かつて日本の強みだったさまざまな産業が、中国に追い抜いかれてる。なぜあっさりと逆転されたのか。拓殖大学の富坂聰教授は「根底にあるのは容赦なきトライ&エラーだ。日本は、彼らの失敗を笑っている場合ではない」という。『おそるべき「中国一強」時代』(小学館新書)の刊行を機に、ノンフィクションライターの山川徹さんが聞いた――。
撮影=プレジデントオンライン編集部
富坂聰教授 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「見たい現実しか見ない」

――中国政府の失敗に関する記事が、主にウェブニュースで頻繁に取り上げられています。最近では、「中国主導で建設されたインドネシアの高速鉄道の失敗(想定を下回る乗客数、約1兆円に膨れ上がった事業費の膨張)」が話題となっています。こうした動きについてどう感じていますか。

【富坂】私は鉄道の専門家ではないですが、こうした報道が好まれる背景には「見たいものしか見ない」という意識があるのだと思います。

ハリム駅に停車中のEMU KCIC400AF Whoosh(写真=TyewongX/CC-BY-SA-4.0/Wikipedia)

2011年に浙江省温州市で高速鉄道が衝突・脱線し、死者40人負傷者200人を出した事故がありました。その後、事故車両を埋めたというニュースが日本でもさかんに取り上げられました。いまだに日本では、あの事故が中国の技術力の低さの象徴として語られますが、その後、中国の高速鉄道は大きな事故を起こしていません。いまや、中国の鉄道網は世界最大です。運営能力も非常に高い。

それは砂漠、零下の雪原、高地……多種多様な気象条件や地形で高速鉄道を運行させてきた膨大なデータの蓄積の結果と言えるでしょう。

中国の産業という文脈でみると、根底にあるのは容赦なきトライ&エラーです。一つひとつの失敗や事故が、次の産業の発展につながっているのが中国の産業の特徴です。高速鉄道だけではなく、今や世界一となったEVも造船も激しい淘汰の上に成り立っています。

■新たな技術のためには平気で産業を壊す

自動車産業を例に挙げましょう。いまは中国の自動車、特にEVは世界をリードしています。かねてから中国政府が一貫して支えてきた産業です。とはいえ、企業を保護して甘やかしたわけではありません。

中国政府はどうしたか。過度な競争を意図的に発生させ、自動車産業企業を一度瀕死の状態に追い込んだのです。

2014年頃から中国は、内燃機関の自動車をつくっても日本やドイツには絶対に勝てないことから一気にEVに舵を切った。そこで世界最強の「テスラ」に市場を開いたのです。

テスラに比べれば、中国でEVに関わる自動車会社はすべての部分で劣っていました。当然、一気に市場を奪われ、死屍累々と言った状況です。

ですが、中国政府は「世界の最先端との戦い方を自分たちで考えろ」というメッセージを陰に陽に出し続けた。これは、1978年の改革開放政策以来続く中国政府の伝統的な方針です。

その結果、テスラから徹底的に学び、マネし、新たな技術を確立した。そうして、生き残ったのがBEVの販売台数で世界一になったBYDなわけです。

写真=iStock.com/LewisTsePuiLung
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LewisTsePuiLung

忘れられないのは、2024年のドイツのテレビ局が北京国際モーターショーを伝えた番組です。キャスターが「新しいリチウム電池なら走行距離が1000キロまで伸びる」「10分の充電で600キロ走行可能」という情報を伝えたあとにこう語っていました。

「以前はドイツの自動車メーカーが中国に技術を教えていましたが、いまでは逆に中国から学んでいるのです」

すでにドイツの自動車メーカーでさえ、中国の新興企業とタッグを組まなければ、満足度の高い製品が造れなくなっているのです。

■なぜ日本の造船業は抜かれたのか

明確に中国と日本で立場が逆転した、わかりやすい例が造船です。

以前、中国は「海洋弱国」と揶揄されていました。日本でもまさか造船分野で中国に逆転されるとは思っていなかったはずです。5、6年前のことですが、海上保安庁の幹部が「中国の船は細部がダメなんです。日本の船とぶつかったら沈みますよ」と話していました。中国の造船業の発展を知っていた私は、危機感のなさから日本の造船も近い将来、中国に逆転されるだろうと確信しました。

造船業は、資本金の調達が競争力を左右する資本集約型の産業です。

中国では2000年代初頭に、当時の朱鎔基首相が「2015年までに世界最大の造船国となる」と宣言していて以来、中国政府にとって重点的に支援する産業に位置づけられました。転機となったのは、2008年のリーマンショックです。日本を含めた造船先進国が投資に消極的になり、造船市場が低迷するなかで、中国だけは自国の造船業を支援し続けました。

その結果、中国は、造船の新規受注量や保有受注量などで世界一のシェアを獲得するまでに成長したのです。

写真=iStock.com/Lim Weixiang - Zeitgeist Photos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Lim Weixiang - Zeitgeist Photos

■すでに中国に笑われる国になっている

もちろん失敗例もあります。コロナ禍前に注目された高速道路に敷き詰めた太陽光パネルで走りながら充電できる技術です。

2025年に中国を訪ねたときに、あの技術がどうなったのか聞いてみると、日の目を見なかったそうです。それは技術開発に失敗したからではありません。5分の充電で400キロ走行できるEVが開発されたので、高速道路に太陽光パネルを敷き詰める意味がなくなったからです。画期的だと謳われた技術ですら、必要がなくなれば、躊躇なく墓場に送られてしまう。

