全日本選手権で2位に入り改めて存在感を見せつけた高橋大輔【写真:Getty Images】

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全日本復活2位も世界選手権は辞退、交錯した自分への期待と若手への思い

 2018年12月に行われたフィギュアスケートの全日本選手権は、競技会へのカムバック後3試合目だったバンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔で始まり、高橋大輔で終わったと言っても過言ではないほど、見る者を魅了するスケーターの存在感を見せつけた大会だった。同年7月に現役復帰を発表してから半年後の全日本選手権に引退以来5年ぶりの出場を果たした高橋がどれだけの演技を披露するのか。高橋ファンもさることながら、国内外のスケート関係者たちも大きな関心を持って注目していた。

 高橋はショートプログラム(SP)で「The Sheltering Sky」をほぼノーミス演技でまとめて88.52点で2位発進だった。本来であれば4回転を跳ばない高橋を、「第3の男」候補に挙げられる平昌五輪代表の田中刑事と昨季の世界選手権総合5位の友野一希が4回転ジャンプをしっかり跳んで上回らなければならないはずだが、2人とも武器の4回転サルコーをミスが許されないSPで失敗して得点が伸びずに出遅れた。この時点ですでに、4年のブランクがある32歳のベテラン選手と比べて、10歳前後も若い「現役バリバリ」選手たちの不甲斐なさが露呈したと言えるだろう。

 そして迎えたフリー。宇野に続く表彰台に立てば、5年ぶりとなる世界選手権代表の座を射止めるかもしれない期待感が膨らんだ。なぜ、そう思えたのか。それは、独特な振り付けで選手の特性を引き出す手腕を持つ振付師ブノワ・リショー氏が作った「Pale Green Ghosts」という素晴らしいプログラムを、高橋が見事に滑りこなしつつあり、現役時代に一世を風靡した「世界一のステップ」に勝るとも劣らないくらいの素敵なステップシークエンスとコレオシークエンスを滑っていたからだ。これほどの質の高いステップを踏んでいる若手選手は、残念ながら宇野を除くと誰もいないと言っても言いすぎではないだろう。

 そんな演技をした上で、4回転トーループ1本を跳ぶことを6分間練習で決めて挑んでみせた。本人曰く、「勝っても負けてもすっきりするはず」と勝負を度外視したチャレンジだった。結果は4回転が3回転になり、極度の緊張感から徐々に体力が奪われ、プログラム後半のジャンプでミスを連発。基礎点も出来栄え点(GOE)もマイナスがついてフリーは4位に終わった。それでも、高橋と「第3の男」を争った選手たちも振るわなかったことから、合計点での勝負では239.62点で総合2位の高橋に対し、田中は236.45点で総合3位、友野は227.46点で総合4位に留まった。

 高橋はメダリスト会見でこう大会を振り返った。

自ら代表辞退を決断した理由「僕自身迷ったところでもあるけど…」

「この全日本を目標に(今季)復帰させていただいて、僕自身、表彰台は難しいだろうなと思っていました。フリーでは自分の満足いく演技ができずに不甲斐ないフリーになったと思いますけど、総合2位はSPで逃げ切れた結果だったかなと思います。現役復帰した今シーズンはいろんな上手く行かないことや辛いこともあったんですけども、貴重な体験ができました。本当に全日本のメダルは想像していませんでした。現役復帰の目標として掲げた『最終グループに入る』ことも大変だなと思っていました。

(全ての試合が)終わってから考えると思ってやってきましたが、スケーターとしては今後も続けていきたいと思っています。これまでの経験は生きると思いますし、全日本までやってきた今のレベルというものを少しでも落とさないようにもっともっと向上していけるように、披露する場がどんなところであっても、向上していけるようにやっていきたいと思っています。今日のフリーでも自分のメンタルの弱さを改めて知ることができたので、精神的にここ(現役)で長く滑り続けるには強くしていかないといけないと改めて思わせられた試合だったかなと思います」

 引退から4年を経て、今季現役復帰した高橋は、目標に掲げた「全日本選手権最終グループ入り」を果たし、さらに自身が予想もしていなかったという銀メダルでの6年ぶりの表彰台にも立った。そして、この結果によって大きなチャンスが巡ってきた。注目が集まったのは、今年3月にさいたまスーパーアリーナで行われる世界選手権代表選考の行方だ。条件付きで代表に選出することを打診された高橋だったが、自分が世界の舞台で演技できる覚悟がまだないこと、そして後輩の若手に経験を積む機会を与えたいことなどを理由に代表辞退を申し出たという。5年前のソチ五輪後の14年3月に同じさいたまスーパーアリーナで行われた世界選手権に右膝痛のために欠場を余儀なくされ、そのまま同年10月に現役引退して心残りがあった高橋だけに、あの時に出場したくても叶わなかった自国開催の、それも5年前と同じさいたまスーパーアリーナで行う世界選手権に出場できるチャンスをなぜ掴まなかったのか。

