企業は史上最高益なのに、家計は貧しいまま…「利益と賃金の異常なねじれ」がとくに日本で深刻なワケ
※本稿は、小川真由『経済の現場から統計データで見るインフレ日本の安い賃金 誰かの犠牲に支えられた「サービス過剰」を終わらせよう』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■あなたの給与とGDPは連動している
ここからは、なぜ私が日本社会の厳しい状況の打開策として、「付加価値」や「人の仕事の価値」に目を付けたのかをご理解いただくために、統計データを見ていきましょう。
国内の付加価値をすべて合計したものが、私たちがニュース等でよく耳にする国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)です。つまり、GDPとは単なる経済用語ではなく、私たちの「仕事の価値の総額」といえます。
生産された付加価値のうち、私たち労働者への分配が給与です。付加価値が増えなければ給与は上がりませんし、給与が上がらなければ需要も増えず付加価値も増えません。このように、仕事の価値と給与水準は強く関連しています。
つまり、あなたが手にしている給与とは、あなたの労働力の買い手である企業が認めている、あなたの仕事の価値(付加価値)に対する対価です(図表1)。

考えてみれば当たり前なのですが、なかなかこの関係が理解されていません。学校でも教わりませんし、企業でも、売上や利益の話は日常的に聞きますが、付加価値の話はあまり聞きません。OECDの経済統計データを見ていても、日本だけ企業の付加価値のデータが集計されていないのです。経済に関する報道でも企業の利益や株価、金利の話題が多いですが、企業が生み出す付加価値についての報道は聞いたことがありません。
それだけ日本では、仕事の本質である付加価値が意識されてこなかったのでしょう。
そして、失われた30年といわれるように、日本では長期間、付加価値の合計であるGDPが停滞してきました。統計データを見ると、その停滞ぶりがよくわかります(図表2)。


■GDPと給与は強く関係している
日本のGDPは1997年をピークにして低下傾向が進み、リーマンショック後は上昇傾向に転じて、2024年になってやっと600兆円の大台を超えました。
このGDPの推移は、平均給与の推移(図表3)とそっくりなのにお気付きでしょうか? また、「雇用者報酬」とは、GDPの分配のうち雇用者への人件費の総額なのですが、やはりGDPの動きに連動していますね。
この図では、GDP(=付加価値、つまり仕事の価値の合計)と給与が強く関係しているのが視覚的にも確認できます。
さらに、私たちの家計による、食費や光熱費、教育費など生活のための支出である「家計最終消費支出」の総額も、概ね、雇用者報酬と同じくらいの水準で停滞してきました(図表2)。収入が増えなければ、支出も増えないということです。
つまり、経済全体で見れば、労働者の給与が上がらなければ、消費者の支出も増えず、まわりまわって企業の稼ぎ(付加価値)も停滞することになります。企業間取引においても、コストカットで仕入先を不当に買い叩く企業ばかりが増えれば、まわりまわって自分たちの顧客も減ります。
GDPを人口で割った1人あたりGDPも、私たち一人ひとりの平均的な所得水準を表す指標として非常に重要です。
日本の1人あたりGDPは、GDPとほぼ相似形で推移していて、1997年以降は400万円強で停滞傾向が続いてきました。よく見れば、リーマンショックの影響が強かった2009年までは当時の水準よりも下落傾向が続いており、2010年代になってやっとバブル期を超えた程度なのです。
■「GDPの停滞」は実は特異なことである
GDPは各国の経済規模を測るのに最もよく用いられる経済指標でもあります。
日本は長い間米国に次ぐGDP世界第2位の経済大国といわれてきましたが、停滞が続くうちに2000年代に中国に抜かれ、2023年には人口が約7割のドイツに抜かれて大きな話題になりました(図表4)。
2026年にはインドにも抜かれ、近いうちに英国にも抜かれるのではないかといわれています。日本のGDPの停滞は、国際的に見ても特殊な状態です。
それはつまり、日本だけが長期間、付加価値が増えなかった、ということです。良いモノやサービスを安く大量に生産し、消費してきたはずなのに、付加価値としては増えてこなかったのです。
安くなった分だけ数量的な経済規模が拡大してきた一方で、その分働く人が無理をして疲弊し、ギスギスとした社会に変化してきたともいえます。

図表5で示した1人あたりGDPは、GDPを総人口で割った数値で、各国の1人あたりの平均的な経済水準を表す代表的な指標です。そして日本の数値はOECD38ヶ国中26位と、平均給与と同様に、先進国の中でも下位の水準です。すでにリトアニアやイスラエルを下回り、他のG7諸国との差も大きくなっていますね。
なお、1997年にはOECD中6位で、G7の中でも米国に次ぐ水準でした。やはり、日本人の平均的豊かさは相対的に低下し続けています。

