■“個”を重視する風間氏の理論
大学サッカーの利点を大学の監督たちに訊くと「選手を結果だけでなく、過程も見てあげられる」と口を揃えるが、それは指導者も同じなのかもしれない。
今、大学サッカーで指導者のキャリアをスタートさせる元Jリーガーは多い。山口素弘氏(東海大学)や小島伸幸氏(日本大学)は昨年から大学でコーチとしてのキャリアをスタートさせている。逆に、水沼貴史氏(法政大学)のように、指導者としてJリーグで結果を残せず、再起をかける場合もある。また、大榎克己氏(元・早稲田大学監督)のように、大学で結果を残し、Jリーグに(清水ユース)に引き抜かれ、トップの舞台に上がっていく道も今後増えていくだろう。
大学の監督はプロのように結果ですぐに更迭されることはない。周囲からなにかを言われることの少ない大学サッカーは、指導者にとって自身の哲学を試せる場でもある。

昨年、全日本大学サッカー選手権(インカレ)決勝に駒を進めたのは2007年シーズン12チーム中10位と低迷していた筑波大学だった。その筑波大学を立て直したのは、風間八宏氏だ。清水市近郊の指導者たちとスペシャルトレセンなどを行なっていた風間氏が、“プロ予備軍”の大学リーグをどのように戦うのか。
風間氏が選択したのは戦術を整備することではなく、“個の能力で勝つ”ことだった。

そして、インカレ決勝まで華麗な“ボールも人も動くサッカー”で勝ち進んだものの、決勝では中央大学のサイドアタックの前になすすべなく敗れてしまった。そんな試合展開に記者会見では「攻撃が中へ中へいっていた。サイドをもっと活用しようという指示を選手に与えなかったのですか?」という質問があがったが、風間氏の答えは意外なものだった。
「もともと、外を攻めるつもりはない。外は開いていて当たり前で、どうやって中に入って行けるかがサッカーだと思っています。その中を攻められる技術が足りなかったのが敗因ではないでしょうか。」

中を固められたら外に。これはJFAテクニカルニュースにも記載されているように、日本サッカーのセオリーだ。しかし、外を攻めても、最終的には中にボールを送ってからが勝負になる。ならば最初から狭い中のスペースをこじ開ける。これが風間氏の選んだサッカーだ。そのためには、ボールを丁寧に繋ぎながら、早く動かす。そして、最もゴールに近いところにパスをして、ゴールまでの時間を縮めていく。生命線となるのは足元の丁寧さで、「個人の技術や戦術眼がチーム戦術になる」(風間氏)。
だから、フォーメーション練習もしないし、相手の偵察もしない。筑波大のサッカーとは? と投げかければ「そんなものはない」と返す。
「チームという言葉を使ったことは一度もない。一人ひとりが強くなれば、当然チームは強くなる。それが成長だと思う。サッカーは一人でも下手な選手がいれば繋がらないし、サッカーは個性しか活かせない。苦手なことをやれと言われてもできないじゃないですか。だから、僕は試合前に『今日は勝つぞ』と言ったことはないですよ。」という。
一人ひとりがしっかりとプレーすれば勝利は近づくからだ。

■“個”と“戦術”は相反するものではない
とはいえ、大幅な選手の入れ替えがなかったのにもかかわらず、筑波大学はあきらかに変わった。関東10位のチームが全国2位になっているのがそれを物語っている。

「戦術がどうとかではなく、選手がやる気になって目標を持てば結果はついてきます。この1年の彼らの練習量は、大学に入学してからの3年間よりダントツに多い。それは僕が何かを教えたとかではなく、個人が目覚めてやったこと。この1年で変わったのは、選手たちが自分自身に期待するようになり、期待することでプレッシャーに勝てるようになった。1本のパスや1本のシュートが狙い通りにいく。試合に勝つことだけでなく、こういった成功体験の積み重ねが大きいのです」

世界が“ボールも人も動くサッカー”に向かっているのは、EURO2008でのスペインの優勝が物語っている。日本も世界の流れから取り残されないように、日本の目指す道・テーマとして掲げている。それに対し、ドリブラーは駄目で、簡単にパスをするプレーが良いという声も聞こえるが、それは相反するものではない。重要なのはその技術をどこで使うかだ。

「アンリやメッシは技術の使いどころが上手い。ただ、彼らだってミスはします。するのだけども、そのミスから程遠い選手なのです。彼らにとってのミスは我々にとってはミスではなかったり、ミスをする場所が重要な場面でなかったり。彼らのように、技術を上げていけば、ボールを回せない時間も減っていく。それは選手が意識してやるしかない。チームで守るとか攻めるではなく、ボールをしっかりと保持できれば、それが守備であり攻撃にもなる。逆に個人のミスが増えれば、よくない結果になってしまう」

今年、筑波大学は12チーム中9位と低迷している。個が揃わなければ当然の結果だ。
ジーコが日本代表監督時に説いた“個”の重要性は“戦術論”と相反するものととらわれ、いまや色あせてしまっている。“ボールも人も動くサッカー”が潮流なのは間違いない。ただ、その試合を演出しているのは強烈な個を持った選手ばかりだ。“ボールも人も動くサッカー”をできる選手を育てるのではなく、強烈な“個”が“ボールも人も動くサッカー”をしているのだ。
もう一度、日本サッカーは個の重要性を認識するべきではないだろうか。(了)


石井紘人(いしい はやと)
某大手ホテルに就職するもサッカーが忘れられず退社し、審判・コーチの資格を取得。現場の視点で書き、Jリーグの「楽しさ」を伝えていくことを信条とする。週刊サッカーダイジェスト、Football Weeklyなどに寄稿している。