ソフトバンクに見えた多角経営企業の光と闇! 2020年3月期連結決算で好調の裏にある不安材料とは

●見事に成功した3ブランド戦略
ソフトバンクは5月11日、2020年3月期の決算説明会を開催しました。
2019年度の連結業績では、
・売上高:4兆8612億円(Zホールディングス遡及後・対前年同期比 4%増)
・営業利益:9117億円(Zホールディングス遡及後・体前年同期比 11%増)
このように大きく増収増益を達成したほか、売上高・営業利益ともに全セグメント(全事業)において増収増益を果たすなど、大きく成長しています。

好調さをアピールするソフトバンク
決算内容を一言でまとめると「強い」というのが印象です。
NTTドコモは、通信料金の値下げを余儀なくされ経営戦略の見直しから大幅な減収減益となりました。またKDDIも経済圏強化に一点集中する戦略に転換しています。
ライバルの2社と比べてソフトバンクの強みは、
その圧倒的な多角経営にあります。
今回の増収増益を支えた最大のポイントは通信事業における盤石なセグメント戦略です。
現在ソフトバンクは1社の中に、
・ソフトバンク
・ワイモバイル
・LINEモバイル
このように、2つの移動体事業者(MNO)ブランドと、1つの仮想移動体通信事業者(MVNO)ブランドを持っています。
3つのブランドを持つ通信キャリアはソフトバンクだけです。
・高価格で高品質なハイブランドMNO(ソフトバンク)
・低価格で十分な品質のローエンドMNO(ワイモバイル)
・超低価格で最低限の品質を維持するハイコストパフォーマンスMVNO(LINEモバイル)
このような3つのキャリアによるセグメント戦略を取っています。
通信キャリア内でブランドを細分化することで、
・ブランドに応じた料金プランのみ作れるためシンプルになる
・1つのブランドで多数の料金プランを並列するよりも一覧性が良い
・ユーザーが目的に応じた料金プランをブランドで選べるため理解しやすい
・各ブランドで管理する料金プランが少なく業務の効率化に繋がる
ブランドの細分化とセグメント化で多くのメリットが生まれます。
それを裏付けるように、ソフトバンク、ワイモバイルそれぞれの料金プランに対する顧客満足度はいずれも90%を超えており、分かりやすさや自分にあったプランを選択できていることが好評であることを示しています。
このセグメント戦略によって2019年度は累計で205万件の純増を達成、さらに全ブランドで純増しています。

メリハリプランは高価格なプランだが、ユーザー満足度は非常に高い

一方低価格なワイモバイルも、3つのみのシンプルなプラン戦略でユーザーニーズを確実に捉えている
●PayPayのスーパーアプリ化でさらなる飛躍を目指す
ソフトバンクの好調を牽引するもう1つの事業が電子決済サービス「PayPay」です。
3つの通信ブランドとヤフーの連携に加え、PayPayを中心とした決済サービスによって巨大な経済圏を構築したことで、提携企業や加盟店を含めた相互的な収益力増強が進んでいます。
さらにはPayPayアプリを、
・個人向けローン
・ビジネスローン
・後払い決済サービス
・投資
・保険
こういった金融サービスまで利用可能にする「スーパーアプリ」化することで、さらなる利便性の向上とともに収益力も上げていく戦略です。

十分にユーザー数が増えた今、そのユーザー数を生かしたサービスが求められている
●5Gで活きる基地局サイト資産とMassive MIMO運用ノウハウ
次世代の通信システムである「5G」についても、ソフトバンクは自社の強みをアピールします。
5Gでは非常に高い周波数帯の電波を用いて高速・大容量・低遅延の通信を実現しますが、この高い周波数帯の電波には「遠くに飛びづらく障害物に弱い」という物理的な特性があります。
そのためアンテナ基地局を3Gや4G以上に張り巡らせてエリアを構築する必要がありますが、その土壌となる密度の高い基地局サイト(場所)をソフトバンクは持っています。
これは、かつてソフトバンクがPHSキャリアであったウィルコムを買収した際に手に入れた基地局サイトなどであり、現在もAXGP規格(Softbank 4G)で利用しています。
地域を高密度なメッシュ状にカバーしているAXGPサイトは5Gと非常に相性が良いのです。
また、ソフトバンクは5G技術の1つである「Massive MIMO」(マッシブ・マイモ)という大容量基地局技術を2016年から4G向けとして運用しており、その長年の運用ノウハウも他社に対する大きなアドバンテージだとしています。

