1月23日、人気アイドルグループ「欅坂46」からの“脱退”が発表されたセンター平手友梨奈(18)。他のメンバーが”卒業”する中、なぜ平手だけが“脱退”という選択をしたのか、その理由についてはいまだ語られていない。

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2019年、紅白リハでの平手友梨奈 ©文藝春秋

 問題の本質が”平手一強体制”にあったことは間違いない。平手は2016年4月にリリースされた「サイレントマジョリティー」から8曲すべてのシングルでセンターを務めてきた。だが、既報の通り、この“平手一強体制”により多くのメンバー、スタッフが振り回され、結果的に平手が孤立してしまった。その根本には、プロデューサー・秋元康氏(61)の平手に対する特別扱いがあった。

「誰の目から見ても、あれは寵愛でした」(欅坂関係者)

 秋元氏はデビュー直後から平手を絶賛していた。2016年10月号「日経エンタテインメント!」のインタビューで平手についてこう語っている。

《センターの平手が注目を集めていますが、確かに彼女はすごいと思います。この40数年間スターと呼ばれる人たちを見ていると、結局深読みされるのがスターなんですね。素顔の平手は普通の15歳かもしれないけれど、彼女の『サイレントマジョリティー』でのあの眼力とか、あるいは髪がバサッとかかったときに払わずにそのままカメラを見つめる感じとかが、オーディエンスの想像をかきたてる》

 だが、「普通の15歳」の少女には大きなプレッシャーがのし掛かっていた。2016年7月に放送された欅坂46メンバーが総出演するミステリードラマ「徳山大五郎を誰が殺したか?」(テレビ東京系)の撮影を機に精神的不安が目立っていった。そして、追い打ちをかけるように「発煙筒事件」が起きてしまう。

 2017年6月24日の夜、千葉市美浜区の幕張メッセで開かれた欅坂46の全国握手会で、札幌市白石区の無職・阿部凌平被告が発炎筒に点火して握手会を中断させた。阿部被告は果物ナイフも所持していた。被告は威力業務妨害と銃刀法違反の罪に問われ、千葉地裁は懲役2年、保護観察付き執行猶予3年の判決を言い渡した。

 事件を受け、平手は他者に対して心を閉ざしてしまった(欅坂46・平手友梨奈”脱退”につながった「FNS楽屋号泣」「MV撮影ドタキャン」2大事件)。

発煙筒事件1週間後、平手と秋元氏の「深夜密会」を取材班が目撃

「事件以降、平手さんは『握手会に出たくない。ファンの顔を見たくない』とスタッフに言い出したのです。次第に平手さんはスタッフの言うことに耳を傾けず、スタッフを飛び越えて、直接秋元さんに色々と相談をするようになった。平手さんが大人のなかで唯一信頼していたのが秋元さんだったのです」(前出・欅坂関係者)

 実は、発煙筒事件の1週間後、週刊文春デジタル取材班は平手と秋元氏の「深夜密会」を目撃している。2017年6月30日23時30分頃、場所は多くのメンバーが寮として住んでいた都内のマンション付近だ。

秋元さんがメンバーの住んでいる所まで足を運ぶなんて

 メンバーが寮に帰宅して1時間半ほど経った頃、普段、秋元氏を乗せている高級外国車が寮の前に現れた。車は周囲を警戒するようにゆっくりと寮の付近を3周ほど回ると近くにあるコインパーキングに停車。その3分後、寮からスウェット姿の平手が現れ、駐車場の方へ歩いていったのだ。平手は、そのまま車の後部座席に乗り込んだ。

10分後、平手は車から出てきて寮へ帰っていった。寮を出たときには持っていなかった黒い紙袋を、平手は抱えていた。

「秋元さんはAKB48の全盛期時代も前田敦子さんや松井珠理奈さんなどお気に入りメンバーと食事をすることはよくありましたが、わざわざメンバーの住んでいる所まで足を運ぶなんて聞いたことがありません」(AKB48関係者)