■日本人の労働生産性は米国人の約半分
もう1つここで確認しておきたい重要な観点が、「労働生産性」です。
労働生産性とは、一定期間に労働者が働いて生み出す付加価値です。これは、「どれだけの価値が、効率よく労働者によって生み出されているのか」を測る指標です。
GDPを、働いていない子供や高齢者も含めた総人口で割った指標が1人あたりGDPであるのに対し、労働生産性は、実際に働いている労働者の人数や総労働時間で割った数値ですから、経済活動の効率を測る上で特に重要です。
私たち働く人にとっても、仕事とより密接にかかわる大切な指標です。
日本は労働生産性が低いといわれますが、数値でも確認してみましょう(図表6)。

GDPを総労働時間で割った労働時間あたりGDPは、労働生産性の代表的な指標です。2023年の日本の労働時間あたりGDPはOECD38か国中26番目です。東南欧諸国と同程度で、米国やドイツ、フランスの6割程度とかなり低いことが見てとれます。
米国の労働者が平均して1時間に100ドル近くの付加価値を生み出すのに対して、日本ではその半分強にすぎません。
1997年の時点では日本の労働時間あたりGDPは22位だったので、じりじりと国際的な順位も下がっています。ただし、すでにご紹介したように平均給与や1人あたりGDPが当時15位以内だったことと比べると、昔から日本の労働生産性はそれほど高くなかったことが窺えます。
■日本の労働生産性が低いワケ
労働生産性が低いということは、日本の労働者の能力が低いという意味でしょうか?
少なくとも私はそのようには思いません。むしろ、個々の労働者の能力で見れば、日本人は真面目で丁寧で、根気強く、能力の高い人が多いのではないでしょうか。
労働生産性の低さは、労働者の能力というよりも、それだけ仕事の価値が認められてこなかったことを表していると捉えるべきでしょう。
つまり、仕事の価値が認められない中で、真面目に丁寧に根気強く働いてしまうからこそ、労働生産性が低いともいえそうです。
労働生産性が低いのは、投入される労働量に対してアウトプットである付加価値が低いことを意味します。本来は高い対価を得るべき仕事をしているのに、その仕事の対価が低かったり無償だったりすると、必然的に付加価値に対して投入される労働量が嵩(かさ)み、労働生産性が低下します。

■仕事の価値を薄める過剰サービス
たとえば、コンビニエンスストアの店員の仕事を思い浮かべてみましょう。
日本では購入した商品を店員が無償で袋詰めしてくれます。袋詰めの仕方が少しでも拙(つたな)いと、怒り出す顧客もいますね。さらに、お弁当を温めたり、箸やスプーンなども提供されたりします。店員がこなすべき仕事はどんどん複雑化し、膨大になっています。
しかも、このようなコンビニは特別ではなく、24時間営業でいたるところに存在します。都内では、コンビニの目の前に、別のチェーンのコンビニがあるのも珍しくありませんね。
一方で、日本よりも労働生産性が高い欧州では24時間営業のコンビニエンスストア自体が稀ですし、顧客が自分で袋詰めするのが当たり前です。些細(ささい)なことでクレームをつけても、日本のように申し訳なさそうに従順に対応してもらえるどころか、逆に怒り返されることも多いそうです。
どちらも同じ小売店ですが、提供される労力は日本のほうがかなり多いのではないでしょうか。その分、仕事の価値が薄まり、労働生産性が低下しているのです。
これは非常にわかりやすい例ですが、日本ではこのような無償・安価なサービスがいたるところに存在しています。
皆さんも消費者として取引をする際の様々な場面を思い返してみてください。不愉快に感じることや、不便に感じることはほとんどないのではないでしょうか?
日本はそれだけ、売り手側が買い手に配慮し、過剰品質・過剰サービスがあふれる環境となっているわけです。
顧客からすれば嬉しいですが、働き手としては自分たちの仕事の価値を安売りされ、労力の割には付加価値や給与が増えず、労働生産性を低下させることに他なりません。
■株価だけ好調の日本
そんな日本ですが、1つだけ、好調な要素があります。それが企業です。
仕事を通じて社会に価値を提供し、労働者にその対価を給与として分配するのは企業です。労働者の仕事の価値が停滞すれば利益も減りそうなものですが、日本企業については昨今、「過去最高益を更新」とか「内部留保が増え続けている」といったニュースをよく聞きますね。
労働者のやる気がなくなり、多くの人が困窮する一方で、企業は好調。とても奇妙な状況です。
いったい日本の企業では何が起こっているのでしょうか?
日本企業の変化を数値で確認すると、このからくりがよく理解できます。
図表7の労働者1人あたりの企業活動の変化を見ると、日本企業は、稼ぎである付加価値は増えない一方で、儲けとなる利益や資産が増えていることがわかります。

