ヤマト運輸はドライバー不足や長時間労働の常態化に対応する。

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ヤマト運輸が4月13日、宅急便の運賃の引き上げ(27年ぶり)、大口顧客や低単価の顧客に対する荷物量の抑制、配達時間帯の指定区分の見直しや再配達受付の締め切り時間の繰り上げなどサービスの見直しを発表しました。

同社はこれまで、物流システムの効率化ときめ細かなサービスの追求によって顧客の支持を集め、宅配便の取扱個数で50%近いシェアを持っています。また、サービス産業生産性協議会の日本版顧客満足度指数(JCSI)調査では、宅配便市場で8年連続1位の評価を受けています。今回の見直しは、顧客からすれば、サービスの“改悪”に当たりますが、ヤマト運輸や宅配便業界にとってはよい決断だったと思います。

今回のサービスの見直しは、ネット通販の急増に対して人手が足りないために行われたものですが、その背景には、日本における物流コストの低さがあります。日本ロジスティクスシステム協会の物流コスト調査報告書によれば、売上高に占める物流費の割合は、米国の9.3%に対して日本は4.7%にとどまります(2014年の数値による比較)。それだけ、労働者は低賃金というしわ寄せを受けていることになります。

それでも、これまでは労働力の十分な供給があったため、ビジネスは成り立ってきました。しかし、昨今のような人手不足の状況では、賃金を上げるか、仕事のやり方を従業員にとって負担の少ない方向に見直すしかありません。その両方をやろうというのが今回のヤマト運輸の決断です。

そもそも、宅配便に限らず、日本のサービス業の生産性を低くしている理由として、消費者の要求に丁寧に対応しすぎていることが挙げられます。サービスが過剰になっていくことは、競争上仕方のないことです。しかし、人手が足りない状況では、顧客から本当に求められているサービスは何なのか、再検討することも必要でしょう。

例えば、ネット通販の宅配では、翌日配送などが無料で行われることが当たり前になっていますが、本当にそこまでのサービスが必要でしょうか。消費者庁が15年に実施した「消費者意識基本調査」では、店頭で購入した商品や通信販売で注文した商品を、宅配で受け取る際、最速のタイミングで受け取る場合の追加料金について質問したところ、「追加料金が掛かるなら最速でなくてもよい」との回答が60.8%を占めました。「品目や状況によって使い分けたい」が32.8%、「追加料金がかかっても確実に最速のタイミングで受け取りたい」はわずか5.4%でした。この結果を踏まえれば、消費者にコストを意識させれば、もっとゆっくりとしたサービスを普及させることができそうです。

宅配便は、すべてを合算した価格設定になっています。そのため、翌日配達など最速での配達が必要な人も不要な人も、同じ料金を払わされています。そこで、最速での配達を別料金(分離価格)にすれば、サービスの対価が明確になり、消費者はサービスの要不要を判断して利用できるようになり、世の中が本当に求めているサービスに近づくのではないでしょうか。

特に、配達全体の20%を占めるといわれる再配達が、社会的なコスト負担を強いる大きな要因になっています。不在の場合は、基本的に最寄りの営業所まで受け取りに来てもらうようにして、再配達は別料金にしてもよいのではないかと思います。

別料金にすると、サービスの改悪と感じるかもしれませんが、海外ではそれが当たり前の場合もあります。米国の物流企業のUPSでは、再配達のコストを消費者に負担してもらっています。また、中国では在宅率が低いためか、通販で購入した商品は職場に届けられます。日本の宅配業者も中国ではこの方法を採っています。

■なぜ「サービスはタダ」という認識になるのか

日本のサービスが過剰になりやすい理由の1つは、「サービスはタダ」という認識が根強くあることです。欧米では、サービスは人によって異なるため、個別にチップを払う文化があります。それに対して日本では、ホテルやレストランが典型的ですが、常に高品質のサービスを提供する前提で成り立っているため、サービスは包括的で一律の価格設定になっています。そのため、サービスはタダで当たり前という認識になってしまうのです。サービスごとに値段をつけることは、そうした日本人の意識を変える意味でも有効でしょう。

話は少し逸れますが、欧米ではサービスがよい人にはチップがたくさん払われます。これは成果報酬型と言えます。日本の場合は一律ですから、いくらよいサービスをしても相応のリターンは得られません。これは、個々の成績に左右されない年功型賃金にも共通する考え方です。こうした日本的な考え方は、全体の和を保つうえでは有効ですが、人材獲得競争が激しくなる今後は、一人ひとりの仕事をきちんと評価することがより重要になるはずです。

人手不足の状況にどう対応していくかは、サービス業全体に共通する課題です。対応策の1つは自動化です。宅配便で言えば、自動運転のトラックがそう遠くない将来に実現されるでしょう。荷物の仕分けにおいても自動化が期待されます。そのためには、荷物の規格をある程度共通化することが必要になります。ちなみに、ヨーロッパでは花の流通には統一した規格のバケツ(フラワーバケット)が使用されており、荷物の仕分けが自動化しやすくなっています。

■コンビニ業界でも起こりうる

コンビニエンスストアが採用しているような共同配送の仕組みも検討すべきかもしれません。共同配送とは、企業の垣根を越えて、1つのトラックに各社の商品を混載して運ぶことです。同じルートを各社それぞれのトラックで運ぶことは、非効率だからです。例えば、各地域の営業所から配達先までの“ラストワンマイル”を、宅配各社が個別に配達するのではなく、共同配送にする。あるいは、拠点間を結ぶ路線便を共同配送にする方法もあります。いずれにせよ、これまでのやり方では運び切れなくなっているわけですから、物流の仕組みを競争の手段ではなく、社会インフラの視点から政策的に見直すべき段階にあると言えます。

今回はヤマト運輸が話題になりましたが、同様の問題はコンビニ業界でも起こりうる話です。コンビニも消費者の利便性を追求することで、多種多様なサービスを提供するようになりましたが、その結果、店舗の従業員はさまざまなオペレーションをこなさなくてはならず、負担が増しています。そこで、従業員の負担を軽減し、より少人数での店舗運営を可能にするための取り組みが始まっています。例えばローソンでは、レジでの精算と袋詰めを自動化する実証実験を進めています。

なお、ヤマト運輸が今回のようなサービスの見直しを行っても、同社の顧客満足度の高さは恐らく今後も変わらないと思います。なぜなら、同社は丁寧な対応や、約束を守るといったサービスの基本が確立されているからです。むしろ、見直しを迫られたことによって、サービスの無駄な部分がそぎ落とされ、社会最適に向かうのではないかと思います。

これまで日本のサービス業は、顧客のために、あるいは他社との差別化のために投資をして、サービスをひたすら向上させてきました。しかし、労働力の供給量が不足するこれからの時代は、世の中から本当に求められているサービスを見極めつつ、働く人が、より効率よく楽に働けるように投資をしていくことが求められます。

(法政大学経営大学院イノベーションマネジメント研究科教授 小川 孔輔 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)