 当時の2人の関係について、前出の欅坂関係者が振り返る。

「関係者の間では、秋元さんは平手にしか興味がないんじゃないか、と囁かれるほど異様に近い関係でした。それが発煙筒事件以降、さらに2人の距離は近くなり、何でも言い合えるような関係へとなっていった。特に欅坂46の楽曲選びは平手さんに一任されていました。秋元さんが『この曲どう?』とまず平手さんに聞き、平手さんが良いと言わないと曲が決まらなかった」

 実際、2018年5月3日に生放送されたラジオ番組「今日は一日“秋元康ソング”三昧2018」(NHK-FM)に平手がゲスト出演した際、秋元氏はこんな発言をしている。

「僕も平手もいいなって思う曲があって、それを他のアーティストに提供したら(平手に)すごい激怒されました。今回も良いと思う曲があったんですよ。それで平手に聞いてもらったら、平手も良いと思ったらしいんで、今回はちゃんと誰にも使われないようにキープしてある」

 平手に激怒されたことを、まるで惚気るように秋元氏は語っていた。

平手の後ろに秋元の存在を感じ、メンバーが「忖度」する事態に

「平手さんを庇うあまり、秋元さんは平手さんのわがままをなんでも許してしまっていたのです。その親密な関係性はメンバーも肌で感じていました。一部のメンバーなどは、平手さんの後ろに”天皇”である秋元さんの存在を感じて、『忖度』するようになった。そうやって”平手一強体制”は固まっていったのです。

 それで起きたのが、3年前の『合同選抜の中止事件』です。運営幹部のプランがいとも簡単に反故にされてしまった。『次のシングルは欅坂とけやき坂で合同選抜にする』という話が、平手さんが秋元さんに猛抗議して中止させたのです」

ある日、欅坂46とけやき坂46のメンバーほぼ全員が集められ……

 “事件”が起きたのは2017年夏だった。この年にリリースされた欅坂46の5枚目のシングルは「風に吹かれても」だが、企画段階において次のシングルは欅坂46とけやき坂46とのすべてのメンバーから選ばれた「選抜チーム」にしようというプランを運営側は持っていた。

 そもそも運営側は「欅」と「けやき」の2つのグループの間でフレキシブルに”人事交流”をして、両グループをともに活性化させようという構想を抱いていたようだ。欅坂46の運営事務所「Seed & Flower」代表の今野義雄氏は雑誌のインタビューの中で、このように述べている。

《基本は同じ欅坂46の一員でありながら、別のグループとして活動していくという位置付けです。ただ、けやき坂46で頭角を現したメンバーが、欅坂46へ加入するといった動きはあるかもしれません》(「日経エンタテインメント!」2017年5月増刊号)

“漢字”8人が落選、“ひらがな”5人が選抜に

 2017年7月某日、欅坂46とけやき坂46のメンバーほぼ全員は、運営事務所に集められた。前出の欅坂関係者が話す。

「今野(義雄)さんが集合したメンバーの前で、『次のシングルは“漢字(欅坂46)”と“ひらがな(けやき坂46)”を合わせた32人の中から選抜制にします』と、唐突に発表したのです。何も知らなかったメンバーたちは騒然としていました。今野さんはそんな彼女たちを前に、選抜メンバー18人の名前を次々に読み上げました。

 結局、“漢字”の21人のうち8人が落ちてしまい、逆に”ひらがな”からは5人が選抜に入った。驚きと興奮が渦巻く中、選抜に選ばれて、泣いて喜んでいる“ひらがな”のメンバーもいました。やはり”ひらがな”にはまだ2軍のイメージがありましたから、大きな喜びだったと思います」(同前)

 だが、平手は今野氏に対し、毅然と反旗を翻したのだ。

平手は「選抜にするならもうやりません」「秋元さんと話してくる」

「『21人で欅坂なんです。選抜にするなら私はもうやりません』。平手さんは今野さんを含めたスタッフたちに対してこう言い放ったのです。平手さんのこの発言で、場の空気は凍り付きました。泣いて喜んでいた“ひらがな”メンバーも何も言えなくなり、黙って下を向いていました。

