だから佐々木麟太郎はMLBを選んだ…若手有望選手が「日本のプロ野球」を選ばない「野球以外」の要素

■日本での1億円よりメジャーの3500万円を選んだ
2026年のMLBアマチュアドラフトは7月11日(日本時間12日)から2日間行われ、注目の佐々木麟太郎(スタンフォード大)は8巡目、全体235位でナショナルリーグ東地区所属のマイアミ・マーリンズが指名した。
佐々木は、2025年のNPBドラフトでソフトバンクとDeNAの2球団から1位指名を受け、くじ引きの結果、ソフトバンクが交渉権を獲得していた。
NPBのドラフト選手の契約金の上限は1億円+出来高5000万円に対し、MLB8巡目の相場は3500万円ほど。金額面で大きな差があるが、佐々木はMLBを選んだ。日米の選手獲得市場を考えるとき、この選択は「分水嶺」になるのではないかと思う。
佐々木は、花巻東高校(岩手)・佐々木洋監督の長男。つまり大谷翔平(ドジャース)の恩師の子であり、中学時代は大谷の父・徹さんが監督を務める金ケ崎リトルシニアでプレーした。大谷と極めて深い縁がある。花巻東時代は通算140本塁打。2年春、3年夏の甲子園にも出場し、プロも注目するスラッガーへと成長したが、プロ志望届は出さず、スタンフォード大学を受験。世界でも屈指の超難関校に合格した。
■DeNAの思惑
スタンフォード大野球部は、NCAA(全米大学体育協会)のディビジョン1に所属。2026年5月に2年目のシーズンを終え、ソフトバンクとの入団交渉は解禁となったが、MLBドラフトで指名されてメジャーリーガーになる道を目指したのだ。
スタンフォード大は89名ものノーベル賞受賞者を生んだ一方で、MLB殿堂入りを果たした270勝の大投手マイク・ムッシーナ(ヤンキース)をはじめ100人を超えるメジャーリーガーをも輩出している。
佐々木のアメリカ志向、MLB志向は強固なものがあると思えたが、ソフトバンクとDeNAは敢えて佐々木をドラフト1位指名した。この2球団にはどんな思惑があったのだろうか。
DeNAの場合、意図は明確だ。セ・リーグは2027年からDH制を導入することが決まっている。長距離打者の佐々木は、まさにDHにうってつけだ。さらに横須賀市内に構えるトレーニング施設「DOCK」で、精鋭のトレーナーやアナリストからデータ面を用いたサポートを受けることができる。

■ポスティングを認めないソフトバンク
またDeNAは過去に、筒香嘉智(レイズードジャースーパイレーツ、現DeNA)、今永昇太(カブス)と2人のスター選手がポスティングシステム(入札制度)でMLBに移籍している。佐々木もDeNAで経験と実績を積み、数年でMLBにポスティング移籍することが可能だ。DeNAが佐々木との交渉権を獲得していれば、そういうプレゼンテーションをしたはずだ。
しかしソフトバンクの場合、思惑は全く違ったはずだ。まず原則として、ソフトバンクはポスティングでのMLB移籍を認めていない。MLBに移籍するには海外FA権を取得する必要がある。エースだった千賀滉大(メッツ)は毎年のようにポスティングでのMLB移籍を球団に求めたが、結局移籍したのは12年目のシーズン途中に取得した海外FA権を行使してからだった。
海外FA権取得は145日以上のNPB1軍登録が9シーズンに到達することが条件とされている。今年4月に21歳となった佐々木は、少なくとも20代でのMLB挑戦はかなわないことになる。もともとMLB志向が強く、そのためにスタンフォード大に入った佐々木にとっては、到底受け入れられない条件だったはずだ。
■それでも指名したワケ
佐々木を獲得するために、ソフトバンクは特例的にポスティングでのMLB移籍を認めるのではないか、との見方もあったが、筆者はそうは思わない。ソフトバンクは、佐々木が入団した暁には、活躍次第ではこれまでのNPB選手の年俸を大きく上回る年俸を用意する意思があったのではないか。端的に言えば、MLBに匹敵する待遇を用意することで、佐々木を日本につなぎとめようとしたのではないか。
2005年にソフトバンクがダイエーからホークスの経営権を買収した際に、孫正義オーナーが考えたのは「NPBをMLBに匹敵するプロスポーツにする」ことだった。MLBではコミッショナーが先頭に立って、放映権やライセンスなどの巨大ビジネスを次々とまとめている。
これに対しNPBは非常勤のコミッショナーが実権を持たず、12球団が個別にビジネスを展開している。これでは大きなスケールメリットを得ることはできない。平均観客動員数では差がないNPBとMLBだが、選手の年俸では数倍以上の差がついていた。
■「MLBとの連携強化」のカードに
孫オーナーはNPBを改革するため、放映権などの主要なビジネスを個別の球団ではなく、NPB全体でまとめるビジネスモデルを提案した。しかしセントラルリーグ球団が強硬に反対したため、パシフィックリーグ6球団だけが「パ・リーグマーケティング(PLM)」を設立した。
ソフトバンクはMLBに倣ってマイナーチームを拡充し、3軍、4軍を設立。NPB球団でありながら、MLBに近いファームシステムを構築してきたのだ。また、MLBとの連携にも積極的で、本拠地みずほPayPayドーム福岡での試合では毎年6月に「AMERICAN BASEBALL EXPERIENCE」というイベントを催している。

