どこまでも気配りの人

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 夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さんが第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第77回は俳優・歌手の中村メイコさん。作曲家の神津善行氏を夫に持ち、長く芸能界で活躍したメイコさん。今回は彼女の「酒」にまつわる秘話です。

【秘蔵写真】中村メイコ・神津善行夫妻の結婚式(1957年11月)

家族想い

 芸能界の生き字引のような存在だった中村メイコさんが、89歳で亡くなったのは、2023年の大晦日。訃報が届いたのは、松の内が開ける年明け1月7日だった。公表が遅れたのは本人はもとより、新年を祝う世間に水を差さないという、関係者の配慮があってのことだと思う。

どこまでも気配りの人

 2011年に作家の松野大介が、「私の酒人生」というテーマでメイコさんにインタビューしている。松野は彼女の酒話の秀逸さとともに他人への気遣いに感銘し、こう語っている。

「今までインタビューした芸能人で誰が一番かと聞かれると、いつもメイコさんと答えています」

 どこまでも気配りの人だった。それは人知れず、自身の家族にも向けられた。

 個人的な話になるが、いつも思い出すエピソードがある。メイコさんには子供が3人いる。末っ子で長男の神津善之介は、スペイン在住の画家。筆者の連れ合いも画家をやっていて、同業者として個展などを通して交流があった。以前、善之介氏が帰国して都内のデパートで個展をやっていた時のこと。メイコさんが会場に来て、来場者への挨拶など、かいがいしく動き回っていたという。しかも、足元を見ればピンヒールの踵の高い靴。母親をやりながら名優然とした佇まい……。

 それを見た連れ合いは、何もしてくれなかった自分の母親を思い、「善之助さんが羨ましかった」と語ったことがある。

 メイコさんは本などで家族の話をいろいろ書いているが、根っからの家族想いだったということだろう。

 そんなメイコさんの「秀逸な酒話」が、今回のメインテーマだ。

 亡くなる5カ月ほど前、「生きるクスリ」というテーマでインタビューさせていただいた。一番の酒の友は女王・美空ひばり。著書『大切なこと、ちょっと言わせてね』(大和書房)では、ひばりと自身を重ね合わせた、こんな一文がある。

〈このような人生を歩んだのは、私が知っている限りでは、たぶん、私・中村メイコと、あの美空ひばりの二人だけだと思います〉

 とにかくメイコさん、お酒やアルコールとの付き合い方が実にカッコいいのだ。

「止めてくれる家族」

〈エネルギー源はお酒ですね。昔はブランデーが多かったけど、今はちょっとキツイので、スカッチにしています。それが私にとってはガソリンのようなものね(笑)。オンザロックにちょっとお水を入れ、毎日7、8杯は飲みます〉(「生きるクスリ」から)

「スカッチ」という言葉の響きが心地よかった。しかも、亡くなるおよそ半年前で8杯! 並みの女傑ではない。

 では、ひばりと飲んだ時のエピソードは……。

〈ひばりさんとは一緒にいろんなところに飲みに行きました。ひばりさんは強盗に入るんじゃないかというくらい大きなマスクにサングラスをして出かけるんです。「そんなんで楽しい?」って聞いたこともありました〉

 また、前出の松野のインタビューで、ひばりが病で亡くなるちょっと前の、こんなやりとりがある(亡くなったのは89年)。

〈私は「お酒だけがあなたの体に災いしたわけではないけれど、ふたり同じくらい飲んだのに、あなたの方にお酒が悪くいっちゃって、イヤだね」って泣きそうになりながら言ったの。そしたら、「そんなことないわよ。メイコは私の半分くらいしか飲んでいない」って言うんですよ。
「嘘よ。同じくらい飲んだじゃない」
「違うの。メイコには止めてくれる人がいたの。あなたは飲みすぎると(夫の)神津さんが不機嫌になったり、子供たちが『ママ、そんなに飲んじゃダメ』って言うでしょ? 私はママが死んでからは私が一番偉いの。飲みたい時はみんなお酒を持ってきてくれる。だから倍飲んだの。メイコが元気でいられるのは、止めてくれる人がいるからだと思って感謝しなさいよ」
 こたえましたね。ひばりさんにそう言われ、「止めてくれる家族はありがたいんだ」と思うようになりました〉

 このエピソードは『大切なこと〜』の中でも、同じように語っている。メイコさんにとっては女王との大切な会話だったのだ。

家では黙っている?

 そんな家族が母親をどう見ていたのかがわかるエピソードもある。「生きるクスリ」から。

 神津はよく「賑やかな奥さんがそばにいてうるさくないですか」と言われることがあったそうだ。そんな時は「あの人は仕事じゃないとあまりしゃべりません」と応えていた。メイコさんいわく「私はうちにいるとほとんど黙っています。時々に犬や猫に話しかけるくらいで」。

 こんな風にも語った。

〈(私が)スイスのキレイな景色を眺めながら1週間くらいいたいと言ったとするでしょ。そうすると神津さんも娘たちも「お母さんは絶対にノイローゼになるから静かなところはダメ」って反対されます(笑)。やっぱりゴチャゴチャした街中が好き…田舎のキレイな空気とか青空とか疲れちゃうんですよ〉

 2歳8カ月で芸能界デビューし、ひばりを筆頭に昭和、平成の名だたる有名人を知り尽くした中村メイコさんは芸能人としても、家庭人としてもとびっきりユニークな人だった。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部