東龍宮(屏東県枋寮)の北川将軍

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台湾各地に約50カ所

「最初は藤野さんから『日本人が台湾で神様になってるんだよ』という話を聞いて、『なんじゃそりゃ』と思って。かつて台湾は日本の植民地でしたから、そこで日本人が神様として信仰の対象になるっていうのは、普通に考えて不思議だったんですよね」

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 台湾各地で約50カ所が確認されている「日本神」。その現在をとらえたドキュメンタリー映画「軍服を着た神様」の遠藤協(かのう)監督は、最初の印象をこう語る。「藤野さん」こと文化人類学者の藤野陽平氏は遠藤監督の大学時代の先輩。この映画では「旅人」とクレジットされている。

東龍宮(屏東県枋寮)の北川将軍

 2人が出会う日本神のほとんどは軍人で、タイトル通りに軍服を着ている。そこで日本人の多くは台湾の親日感情と結び付け、台湾は50年間にわたる日本の植民地支配(1895〜1945年)を否定していないのではないか、といった解釈をするかもしれない。

「でも、行ってみるとそれだけでは解決しないというか、まったく違う論理で日本人を神様にしていたことが一目見てわかったので、まずはそれを丁寧に取材して、日本の皆さんに紹介することが大事な仕事だと思いました」

台湾が過ごした「戦後80年」

 藤野氏との台湾行きは2019年から。コロナ禍を挟んで1週間から10日間ほどの滞在を繰り返した。台湾で日本神の調査が始まったのは2013年のこと。地元の人しか知らなかった神様も多く、現在も新たな発見が続いているという。

「行ってみると、驚くべき出会いが次々と訪れて、僕たちが取材しに来るのを待っていたんじゃないかと思うような、不思議な巡り合わせがたくさん起きました。信仰している人たちも非常に熱心なので、奇跡を引き寄せてしまうようなところが多々あって、それに巻き込まれた感じもありましたね(笑)」

 107分にまとめられた映画「軍服を着た神様」は、そうした不思議をそのまま記録したような映像となった。研究の一分野だが、正面から解説する箇所はひとつもない。そこにあるのは、遠藤監督が現場で体験した“驚き”と、空気や光、人々の表情から伝わる“台湾の時間”である。

「台湾で起きていることなので、空気感や光などもなるべく切り取りたいと考えました。それと、裏テーマのようなものとしては、映画のなかに“台湾の時間”を残したかった。つまり、日本と台湾は、一時期は同じ国でしたが、日本が敗戦で台湾を放棄すると、それぞれが違う戦後の時間をたどりました。もともとかなり違う文化だったと思いますが、戦後80年間に違った時を過ごしてきたことが、日本神の現象でもたくさん現れています」

「亡霊」を「神様」とするプロセス

 日本とは異なる台湾の80年。日本神の存在とはその時間の“結果”でもあるという。

「日本の植民地経営には様々な“差別と抑圧”があったので、台湾人には隠された傷のようなものが残っていたのではと思うんですね。日本の後に国民党が来ると、30〜40年ほどは日本時代について触れることができなくなったので、記憶としてはますます抑圧された、未消化の状態であり続けたというか。その消化されていないものが、たとえば(台湾各地で語られている日本兵の)亡霊(現地では「鬼」)となって現れたと」

 日本神になるまでの経緯はほぼ共通している。“亡霊”として現れ、祟られたくない民衆から祀られる。そのうちシャーマンを介して民衆の小さな相談に乗るようになり、ご利益が確認されて神様となっていく。このプロセスの背景に“未消化の過去”があり、日本神とは「そうしたものと決着をつけるひとつの方法」ではないかという見立てだ。

「人間は幽霊をコントロールできないけれど、神様やご先祖ならできる。ちゃんと捧げものをあげて拝んでいれば悪いことをしないわけですから。ですから、コントロールできない歴史や記憶を、それができる別のものに“置き換えた”と見ることもできる。台湾の民衆が植民地時代と向き合うひとつの方法と言いますか」

過去の歴史を超越する

 この置き換えにより“神様としての時間”が新たに始まる。

「祟らないように亡霊を祀るというプロセス自体は理解できます。でも結局、祀っている側にとっては身近な神様の1柱なんですよね。交際相手との結婚家族の不仲といった相談に乗ってくれて、助言が当たったり願いが叶ったりするうちに親近感がわいてくる。そうなると、先生や先輩みたいな感じで距離感が埋まっていくので、元々の出自はどうでもよくなっていく。過去の歴史を超越していくような関係性ですね。そうやって、(過去と現在の)感情をある意味で統一しているような気がします」