MLBも2023年のWBC以降、日本のマーケットを強く意識し、ファンの醸成に努めているが、ソフトバンクはこれに呼応してMLBとの連携を強めている。いわば佐々木麟太郎の獲得を「MLBとの連携強化」のカードに使うという意図もあったのではないか。
ソフトバンクは、2018年MLBドラフト1巡目(全体8位)でアトランタ・ブレーブスに指名されたカーター・スチュアート・ジュニアが契約面でもめた際には、オファーを出して外国人選手として契約した実績がある。佐々木に関しても獲得に向けて一定の手応えがあったのではないか。
佐々木は7月19日、ソフトバンクのオファーを断り、マーリンズ入りを表明した。では、彼がMLBで活躍する可能性はどれくらいあるのだろうか。
■MLB8巡目の厳しい現実
2010年から2026年まで、MLBドラフトで「8巡目」で指名された選手は480人いる(2020年ドラフトは5巡目で打ち切られたので指名なし)。このうちまだ「出世前」の2023年以降を除いた2010年から2022年までの8巡目指名選手360人のうち、メジャーに昇格したのは21.9%の79人と、5人に1人ほどだ。
ちなみにこの時期、ドラフト1巡目で指名された選手は1巡目補欠の選手も含め565人いたが、このうち74.9%の423人がメジャーに昇格している。この「差」は非常に大きいといえるだろう。
ただ、8巡目で入団してチームの主力になった選手もいる。2011年8巡目(全体264位)でレンジャーズに入団したカイル・ヘンドリクスはマイナー時代にカブスへと移籍。昨年、エンゼルスで引退するまで通算105勝を挙げるエースになった。
野手では、2023年WBCで侍ジャパンのリードオフマンとして活躍したラーズ・ヌートバーが2018年8巡目(全体243位)でカージナルスに入団。俊足強打の外野手として活躍している。
■なぜ下位指名だったのか
佐々木は6月、「MLBドラフト・コンバイン」に参加している。これはMLBドラフト会議の直前に、全米、世界から選抜された数百人のドラフト候補選手による公式の合同トライアウトだ。
佐々木はここで、最高打球速度115.4マイル(約185.7キロ)を叩き出している。これは今季のMLBデータで言えば、全体17位に相当する。大谷翔平が114.6マイル(約184.4キロ)、村上宗隆が114.1マイル(約183.6キロ)、鈴木誠也は112.9マイル(約181.7キロ)だから、すさまじい打球速度だといえる。打撃のポテンシャルの高さは、ドラフト候補選手で屈指だと言えよう。
ではなぜもっと上位で指名されなかったのか。それは「一塁しか守ることができない」という守備面の制約によるものだ。身長184センチ、体重120キロの体型では、俊敏な動きが求められる遊撃、二塁、三塁を守るのは厳しい。外野手の可能性もあるが、現実的には一塁手かDHということになる。守備での貢献が大きく期待できない分、いきなり「中軸打者クラス」の打撃が求められるのだ。
■主力と重なりやすいポジション
主力打者とポジションが重なることも考えられるため、チームによっては「使いづらい」選手にもなる。「汎用性のなさ」が低い評価につながったといえる。
もともと一塁手は指名されにくいポジションだ。今季のMLBドラフトでは613人が指名されたが、一塁手は14人だけ。佐々木の指名順位は一塁手では4番目だった。
佐々木のマネジメント会社によると、7月20日(日本時間21日)にマーリンズの本拠地で身体検査を受けた後、正式契約を結び、新人選手が参加するキャンプへ合流した。最初の所属先はルーキーリーグのフロリダコンプレックスリーグ・マーリンズ(FCLマーリンズ)で、プロの環境に順応していると判断された場合は1A(ジュピター・ハンマーヘッズ)へと昇格し、ほぼ同世代の選手の中で頭角を現すことが求められる。
9月末のマイナーのシーズン終了後は有望若手らによる秋季リーグに参加。そして2027年の春季キャンプから、事実上のプロ1年目がスタートする。2、3年でメジャー昇格の目もあるが、成績次第では降格もある。またマイナー選手でもトレードの対象にもなる。
■野球以外のキャリア
2013年、アメリカの高校からドラフト2巡目、全体66位でヤンキースに入団した加藤豪将は、俊敏な内野手としておおいに期待されたが、メジャー初昇格は10年目の2022年。しかも、わずか8試合で戦力外になり、最後は日本ハムでキャリアを終えた。
率直に言って佐々木がMLBで活躍する可能性はそれほど高くない。それでもMLBを選んだのは「野球以外のキャリア」も考えてのことだろう。
アメリカの大学は、プロスポーツに挑戦した選手を退学ではなく休学扱いにし、復学を認めている。野球を断念したとしても佐々木はスタンフォード大に戻って勉学を再開し、キャリアを獲得して新たな分野に挑戦することができる。

NPBに入ってしまえば、セカンドキャリアは球団職員、野球指導者、野球解説者などに限られる。その後の選択肢が大きく違うのだ。
今年のMLBドラフトでは佐々木のほかに、ジョージア大の石川ケニーがレッズから13巡目(全体389位)で指名され、入団した。投手と外野手の二刀流を武器に、2025年のNPBドラフトではオリックスから6位指名を受けているが、佐々木と同じくメジャーリーガーになる夢を選んだ。
筆者はこの夏、日本の高校野球選手で、アメリカの大学に進む若者を何人か取材した。アメリカの大学は、野球だけでなく勉強でも成績を残すことが求められるため、非常にハードだが、その後の選択肢が全く異なっている。競争が厳しい分、可能性も大きい。
佐々木らが示した「MLB選択」は、日本の有望なアマチュア選手たちの本格的な「人材流出」のターニングポイントになる気がして止まない。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