 世界選手権代表に選出された選手たちが記者会見に臨んだ後、代表辞退を決断した自らの思いを高橋はこう説明した。

「僕自身迷ったところでもあるんですけども、やはり、気持ちとしては、もし選ばれるのであれば行きたい気持ちはやまやまの部分はあるんですけども、やっぱり世界と戦う覚悟を持ちきれなかったというところがすごく大きな(辞退の)理由です。
(略)
 この全日本選手権でどこまでいけるかをまったく想像できない中での戦いでした。現役復帰をスタートしたときに世界選手権のことは頭にありませんでした。今まで僕自身もトップで戦ってきて、世界で戦うことの難しさや精神力の必要性を経験している上で、その覚悟を持てないのに選ばれたからと言って出るべきではないと考えました。
(略)
 僕自身、32歳でこの先に希望があるかというと、正直、ないと思います(苦笑)。その中で若手というか、今、日本を引っ張っている選手たちが世界選手権という一番プレッシャーの掛かる大きな大会で経験をたくさん積むことによって、今後、若手をはじめとした日本のスケートが盛り上がっていくためには若い選手がその舞台を経験することの必要性の方が大きいと感じましたので、今回、辞退させていただきました」

羽生、宇野に続け…姿を見せない「第3の男」をどう育てていくのか

 それでも、全日本選手権から世界選手権までは2か月半ほど時間がある。その時間を使えば、高橋自身が問題として挙げた戦う覚悟や準備(練習)不足はそれなりに解決できるはずだが、なぜ、代表の座を勝ち取れなかった「現役バリバリ」の後輩に譲ったのか。そこには高橋なりの優しさがあった。

「僕はフィギュアスケートが好きで、それを素直に言えます。今、(若い選手が)どんどん続いて成長して欲しいという気持ちと、自分が頑張って勝ち取りたいという気持ちは同じくらいなんです。後輩たちが成長して羽生君を抜かしていく。昌磨を抜かしていく。そんな風にこれから出てくる若い人たちがどんどん抜かしてレベルアップして欲しい気持ちが、自分が活躍したいという気持ちと同じくらいあります。その上で冷静に考えて判断して、『僕じゃないだろう』と。希望がある若い選手たちがいろいろ経験することが大事だと思っています」

 現役時代から「俺が、俺が」とあからさまに自己アピールをする選手ではなく、その演技同様に繊細で周囲に心配りができる選手だった。「ガラスのハート」と言われて鳴かず飛ばずの時代から、期待された大会で不甲斐ない結果を残したり、選手生命に関わる大けがを負ったりと何度も挫折を味わってきた。そんな苦節を持って、日本男子のエースとして一時代を築いた高橋は、心優しきアスリートであり、その人柄の良さは誰もが認めるところだ。だから、今回、世界選手権代表の座を譲ったことは、さいたまスーパーアリーナである世界選手権の舞台で高橋の演技が見たかった人間にとっては非常に残念ではあるが、現役続行の意思を持つ高橋というスケーターを今後も競技会で見られることを考えれば、次の楽しみに取っておくということで尊重すべきことだと納得するしかない。

 昨年末の全日本選手権は「絶対的エース」が3年連続で不在でも現役復帰した高橋のお陰で例年以上に盛り上がりを見せた一方で、世界で活躍する羽生結弦と宇野昌磨に続く選手が出現していない日本男子の現状を明らかにしてくれた。なぜ、ポスト羽生や宇野に続く選手が、次の北京五輪に向けて育っていないのか。原因はいくつかあるが、その一つは、羽生というあまりにも突出した選手が身近にいることで委縮して諦めモードに陥った次世代の成長が遅かったことは否めない。

 さらに挙げると、その後に続くべきジュニア世代においてもしっかりとした強化体制の下で育成されておらず、個々のスケーターやコーチの努力に任されているからではないだろうか。フィギュアスケート人気がブームで終わらず、しっかりと定着しつつある昨今、しっかりと資金調達して強化費を捻出して、強化指定選手に還元できるような仕組みをそろそろ作らなければ世界で活躍できる選手は育たないのではないだろうか。ソチ五輪以降、緻密な強化育成が疎かになっていると感じるだけに、世界の舞台を視野に入れながら戦う覚悟を持って来季に挑むと公言した高橋という“刺激剤”に間近で触れる機会を持つ「第3の男」候補のスケーターたちが、どんな成長ぶりを見せ、どう意識改革をしてくるのか、楽しみにしてみたい。(辛 仁夏 / Synn Yinha)