ジャパンフレンズの監督を務めたトルシエ。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

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 南野拓実が所属するモナコと日本代表のレジェンドが集まったチームによるチャリティマッチが6月27日、大阪のパナソニックスタジアム吹田で行なわれた。

 モナコ公国アルベール2世公殿下、高円宮妃久子殿下、元日本代表の中田英寿、そしてアンバサダーを務める南野がキックインセレモニーを務めるなど、豪華なイベントとなった。

 試合は35分ハーフ。日本側は今年1月に現役引退したばかりの柿谷曜一朗がハットトリックを達成。終盤までリードしていたが、最後の最後にモナコに地力を見せられ、3−4で敗れた。

 その日本チームを率いたのが、2002年の日韓ワールドカップ(W杯)で日本代表の監督を務めたフィリップ・トルシエだ。

「私が日本代表を率いたのは25年前ですが、昨日のことのように思い出されますし、本当に感動しています。中澤(佑二)、鈴木(隆行)、南(雄太)、加地(亮)と実際に指導した選手も何人かいたし、本田(圭佑)のようなそれより若い世代の選手とも交流できた。それは本当に嬉しいことですね」と70歳になったかつての“赤鬼”は、当時とはかけ離れた柔和な表情を見せていた。
 
 今回のゲームで印象的だったのは、現日本代表コーチの名波浩がスタートからキャプテンマークを巻いたこと。名波は膝の負傷で日韓W杯を棒に振ったが、トルシエはチーム作りの途中まで希代のレフティを主軸に据えていた。

 だからこそ、「名波は私にとってはすごく大事な存在だった。今日のキャプテンマークも当然のことだと思う」と改めて強調したのだ。

「代表のキャプテンマークは(2000年4月の)アウェーの日韓戦以来。0−1で負けて『お前にはもう巻かせない』とフィリップに言われたんで、あの時以来かな。日韓ワールドカップも膝がぶっ壊れていたからしょうがない(苦笑)」と、名波自身は彼らしい物言いでかつてのエピソードを口にしていた。指導者になった今は、トルシエの発言の裏側を多少は理解できるようになったのではないか。

 トルシエ自身も「名波は今、代表コーチという重要なポストにいる。日本代表は自分が監督だった時のワールドカップ・ベスト16をまだ突破していないが、必ず越えなきゃいけない。そのことは名波にも注文をつけました。

 今までも2018年のロシア・ワールドカップのベルギー戦とか惜しい試合はいくつかありましたけど、“目に見えない壁”があるんでしょうね。それを何としても突破してほしいです」と、彼はかつての教え子である代表参謀役にエールを送っていた。

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 ご存じの通り、今の森保ジャパンは2026年北中米W杯優勝という壮大な目標を掲げている。それに関しては「やや高すぎるハードルだ」と見る向きもある。実際、トルシエも「現実を見ると、やはりベスト8が最初の壁。今の選手や能力、チーム力を見れば、そこが最初のノルマになってきますね」と冷静にコメントした。

「頂点を目ざす」という飽くなき野心、強気のマインドは確かにポジティブな要素だが、W杯における日本代表の現在地はあくまで16強。「それを越えるために何をすべきかを徹底的に追求してほしい」と元指揮官は今一度、強く求めたかったのだろう。

 日本に対してやや辛口の評価をしているのは、トルシエに限ったことではない。モナコレジェンドの1人として参加した元フランス代表のマルセル・デサイーも「日本サッカーは着実に成長しているし、チームとしては優れているが、特別な個人の名前が出てこない。三笘薫(ブライトン)や久保建英レアル・ソシエダ)? 彼らも良い選手なんでしょうけど、もっと上のレベルで活躍するタレントが何人も出てこないといけないですね」とずばり指摘した。
 
 98年フランスW杯制覇の原動力となり、2001年3月に当時の日本代表を5−0で突き放した“サンドニショック”の生き証人の目で見れば、それが今の森保ジャパンの立ち位置なのだろう。名波ら代表関係者たちはそのことをしっかりと受け止め、地に足をつけて前進していかなければいけない。

 トルシエやデサイーの言葉を名波ら日本代表関係者が今後への糧にしてくれれば理想的である(本文中一部敬称略)。

取材・文●元川悦子(フリーライター)