今季のプリンス関東1部を2位で終えた浦和ユース。18試合で19失点はリーグ最少だ。写真;河野正

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 高円宮杯JFA U−18プリンスリーグ関東1部は12月3日、各地で最終節の5試合が行なわれた。前節2位以内を確定させて来季のプレミアリーグ昇格を懸けたプレーオフ(12月8、10日・広島市)進出を決めている浦和レッズユースは、健大高崎高を1−0で下し11勝5分2敗、勝点38の2位でリーグ戦が終了。鹿島アントラーズユースが勝点41で優勝した。

 浦和は前半2分、大怪我から復帰して3試合目のMF阿部水帆(3年)の右クロスをFW会田光希(2年)が蹴り込んで早々と先手を取る。その後は攻守が目まぐるしく入れ替わる一進一退の試合展開が続き、前半を1−0で折り返した。

 後半も同じような内容で推移。浦和はFW清水星竜(3年)と会田が両外から敵陣に進出して健大高崎高の守備を切り裂こうとしたが、最終パスの精度に欠けるなどして多くのビッグチャンスは作れなかった。終盤はむしろピンチの連続。23分にCB阿部慎太朗(2年)が決定的なシュートを間一髪の場面で跳ね返せば、30分と37分にはいずれも2年生GK吉澤匠真の好守で事なきを得た。交代枠を使い切った後に会田が負傷したが、残り6分を10人が粘り強く忠実な守備で耐え、虎の子の1点を守り切った。

 4年間コーチを務め、今季から指揮を執る萩村滋則監督は「優勝できなかったことは悔しいし、反省しないといけないが、苦しい状況に見舞われながらも1年間辛抱強く戦ってくれた。80〜90点はつけたい」と穏やかな表情でイレブンを称賛した。
 
 昨季のやり方を大きく方向転換せず、ベースを継続したチーム作りを進めてきた。その中でも指揮官は「長いボールは去年より増え、相手の嫌がる戦い方もできましたが、もっとできたという思いもありますね」と、やはり勝点3差で優勝を逃したことが悔しそうだ。

 昨季は2013年以来2度目のプリンスリーグに降格。1年でのプレミアリーグ復帰を目ざしたが、7勝2分9敗の6位と低迷し、初優勝した昌平高に勝点18もの大差をつけられる不振だった。

 それが一転。シーズンを通じて安定した戦いを堅持できたのは、個と組織の高い守備意識が背景にあったからだ。昨季は18試合で27あった失点が、今季はリーグ最少の19に減った。守備ラインをまとめる主将のDF青柳仰(3年)は、「もちろん守備ラインとGKは身体を張って防御しましたが、前線からのプレスなどチーム全体で守った成果だと思う」と胸を張った。
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 今季は開幕から順調に勝点を積み上げ、前半戦の黒星は第6節の帝京高戦しかなく、後半戦も第10節で三菱養和SCユースに喫した1敗だけ。シーズン2敗は鹿島の3敗を抑えてリーグ最少だ。それでも萩村監督は「引き分け5試合は多かった。特に勝ち試合だった鹿島戦は本当にもったいなかった」と振り返り、敗戦よりも引き分けを恨めしがった。

 この第11節の鹿島戦は2−1の後半アディショナルタイムに失点し、手痛い引き分けとなった。

 今季は2年生が5、6人先発する試合がほとんどだったが、守備と同じく攻めも3年生が牽引した。昨季からレギュラーの清水は、目標通りの二けた得点でチーム最多の10点を挙げた。「自分は言葉でなく、プレーと結果で引っ張るタイプなので10点取れて責任を果たせました。プレーオフでもゴールを決め、チーム一体となって必ず勝ち切りたい」と静かな口調の中にも闘争心をたぎらせた。

 プレミアリーグ参入戦に出場できるのは上位2チームで、唯一のピンチが鹿島学園高と3−3で引き分けた11月18日の第16節だ。翌日3位の東京ヴェルディユースが桐生一高に勝つと浦和は3位に後退し、残り2試合で自力での2位以内が消滅するところだった。それが幸運にも東京Vが引き分けたため2位を死守。17節は矢板中央高に5−3で快勝し、東京Vが帝京高に敗れたことで浦和の2位以内が決まったのだ。
 
 今季は苦難が続いた。阿部水と関谷輝(3年)の両MFが、開幕前にひざのじん帯断裂で長期離脱し、関谷は復帰できなかった。加えて2月にトップチームへ登録されたMF早川隼平(3年)が、4月16日の第3節からユースチームを離れるという苦しい台所事情だった。

 そんな情勢下での2位は立派だ。今季から下部組織を統括する内舘秀樹アカデミーダイレクターは、「誰が出場しても同じレベルの試合ができたことが一番大きく、選手が主体性を持ってやってくれたことも要因ですね。1、2年生は来季に向けていい経験になった」と述べた。

 13年の降格時は復帰までに4シーズンかかったが、今回のプレミアリーグ参入戦を勝ち抜けば2年短縮だ。青柳はプレーオフに向け「レッズに関係するすべての人たちの思いを背負い、広島で熱い戦いをしてきたい。ここまで来たら気持ちです」と誇らしげに左胸のクラブエンブレムに手をやった。

取材・文●河野 正