■長い間企業の投資が増えてこなかった
日本経済のピークとなった1997年からの変化を見ると、日本企業の付加価値も給与総額も横ばいが続いてきました。これは、今までご紹介してきたGDPや平均給与が停滞してきた事実と符合します。
また、通常、企業は機械や設備などの固定資産に投資して生産能力を強化し、付加価値を増やしていきます。これらの投資は高額なので、一般的には借入をして費用を賄います。
つまり、正常な経済であれば、付加価値の増加とともに企業の借入や固定資産残高も増えていくのですが、日本企業は長期間、国内での事業投資を増やしてこなかったのです。
このように表現すると、「企業が投資を増やさなかったから経済が停滞してきたのだ」と解釈できそうですね。そのように発言する専門家も多いようです。
しかし、関連する統計データを整理すると、事情はもう少し複雑です。むしろ、企業の投資が減らなかったからこそ経済が停滞してきた面もありそうです。
この投資と付加価値の関係については、書籍で詳しくご紹介しますので、ここではひとまず、「企業の投資が増えてこなかった」事実だけ認識しておいてください。
■労働者は困窮しているが企業は儲かっている
さて、その一方で、企業の本業以外の収益となる「営業外収益」は近年、大きく増え、当期純利益と株主への配当金は7〜8倍になり、純資産も大きく増加しています。
「本業の稼ぎが増えなくても、儲けである純利益が増えている」状態ならば、株主からも文句は出ないでしょう。日経平均株価が近年、バブル時の水準を超えて過去最高を更新している背景には、こうした事情が隠れているのです。この現象は、日本企業が国内よりも海外で稼ぐようになり、海外事業からのリターンが増えることで利益や資産(主に投資有価証券)が増えていることと関係しています。
つまり、日本企業の状態を一言でまとめると、「そこで働く労働者は困窮しているのに、企業はむしろ儲かっている」という、非常に奇妙なものになります。
このねじれた関係性が、日本経済の停滞感に大きく影響しています。
企業からすると、国内事業以外で利益が増えているわけですから、わざわざ国内事業での付加価値が増えない中で、労働者の給与を上げる動機がありません。むしろ、人口が減り市場が拡大しない日本では、できるだけ安い労働力で既存の事業を維持しておいて、金融や海外で利益を増やそうとしてきました。企業にとっては都合の良い労働者を確保しやすい環境が続いたことはすでにお伝えした通りです。
これが、日本の労働者の給与が上がってこなかった根本的な事情です。

■私たちの給与が上がらないワケ
本記事では失われた30年の中で、日本では人の仕事に価値が認められにくく、労働者の仕事が安売りされて困窮する人が増え、さらに社会全体としても寛容さが失われ、不幸せな人が多いネガティブな状況に陥っていることが確認できました。

仕事の金額的価値でもあり、給与の原資ともなる付加価値が停滞してきたのが根本的な原因といえそうです。
一方で、企業は付加価値が増えなくても利益が増えています。つまり、「稼ぎは増えないけれど、儲けが増えている」のです。
儲けが増えて困っていない企業と、稼ぎの分配である給与が減り困っている労働者で、利害が一致せずねじれた関係となっています。
日本人がネガティブな状況から脱するには、日本の企業活動が「稼ぎと分配が増えないけど儲かる」状態から、「稼ぎも分配も利益も増える」状態へと変化するのがキーポイントとなりそうですね。
そのためには、誰が、どのように振る舞っていけばよいのか、さらに仕事の本質とは何かを明らかにする必要があります。
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小川 真由(おがわ・まさよし)
小川製作所 取締役
2002年度 慶応義塾大学理工学部卒業(義塾賞受賞)、2004年度慶應義塾大学大学院理工学研究科前期博士課程修了、富士重工航空宇宙カンパニーに入社し、エンジニアとして航空機開発業務に携わる。2012年より家業(小川製作所)に合流。現在は、職人兼経営者として、医療機器、理化学装置、半導体製造装置などの製缶・溶接・研磨加工、精密機器の製造・供給、機械設計・開発支援の3つの事業を手掛ける。2024年からはNewsPicksのプロピッカーとしても活動中。X(@OgawaSeisakusho)にて、2020年から日本の経済統計グラフを毎日配信中。
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(小川製作所 取締役 小川 真由)