 人間たちが新しい歴史と記憶を綴る一方、祀られた側にも“前進”が必要だ。台湾は神様が“ランク制”で、元亡霊の日本神はまず“亡霊以上・正神未満”の「陰神」となる。そこから正神(きちんとした神様)となるには、民衆の小さな相談に乗って修行を積まねばならない。

「僕はそれがわかってきた時、日本神のことがますます好きになったんです。すごく人間的じゃないですか。『ああ、僕たち生きている人間と同じなんだな』と(笑)。切磋琢磨して、まだ努力を続けていかなきゃいけない。神様といってもまだ不完全な存在で、修行をしていかないとより良い神様にはなれない。そういうまだ生まれたての神様である彼らを見守ることができるのは、僕ら生きている側にとってもなんというか、すごく励みになります(笑)」

一家で「神様になったご先祖様」のもとへ

 日本神とそれを祀る民衆の時間は、台湾だけのものとして流れていった。では、日本ではどうだろうか。映画で紹介される日本神の1人、東龍宮(屏東県)に祀られている北川直征(北川将軍)のもとには、日本から子孫である北川一家が訪れる。ネットで東龍宮の存在を知った子孫が、家系図を手に直接訪問したのが交流のきっかけだった。

「北川家は本当に大喜びなんですよ。忘れていたご先祖様を思い出すことができて、ご先祖様の台湾での最期もわかってきた。神様になって祀られていることも驚きつつ喜んでいますね。北川夫妻には長くお子さんがいらっしゃらなかったんですが、北川将軍から石さん(北川将軍の言葉を伝えるシャーマン。東龍宮を建立した)を通じて『日本に帰ったらできる』と言われて。そうしたら、本当に生まれたんです」

 とはいえ、そこにはズレがある。日本から見ればご先祖様または英霊、台湾から見ると元は亡霊だった神様だ。そのズレを包括して、なおかつ共感をもたらすものとは、「人は死んでも魂は残る」といった東アジアに共通する価値観だという。

「昨年、韓国でこの作品のワールドプレミアをやりました。中国と韓国では上映できないと思っていましたが、行ってみたら韓国の皆さんが目から鱗みたいな感じで『そういうことか』と。韓国人も“ご先祖様をどう扱うか”という点に大きな関心があります。儒教の国だった韓国は“子孫がご先祖様を祀らないとよくないことが起きる”といった観念がより強いので、日本神のことも理解できたようです。そうした東アジアの共感性には、希望を感じましたね」

戸惑いから始まる新たな理解

 日本の試写では“微妙な反応“も見受けられた。

「植民地時代の軍人が神様になっていることを、今の日本人の立場でどう評価すればいいのか、皆さん戸惑うようですね。ただ、そういう戸惑いが生じること自体は真っ当な生理反応かなと。台湾は大いなる異文化であり、他者ですから、そんなにやすやすと理解できないと思うんですよ。だから、その戸惑いをきっかけにして台湾の不思議な魅力をもう少し知ってもらえたら、それは映画として成功だろうと」

 台湾の研究者たちも、日本神の研究に本腰を入れ始めている。歴史的に人とモノの交差点であった台湾には西洋人の神様も存在するが、圧倒的に多いのは日本神だ。

「日台の歴史が重なっていることがその大きな要因ですが、まだまだ汲み尽くせないものがあるので、今後も研究と調査を続けるつもりです。台湾の研究者たちもありふれた陰神のひとつとしてあまり気にしていなかったけれど、僕ら日本人が騒ぎ始めて認識が変わりつつあるようです。ちょっと違った流れが生まれる気はします」

 もちろん、前述の通り日本神たちの修業も続く。

「関帝(関羽)や媽祖といった神様ももとは人間で、数百年経ってから代表的な神様になりました。日本神は誕生してから長くても100年ぐらいですから、200〜300年経ったらすごい神様になっている可能性もあります(笑)。生まれたばかりの神様を見ている状況はすごくおもしろいですし、記録に残していく意味も十分あると思うんです」

 生者は死者を尊び、死者は生者たちを結びつける。そして、日本と台湾を再び出会わせる。

『軍服を着た神様』(※黄色部分にリンク https://sansarofilm.com/kamisama/)全国順次公開中
配給:三叉路フィルム (C)2025 SANSARO FILM LLC

遠藤協(えんどう・かのう)
1980年生まれ。日本各地や台湾でドキュメンタリー映画・民族誌映画・文化財映像などを制作する映像記録作家。「三叉路フィルム」代表。記録映像の企画・制作・上映公開・保存継承も手掛ける。

デイリー新潮編集部