 はじめはシーンとしていたのですが、徐々に平手さんの意見に賛同するメンバーが現れたのです。次々に『私もそう思います』『私も!』と声を上げた。スタッフたちは懸命に説得していましたが、なかなか話はまとまらなかった。最終的に決定打となったのは、平手さんの『秋元さんと話してくる』という一言でした」(同前)

 あとになって、秋元氏から通達があり、結局、これまで通り、欅坂46メンバーだけで「風に吹かれても」をリリースすることで落ち着いたという。平手の意見が採用され、今野氏らの合同選抜のプランは幻と消えたわけだ。

「今野さんはきっと抱き合わせ販売で”ひらがな”も売ろうとしてくれていたのだと思いますが、完全にメンツ丸つぶれです。平手さんにしてみれば、大人たちの商業主義に反発したということなのでしょう。その”純血主義”は、結果的には欅坂21人の仲間を守ったのかも知れません。

 ただ、気になるのは、選抜から落選した8人のメンバーの中に、普段から平手さんを崇拝していたA子〜E子の5人が含まれていたことです。5人の”平手派”メンバーはさらに結束を強め、その後、平手さんはさらに祭り上げられていきました」(同前)

 取材班はA子〜E子5人を含めた落選組の実名も把握している。

長濱ねるデビューは秋元氏によるもうひとつの“特別扱いの物語”

 そして、この「合同選抜”拒絶”事件」は、結果として、もう1人の人気メンバーを失うきっかけとなる。当時、欅坂46とけやき坂46を兼任していた、長濱ねる(21)である。

 長濱のデビューに至る経緯は、秋元氏によるもうひとつの”特別扱いの物語”といっても過言ではない。そもそも「けやき坂46」は、欅坂46のアンダーグループ(予備軍)として、長濱ねるのために2015年11月30日に立ち上げられた。というのも、長濱は欅坂46の1期生オーディションの最終審査を、母親の反対により棄権し、不合格となった。だが、本人の強い希望を受け、父親が運営側に相談した結果、特例で遅れて欅坂46に加入したという経緯があるからだ。

 長濱は、まずは他の欅坂46メンバーとは異なる形で活動をするということになり、長濱1人によるグループ「けやき坂46」が結成された。その後、2016年5月8日に、オーディションにより選ばれた11名が合流。けやき坂46は、長濱を中心にした12名のグループとなった。

 けやき坂46について、運営トップの今野氏はこう発言している。

《ひらがなはもともとアンダー的な位置ではなく「長濱ねるのために仲間を作ってみてはどうだろう?」という秋元先生のアイディアが根本にあります。だから「自分たちは何者なのか」と自問自答する宿命を背負ったグループなんです》(「Quick JAPAN」2018年1月号)

 当初から長濱は、平手の好敵手となり得るポテンシャルを秘めていると目されていた。そして予想通り、長濱はその才能を開花させる。

「長濱さんはタイトル曲で平手さんの真後ろのポジションいわゆる『裏センター』に配置されることが多く、その言葉通り、裏で欅坂46を支えていました。個人としても活躍の場を広げていて、『くりぃむクイズミラクル9』(テレビ朝日)など様々なクイズ番組にも出演。頭が良く、番組でも重宝されていた。さらに、2017年12月に出した写真集『ここから』(講談社)は21万部のベストセラーになっています」(スポーツ紙記者)

平手や平手派のメンバーは長濱を面白く思っていない

 秋元氏や運営による長濱の特別扱い、そして大活躍を、平手や平手派のメンバーたちは面白く思っていない様子だったという。前出の欅坂関係者が打ち明ける。

「平手さんがなぜ合同選抜をあれほどハッキリと拒否したのか。答えはハッキリしています。長濱さんや”ひらがな”への拒否反応があったんです。平手さんが秋元さんに直談判した後、合同シングルの企画が中止になるばかりか、長濱さんに対して運営は『“漢字”か“ひらがな”か、どちらか選んでくれ』と決断を迫ったのです」

