調剤室で薬を手にする薬剤師(写真はイメージです)

《ご近所にあってよかった》《元気の良い挨拶をする方も》

 ネット上のクチコミでも地元住民に愛されていることがわかる東京・杉並区にあるスギ薬局。業界6位のドラッグストアチェーンのこの店舗で、調剤ミスによる死亡事故が起きた。

 報道によると2021年10月、当時74歳の女性が同店に持病の処方箋を出したところ、誤って処方にない糖尿病患者用の薬を処方された。服用した女性は低血糖脳症となり、1カ月後に意識不明に。2022年5月に亡くなったという。

 2024年8月、遺族がスギ薬局と薬剤師損害賠償を求め、提訴する事態となった。だが、別の大手調剤薬局チェーンに勤務する管理薬剤師・伊藤氏(40代・以下すべて仮名)はこう言う。

「私たちも調剤ミスには気をつけていますが、小さな過誤は日常茶飯事です。忙しいときには、気づかずにそのまま出してしまったことも二度や三度ではありません。こうした薬局でのミスが、表面化するケースはごくわずかです」

 スギ薬局の事例は氷山の一角。多くの薬剤師が調剤ミスを経験しているというのだ。

 関東に数店舗を展開する中規模薬局に在籍するべテラン薬剤師である田中氏(50代)も、顔面が蒼白になるほどの忘れられない経験がある。

「わりと最近のことです。小児の咳止めアスベリンシロップが『0.5%』で処方されていたのに、『2%』で調剤してしまいました。過量服用すると、眠気やめまい、意識障害や精神錯乱を引き起こす重大な事態となります。業務後に薬歴を書いているときに気づき、慌てて患者さんの保護者に連絡しましたが、すでに飲まれていました。幸い健康被害はなく、患者さんには正しく調剤し直した薬を届け、謝罪で終わりました。ほんと、ヒヤッとしましたね」

 患者に被害がなければいいが、スギ薬局のほかにも、死亡事故は起きている。

 2017年には、京都大学病院が調剤した注射薬によって、60代の女性患者が死亡。必須ミネラルであるセレンの濃度が約1000倍となる調剤ミスで、計測器のグラムとミリグラムの単位を間違えたことが原因だった。

 前出の伊藤氏とは別の大手チェーンで働く中堅薬剤師の宇野氏(40代)は、勤務先に不信感を持っているという。

「数年前に弊社で、乳児に利尿剤のアルダクトン細粒を10倍量で処方してしまった事故がありました。アルダクトン細粒の過量摂取は、腎機能の低下や高カリウム血症を引き起こし、全身の筋力を低下させ、不整脈や呼吸困難を引き起こします。最悪の場合は死に至ることもある医療ミスなのに、患者様に健康被害があったのか、弊社がどのように対応したのか、聞かされていないんです」

 宇野氏が事故を知ったのは、勤務先で共有されている「アクシデント・ヒヤリハット」の事例集に載っていたからだ。毎日、出勤時にバックヤードで確認し、サイン、またはハンコを押すことになっている。

「私はたまたま読むことができたのですが、店舗勤務だと日々の業務に追われて、ふだんはなかなか目を通す時間を確保できません。ハンコを押すことが目的となっているのが実情です」(宇野氏)

■「目視が正解だ」とブザーを無視する

 調剤薬局の現場では、似た名前の薬を間違えて処方することはしょっちゅう起きている。たとえば、高血圧治療薬のアイミクス配合錠など、HD(高用量)とLD(低用量)の2種類ある薬を間違えて調剤してしまうケースや、含まれる成分量が異なる5mgと10mgを取り違えることは “薬剤師あるある” だという。

 そのように、多くの薬局で共通して起こりやすい過誤を防ぐために導入が進むのが「調剤監査システム」だ。前出の伊藤氏が語る。

「処方箋データをシステムに読み取らせると、調剤した薬をAIによる画像判定、各薬についているコード検査、薬剤の重量計測によって、薬の種類や錠数が合っているかを確認してくれるものです」

 処方箋と異なる薬を調剤した場合、警告画面とブザー音で薬剤師にエラーを通知する。

「ところが、エラーが出ていても、目視で確かめたほうが正解だと思い込み、ブザーを無視して、自分で止めてしまうベテランはけっこういるんですよ」(伊藤氏)

 また、前出の田中氏のような中規模薬局は、監査システムが未導入であることも多い。

「うちは、今でも薬剤師の目だけで監査しています。薬を処方するまでには『調剤』『監査』、そして薬を手渡す『投薬』という3つの段階があり、それぞれ違う薬剤師が担当しています。三重にチェックしているのに、間違えることがあるんです」

 薬剤師の過誤は調剤ミスだけではない。中堅チェーンに勤める薬剤師歴10年の鈴木氏(30代)は、過去に深刻な過誤を起こしたことがある。

「併用薬の確認が不十分で、血栓予防のワーファリンを服用中の方に、カンジダ症の治療に使うフロリードゲル経口用を調剤してしまいました。これらは併用すると出血しやすくなるため、禁忌の組み合わせです。その患者さんは鼻出血が止まらなくなり、入院される事態となりました」

 監査システムがチェックしてくれるのは、あくまで処方箋と異なる薬を出していないかという点。こうした「併用禁忌」については、現在も多くの薬局が目視ですませている。

「ミスは避けられないとはいえ、薬剤師は調剤ミスを犯さないよう、本当に注意を払っているんです。しかし、併用禁忌は、ついチェックが二の次になりがちです。薬剤師は、患者さんに処方した薬を薬歴システムに記録していますが、異なる薬局間の情報共有は、現在は患者さんが持参する『お薬手帳』に頼らざるを得ません。目視ではどうしても見落としが出てしまいますし、処方歴が記録されるマイナ保険証が導入されても、最後は現場の薬剤師の能力次第で、併用禁忌は起こってしまうと思います」(鈴木氏)

 調剤ミス、併用禁忌がなくならない背景には、薬局の過酷な勤務体制があると、薬剤師たちは口を揃える。

薬剤師が一人休むと、現場はまわりません。ふだんからギリギリの人数でやっており、トイレを我慢することもあります。そういった状況が集中力の低下を招き、過誤のリスクを高める要因となっていると感じます」(鈴木氏)

「待ち時間のクレームを受けながら、時間のかかる粉薬の調剤などをするのは大変です。『ほかの薬局に行くから処方箋を返せ』と怒鳴る患者さんもいます」(田中氏)

“ご近所の元気な薬剤師さん”も、常にミスに怯えているのだ。

写真・保坂駱駝、皆川拓哉