2016年9月より運用を開始している、ソフトバンクの4G向けMassive MIMOアンテナ
●コロナ禍に立ち向かう秘策は「リスク分散」
ソフトバンクは、法人事業においても多角経営の強みを遺憾なく発揮しています。
米国ではネガティブな情報も多いWeworkですが、日本国内においては堅調さを維持しており、働き方改革や新型コロナウイルス感染症問題(コロナ禍)の影響下でありながらも2020年度中の単月黒字化を目指すとしています。
さらに、コロナ禍不況が直撃しているタクシー業界やホテル業界においても、配車予約サービス「DiDi」やホテルサービス「OYO Hotels」などは、成長戦略の再構築や見直しなどによって、その稼働率や売上の減少を業界平均よりも抑えています。

スマホ決済が可能で接触を極力避けられる点もDiDiが支持されている理由ではないかと宮内社長は語る
コロナ禍によって多くの業種・業界が業績を落とす中、サイバーセキュリティプラットフォーム「サイバーリーズン」のように爆発的な短期需要を得たサービスもあります。
コロナ禍によって各企業のリモートワークが一気に加速しましたが、その一方で外部との通信が増え、サイバー攻撃による情報漏えいのリスクも高まっています。
その対策としてのサイバーリーズンの需要は一気に加速し、2020年3月以降契約が爆増し、2019年度通期でも稼働エンドポイント数が前年度比約2倍となっています。
コロナ禍の影響で社会経済が大きく揺れ動く中、需要が大きく下がるサービスがある一方で、短期的ながらも需要の増加しているサービスもあります。
そういった状況下では、ソフトバンクのように超多角的な経営戦略を取っている企業のリスク分散が奏功し、全体として収益や利益の増加に繋がっているのです。

まさに「禍福は糾える縄の如し」。サイバーセキュリティサービスにとってコロナ禍は特需となった

ソフトバンクほど収益要因の複雑な企業もなかなかない
●多角経営企業の光と闇
2019年度は見事な連結業績を残したソフトバンクですが、2020年度は不透明です。
最大の理由は当然ながらコロナ禍です。
宮内謙社長は
「新型コロナウイルス問題の影響下においても増益・増配をしていきたい」
このように語りながら、それぞれの事業へのコロナ禍の影響については、
・通信事業への影響は軽微
・広告事業は先行き不透明
・eコマースは好調を堅持
このように分析しています。

コロナ禍がいつ終わるのかも分からない中での業績影響の分析は困難を極める
また、ソフトバンクグループの業績悪化も頭の痛い問題です。
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)による約1兆9000億円もの巨額損失はソフトバンクの9000億円超の利益をダブルスコアで吹き飛ばすほどのインパクトです。
ソフトバンクとしては直接関与しないとは言え、グループ全体での業績悪化はその経営戦略にも影を落としかねません。
一般消費者や投資家からの印象も悪化する可能性があり、こちらも影響の予測が難しい問題です。

ソフトバンクの好調さを沈没寸前のファンド事業がすべて飲み込んでしまった
SVFについて、ソフトバンクグループの孫社長は
孫正義社長
「全く新規の投資(ビジョンファンド)は打ち止め、
新規の投資についてはビジョンファンド2で継続、
成績が悪ければビジョンファンド2の資金も『大丈夫ではない』。
だから自社で投資を行う
ビジョンファンド1の反省も含めて慎重に進んでいる状況」
このように終始弁明に追われ、新たな投資は自社資金によって継続するものの不透明な先行きを打開する施策を打ち出すまでに至っていません。

新進気鋭ながらも体力のない「ユニコーン企業」にとって、「コロナの谷」は想像以上に深かった
ソフトバンクの好調な業績とソフトバンクグループの窮地は、まさに多角経営企業の光と闇をまざまざと映し出しています。
それでも、宮内社長と孫社長がそれぞれの発表の場で、口を揃えるようにして発する言葉がありました。
「アフターコロナに向けて、新たなパラダイムシフトが起ころうとしている」
業績の善し悪しに関わらず、アフターコロナの社会は大きく変化します。その変化に対応できた企業だけが生き残るのです。
果たしてソフトバンクはこの危機を乗り越え、さらなる成長を遂げることができるのでしょうか。
2020年度はその大きな正念場となりそうです。
執筆 秋吉 健