「そもそも会社のせいで起きた人災」 イオンモール事故被害者の親族が慟哭の証言 「最後の言葉は…」
「私の妻が玖瑠美の母親に伝えると“ギャー”と泣き叫んだそうです」
助かった命だった。地震発生直後は、大きな被害は免れた「イオンモール熊本」(熊本県嘉島町)。約3000人いたとされる買い物客の避難誘導が終わった50分後、突如爆発が起こり、モール内にいた専門店の従業員7名の命が奪われた。
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「たまたま玖瑠美(くるみ)本人と、彼女のおばとその娘が、避難していたモールの駐車場で会っているんです」
と明かすのは、今回の爆発で亡くなった雑貨店ハビタ勤務・大竹玖瑠美さん(享年22)の親族の男性だ。
「わざわざ勤めていた店へ戻ろうとする玖瑠美を、親戚二人は必死に止めたんですが振り切られた。それから5分もしないうちに、あの爆発が起きたそうです。おばたちは制止できなかったことで自らを責めて、相当な精神的ショックを受けている。食事も喉を通らず、水もほとんど飲めない状況です」

親族を代表して取材に応じたという男性が続ける。
「私は知人の消防隊員に玖瑠美を捜索してほしいと頼みました。すると、爆発翌日の午前1時59分に彼から電話があって“玖瑠美さんのマイナンバーカードが近くに落ちていた。間違いないと思うが、遺体の損傷が激し過ぎるため、ひとまず最寄りの警察署へ行ってほしい”と言われたんです。この話を、私の妻が玖瑠美の母親に伝えると”ギャー“と泣き叫んだそうです」
「愛嬌のある誰からも好かれるような性格」
先の男性に経緯を聞くと、
「玖瑠美は高校卒業後、正社員としてハビタで働き始め、7月上旬からイオンモール熊本の店舗に異動したばかりでした。実は地震当日、店長が不在で彼女を含め2人の若いスタッフしかいなかった。本部の役員から店長を通じて“売上金を金庫にしまえ”と指示を受け、どう対応していいかあたふたしていたようです」
こうした説明を、玖瑠美さんは店に戻る直前、駐車場で会ったおばたちに伝えていたのである。
「もともと責任感の強い玖瑠美は、店長から言われた指示を果たそうとしたのでしょう。おばたちの制止を振り切り“行ってくる”と告げて、店へ向かってしまったそうです」(同)
それが結果的には彼女の“最期の言葉”となった。
「玖瑠美は3年前に父親をがんで亡くしていて、やっと家族が前向きになってきた矢先に今回の爆発に遭ってしまった。3人きょうだいの長女で、祖父母と母と合わせ6人家族で暮らしていた。中高はバレー部で活動し、明るくて、しっかりしていて、優しくて、愛嬌(あいきょう)のある誰からも好かれるような性格。まだまだ楽しいことが待っている人生だったはずです」(同)
「そもそも人災」
今月2日に熊本市内で行われた玖瑠美さんの通夜で、ハビタの社長らがが遺族に謝罪。遺族側の主張の通り、会社側が店に戻るよう指示していたと認めた。
「玖瑠美が荼毘(だび)に付される前にハビタが非を認めたことはよかったです。けれど、当初彼らは“玖瑠美たちが忘れ物をしたから戻りたいと言った”などと誤魔化していた。結果的に報道が大きくなり、どうせ慰謝料を払うなら早く謝った方がいいと考えたに過ぎないと思います。仮に彼女たちが戻りたいと言ったとしても、地震が起きた直後は危険だからと止めるのが筋でしょう。会社は和解を求めているようですが、そもそも人災だったと思います」(同)
8月6日発売の「週刊新潮」では、震災後に横行している「火事場泥棒」被害者の声などと併せて報じる。
さらに、「新潮QUE」にて公開中の関連記事【イオンモール爆発事故で生死を分けた「タイミング」と「金庫の売上金」】では、玖瑠美さんの遺族のほか爆発事故の生存者の証言などをより詳しく報じている。
「週刊新潮」2026年8月13・20日号 掲載