 長濱は欅坂46の2枚目のシングル「世界には愛しかない」から4枚目のシングル「不協和音」まで、”漢字”と”ひらがな”を兼任してきた。だが、平手の猛反対で合同選抜の話は流れ、”漢字”と”ひらがな”の独立独歩の方向性が固まり、兼任は許されない情勢となった。長濱は運営から選択を迫られた。

 長濱は悩んだ揚げ句、欅坂46で活動することを選んだ。合同選抜中止直後の2017年9月25日、長濱の「兼任解除」と「欅坂46専任」が公式ホームページで発表された。

「平手さんの『選抜にするならもうやりません』という発言を重く受け止めた運営は、両グループを混合して売り出していくことを諦め、完全に別物として扱うということになったのです。長濱さんが決断した欅坂46専任という選択は苦渋の決断でもあったはずです」(同前)

「ある“漢字”メンバーが長濱さんの陰口を」

 平手と長濱の関係性を知る、別の欅坂関係者が真相を明かす。

「”特別枠”のはずの長濱さんの人気が急上昇したことをよく思わない”漢字”のメンバーがいたのです。実際、彼女に嫉妬した、ある“漢字”メンバーが長濱さんの陰口を口にしていると、当時はよく聞きました。例の平手派の一人ですよ。グループとしての活動よりも個人としての活動が目立っていたことも、標的となった理由のようでした。あとからグループに入ってきた長濱さんにとっては、かなり辛い状況だったはずです。

 けやき坂46では常にセンターを務めていた長濱さんですが、長崎の田舎から出てきたばかりの素朴な女の子で、元来引っ込み思案な性格。チームのセンターは相当な重圧だったようです。さらに同期がいないのも大きかった。長濱さんは、“ひらがな”メンバーからはずっと『ねるさん』と呼ばれ、どこか他人行儀な扱いを受けていた。長濱さん自身も他のメンバーに馴染めずにいました。

 長濱さんが“漢字”に残る決意をしたのは、メンバーの志田愛佳さん(21)の存在が大きかったようです。心無い陰口に悩んでいた長濱さんですが、志田さんは同い年ということもあり、何でも話せる間柄だった。志田さん自身もグループに対しての不満からライブやイベントを欠席しがちになっていた。2018年春に志田さんの地元である新潟を2人で訪れていたのが、ファンに目撃されて話題になっていましたが、あれもそういった相談の流れでの小旅行だったようです」

 結局、志田は2018年11月16日に卒業。そして、後を追うように長濱も2019年7月30日にグループを卒業した。長濱は芸能界を続けるとも引退するとも明言せず、ただグループを去った。

 皮肉なことに、この「合同選抜中止」以降、けやき坂46は抱き合わせ販売に頼ることなく、売れた。2018年6月には、単独名義のアルバム「走り出す瞬間」をリリースし、単独全国ツアーを敢行。同年4月には冠番組「ひらがな推し」(テレビ東京系)がスタート。そして2019年3月27日、けやき坂46は「日向坂46」に改名し、デビューに至った。

「株式会社秋元康事務所」に2017年の深夜密会などについて事実関係の確認を求めたが、期日までに回答は得られなかった。

 欅坂46の運営事務所「Seed & Flower」にも「合同選抜シングル中止」について聞いたが、回答はなかった。

 平手の抗議で運命が変わった長濱はグループを去り、結局、孤立した平手も脱退するという結果となった欅坂46。秋元氏が特別扱いをした2人だが、「両雄並び立たず」で終わったということなのか。

 2月8日(土)21時から放送の「直撃!週刊文春ライブ」では担当記者がくわしく解説します。

(「週刊文春デジタル」編集部/週刊文春デジタル)