでなく身体にも及んだ。入院生活を余儀なくされ、進学も断念することに。病室に見舞いに来る友人は、誰一人としていなかった。
男性は仕事を減らし、娘との時間を増やした。しかし、それでも立ち直らせることは出来なかった。
娘は自室に閉じこもったまま。
いくら「開けろ」と言っても、扉は開かない。それはまるで、彼女の心のように固く閉ざされたままだ。男性は話を聞いていた平蔵に向かって言う。
「立ち直らせることは出来なかった」
そして、当時の様子をこう告げた。
「料理して一緒に食べるくらいしか出来ない」
そんな日々が、何年も続いたある日のこと。街を歩いていた男性は、成人式を迎えた若い女性たちに目を留める。娘もきっと同じ年ごろだったのではないだろうか。振袖をまとい、笑顔ではしゃぐその姿を微笑みながら見つめている。
娘に訪れた小さな変化
その後、変化が訪れ始めた。
成長した娘が自室から出て、働き口を見つけたと言うのだ。
「南口のカフェでバイトするよ」
報告する娘に、男性は嬉しそうに言った。
「採用してもらえた?
良かったなぁ!」
以来、二人の関係は少しずつ変化を見せ始める。なんと、娘のほうから父親に言葉をかけたのだ。
「土曜は出勤だけど日曜は休みなんだ」
背を向けたままだったのは、きっと照れ隠しだったに違いない。しかしそのあと、娘は少しだけ頬を赤らめながら、父親に向きあい、話しを続けた。
「だからこれから
日曜の朝は
いろんなカフェのモーニング
行かない?」
「おごるし」
そして迎えた日曜の朝。そこにはカフェの窓際の席に並んで座り、会話をする二人の姿が。父親は、電子決済に戸惑ったことを、はしゃぐようにして笑いながら娘に話す。
「いやホントは俺が払う気だったのに
電子決済だけって
あせったー」
今どき電子決済は、普通だと言う娘。そして続ける。
「お父さん、声でかい」
そこには、温かく穏やかな親子の時間が流れていた。
「うん……」
これまでの話を聞いていた平蔵は「そうか」「そうか…!」「うん!」と笑顔で頷き、喜ぶ。
そして男性も頷く。
「うん」
次はもう少し強く頷く。
「うん!」
そして最後に、これまでの過去を思い出しながらだったのだろう、静かに、噛み締めるように頷いた。
「うん……」
父親が続けてきたこと
一体、娘に何が起きたのだろうか。彼女自身が成人になったことも大きかったのかもしれない。しかし、二人が過ごした年月の中で、父親がどう接し続けてきたのかは、彼女の閉ざした心を開いた要因のひとつになっているのではないだろうか。
男性が何をしたのか。
それは、彼が平蔵に話した言葉に表れていた。
「料理して
一緒に食べるくらいしか出来ない」
料理を作ること。
そして、“一緒に”食べること。
どれだけ娘が部屋に引きこもっていても、食事だけは一緒にとっていたのではないだろうか。
食事中、いくら話しかけても、返ってくる言葉はなかったかもしれない。しかしそれでも父親は娘に話しかけ続けたのだ。
「今日は、寒かったな」
「秋刀魚の季節だな」
まるで独り言のように、男性は娘に話しかけ続けたのかもしれない。そして彼は娘を焦らせることなく、ただ信じて待ち続けたのだろう。
そうでなければ、街で娘と同世代の女性たちが晴れ着姿で笑い合う光景を見ても、羨望や苛立ちではなく、微笑みを向けることなんて出来なかったはずだ。
娘が二十歳をすぎていたとしたら、10年以上もの間、男性は娘と食卓を囲み、ただ信じて、待ち続けたのだ。
料理を作ること。
食をともにすること。
そして、信じて待ち続けること。
一見、些細なことに見えるかもしれない。しかし、その当たり前を手放すことなく続けてきたのだ。そしてある日、娘のほうから話しかけてきた。
「日曜の朝は
いろんなカフェの
モーニング行かない?」
二人で食事を取り続けてきた食卓は、きっとこの先、穏やかで優しい会話が生まれ始めるだろう。
深谷かほる
福島県出身。2015年10月、旧Twitterにて『夜廻り猫』の連載を開始。以後、毎夜のように更新を続け、読者の共感を得る。2017年「夜廻り猫」で第21回手筭治虫文化賞短編賞、第5回ブクログ大賞の漫画部門大賞を受賞。
構成/笹本絵里(FRaUweb編集部)
