引きこもりの経験を持つミヤシタガクさん(本人)

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 世間に衝撃が走った川崎殺傷事件から2か月が経つ。今回は引きこもりから一念発起して抜け出した男たちを取材。当時の心境や、状況を変えた経緯、事件に対して思うことなどを語ってもらった。

◆17歳から6年間引きこもり後、芸人に

「引きこもりの時期に価値があったとは思いません。むしろ、あの時期って無駄だったなぁと思えることも大事かも。引きこもってなくても無駄な時期ってありますし」

 そう語るのは芸能事務所タイタンに所属する芸人・ミヤシタガクさん(40歳)。17歳から23歳まで6年間引きこもった経験を持つ。

「子供のころに、兄や父親がテレビの中のドリフに夢中になっている姿を見て衝撃を受けた。あれが芸人に憧れをもったきっかけだった気がします。明確に意識し出したのは中学校のころでしたが、家庭の雰囲気として芸人になることは許されないだろうなと感じ、高2のころからなんとなく引きこもるようになりました。」

 その後、学校に行くモチベーションも上がらず、家族と交流する気にもならなくなり、漫然と家で引きこもる日々が続いた。

「今思えば、こうでもしないと芸人の道を許してくれないだろうという見込みの上での行動だったのかもしれません。大学を出て芸人を目指すというルートも、どうせ反対されるのが目に見えていましたから」

 当初は友人と外出することもあったが、次第に疎遠になり、やがてちょっとした外出も億劫になった。子供のころから重度の皮膚アレルギーを抱えていたため皮膚科に通院していたが、医師から現況を聞かれるのが嫌で通わなくなった。

「だんだん部屋からも出なくなり、テレビを観たり、新聞を読んだりして漫然と過ごすようになりました。ネットなども部屋にはなかったですし、特に楽しみもなかったですね」

 精神的な不調が最も強い時には「小さな穴から虫が湧いてくるのでは」という強迫観念に悩まされることもあった。

「引きこもって6年目になり、自分でも『これ以上はヤバいかも』というタイミングで、上京を決意し家を出ました。ちょうど同級生が大学を卒業するタイミング。稀に連絡をくれる中高からの友達がいたのですが、今ならその子と組んでお笑いができるかもと思ったんです。親も真っ当な道はあきらめてくれたようで、芸人を志すことを受け入れてくれました」

 結局、その友人とはタイミングが合わず組めなかったが、念願のお笑い養成所に入所。何度かのコンビ結成と解散を経て、ピンとしても活動し、2014年の「R-1ぐらんぷり」では決勝進出を果たした。翌年、現在の事務所に所属。バイトを続けながら、数多くのライブやコンテストに参加するなど精力的な活動を続けている。先日、出身地の岩手で行ったライブには家族も来場し、声を掛けてくれたという。

 引きこもりの状況から抜け出したいと思っている当事者や、周囲の人間へのアドバイスを求めたところ、悩みながらも以下のように答えてくれた。

ひきこもりになる理由も、なる人の性格や素養も本当にそれぞれなので、こうすれば解決するとか、一概に言えないですよね……。ただ、もし今、自分が当事者だったらとりあえず必死にネットで脱出の仕方を探すと思います。もし自分の周りに当事者がいたとしても、無理に引っ張り出したり、追い詰めたりはしないほうがいいと思います。とりあえず当事者の話を聞いて、必要な情報を集めてあげたり、できる限り環境を整えてあげたりする程度がいいかもしれません」

 最後に川崎殺傷事件について思うところも聞いてみた。

「環境も性格も全然違いますから、自分があの後ずっと引きこもっていたとしても、ああはなっていないとは思いますが、完全に(ならなかったと)否定もできませんよね。ただ、自分としては今回の事件で『死にたきゃ一人で死ねよ』という論調が巻き起こったことの方が気になります。