ただ、太陽光発電は成功しています。現在、中国では全電量供給量の約26%が太陽光発電でまかなわれています。私は以前、中国最大規模の「首航高科敦煌100メガワット溶融塩タワー式光熱発電所(以下、首航敦煌)」を見学しに行きました。その規模のすごさとともに、同行した日本人の科学者の言葉が印象的でした。

写真=iStock.com/YINYI WANG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YINYI WANG

彼は「この技術、日本がはじめてやろうとしたのは1980年代の初め頃だったのに……」とつぶやいたのです。日本は技術の優位性を活かせなかった――その現実を見せつけられた思いがしました。

残念ながら、ここまでの説明をしても「中国の技術力はまだ日本に追いついていない」というイメージを持つ人は少なくありません。いまの日本は、ひとつ目の失敗だけを見て、「そら見たことか」と見下しているような状況です。自分たちにとって都合のいい短絡的な情報のみを求めています。

このままでは、失敗を笑った側が、いつか笑われる側になってしまう。いえ、すでにそうなってしまっているかもしれません。

■相次ぐ逆転の理由

――かつて日本の強みだった家電、EV、造船、再生可能エネルギーなどの産業で中国が世界をリードしています。この逆転現象は、なぜ起きたのでしょうか。

中国が民意の影響を最小限に止め、政府による揺るぎない政策の後押しができることも一因でしょう。

一方で、日本では選挙が行われます。選挙のたびに前政権の否定が行われるので、政策の継続が難しい。加えて有権者は、短期的な結果を求めるので、長期的な政策を実現させにくい。大企業も、トップは2、3年で代わります。彼らは、その間に結果を残さなければなりません。10年後に花が咲くような事業に取り組みにくい。長期的な絵を描くという点で不利な状況になっています。

その構造は、アメリカも同じです。もしもアメリカが民意の影響を受けずに、すべてをトップダウンで決定できる国だったら……。たぶん中国は、アメリカに太刀打ちできなかったでしょう。現実的にはありえない話ですが。

■日本が追いつく唯一の方法

――日本が再逆転できるチャンスはあるのでしょうか。

高市政権は、AI、造船、防衛、先端医療、サイバーセキュリティなど重点的に投資する対象の17分野を掲げています。しかし総花的で、対象が手広すぎます。日本の体力を考えても、すべてに注力するのはムリがあります。日本の強みは何か改めて整理するところからはじめなければならないでしょう。

もうひとつは、勝負する年代をいつ頃にするか。短期的に結果を求めるのではなく、長期的な視座を持つ必要があります。

勝負できるようになるまでは、中国の上前をはねればいい。一部の人には考えたくないことでしょうが、中国の方が進んでいる産業をキャッチアップするのです。かつて、東南アジアの国々が日本の産業をキャッチアップしていったように、です。

まずは中国の再生可能エネルギーはどうでしょうか。中国の再生可能エネルギーの割合は全電力の55%を超えています。

中国はあれだけの国土を持ちながら、石油という資源を持たない。いつアメリカと対立するかわからないというリスクも抱えている。そのために、中東以外にもいくつもの石油の輸入ルートをつくって、有事に備えていました。それでも中国はまだ安心できず、再生可能エネルギーの技術を確立していったのです。

■まずは中国を師とすることから

詳細は拙書『おそるべき「中国一強」時代』にゆずりますが、太陽光発電、水力発電、原子力発電などあらゆる発電パターンをどん欲に試しています。もちろんそうした再生可能エネルギー開発のプロセスにも無数の敗者が横たわっています。

富坂聰『おそるべき「中国一強」時代』(小学館新書)

ただその結果、習近平政権では再生可能エネルギーで国内の電力需給体制を整え、大気汚染を回避しながら10年でGDPを倍増させたのです。火力発電に頼り続け、数十年前に建設した原発を再稼働させている日本との差は歴然です。

日本がやるべきは、この中国の先端的な再生可能エネルギー技術を、キャッチアップして、犠牲を払わずに、安価で手に入れることです。

昨年の高市首相の「台湾有事発言」以来、日中関係が冷え込んでいますが、中国企業も商売でやっています。ずっと扉を閉じ続けているわけにはいきません。日本は敵をつくらずに、国際社会で上手くやっていくことができる国ですし、これまでもそうしてやってきました。

かつて中国に自動車の技術を教えたドイツの自動車メーカーが、いまやEVの製造において中国企業に学んでいる時代です。まずは、そうした現実を直視するところからはじめる必要があるのです。

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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)などがある。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)。
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富坂 聰(とみさか・さとし)
拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト
1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退。週刊誌記者を経て、フリーに。北京中枢の内部情報から在日中国人犯罪まで、現代中国問題に精通する。1994年に『「龍の伝人」たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞を受賞。『潜入 在日中国人の犯罪』『中国の地下経済』『「反中」亡国論』など、日中問題に関する著作多数。一方で、深刻な“中日問題”に取り組んだ小学館新書『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』も話題。
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(ノンフィクションライター 山川 徹、拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト 富坂 聰)