声優の「声」は名刺と同じ(写真はイメージ)

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声優にとっては、声というのが皆さんにとっての名刺みたいなものなんです」

 アニメ「ルパン三世」の石川五エ門の声で知られる声優の浪川大輔さんは5月、東京・霞が関の法務省で、こう訴えた。このような声優たちの切実な意見を受け、法務省は7月13日、著名人の財産的価値を保護する「パブリシティ権」に、姿格好(肖像)だけでなく声も含まれるとの見解を指針(ガイドライン)に盛り込む方針を明らかにし、27日にその報告書案を大筋で了承した。AI(人工知能)を使って声を無断で生成し使用した場合は、民事上の責任が問われることとなる。

【写真を見る】「声は商売道具。勝手に使うな」 “NO MORE 無断生成AI”を訴える声優たちの姿

「進撃の巨人」のエレンも訴え

 冒頭の場面は、法務省が4月に立ち上げた有識者検討会の第2回会合に出席を求められた声優たちが、声を上げたシーンの一コマ。ほかにも「進撃の巨人」の人気キャラクター、エレン・イェーガーや「僕のヒーローアカデミア」の轟焦凍の声を担当する梶裕貴さんや、実写映画「プラダを着た悪魔」と今年公開の続編で主演を務めたハリウッド女優のアン・ハサウェイの吹き替えをはじめ、「銀魂」の月詠の声などを担当した甲斐田裕子さんらが出席。検討会の委員から意見を求められた。

声優の「声」は名刺と同じ(写真はイメージ)

 そもそもパブリシティ権とは何か。法務省関係者はこう説明する。

「肖像権や著作権と混同されがちですが、全く違うものです。肖像権は盗撮から守るべき人権。著作権はその名の通り、作品の作者の権利。それに対し、パブリシティ権は肖像などに財産的価値がある場合に保護されるべき権利。つまり著名人や有名人の権利です」

 だが、そもそも日本には著名人が自身の肖像や名前の商業的価値を独占できる権利を保護するための明文化された法律がない。だから刑事上の罰を受けることはない。ただし、民事上は責任を問われるケースがある。その唯一の拠り所が“ピンク・レディー事件”とされている。

 では、ピンク・レディー事件とは何か。

 この事件は、女性週刊誌が2007年に掲載した「ピンク・レディーdeダイエット」という記事で、1970年代後半に活躍した彼女たちの写真14枚を無断使用したことに対し、ピンク・レディー側がパブリシティ権の侵害として損害賠償を求めた裁判のこと。最高裁は2012年に侵害は否定したものの、「どういう場合なら違法、つまりパブリシティ権の侵害になるのか」という3つの類型を初めて明示した。

 それを具体例で示すと、無断のブロマイド(コレクション用肖像写真)であり、無断のキャラクターグッズであり、無断でCMに使用したケースだった。この判例がパブリシティ権の判断基準を初めて確立した最高裁のリーディングケース(最重要判例)となっている。「ただし」、と前置きした日弁連関係者が、こう続ける。

「最高裁の判決文に書かれた文言はあくまで『人の氏名、肖像等』であり、この『等』がくせものだった。私たち法曹3者の間では『等』には芸名やサイン、声が含まれるとの認識で一致していますが、実は声だけは裁判で証拠化しにくいという実務上の問題もあるのです」

 写真はもちろん、芸名の盗用は簡単に証拠として明示できる。「サインを“パクって”も筆跡鑑定という手段がある」(同日弁連関係者)。つまり、視覚に訴える証拠は明示できる。だが、声が「同じ」または「酷似している」というのは主観が挟まるというわけだ。「聞くと酷似しているが、声紋鑑定したら別物という真逆の証拠になる可能性もある」(同)のだ。

アイコラの問題は25年も前

「ツダケンの声がする」「本物の声かと思った」

 これはTiTok上に投稿された、声優で俳優の津田健次郎さんが声を生成AIで無断のまま模倣された動画のコメント欄に寄せられた声だ。フェイク動画の投稿は2024年夏に始まり、津田さん側がプラットフォーム運営会社を昨年11月に提訴したことが、問題が大きく動くきっかけとなった。

 昨年からエンタメ業界や声優らからSOSの声が広がり、法務省が今年4月に検討会を立ち上げると、津田さん側が昨年、提訴に踏み切っていた事実が表面化。「検討を急ぐべき」との声が一気に高まったため、早期の指針づくりが後押しされたかたちだ。

 ある警察関係者はこう話す。

「アイコラ(アイドルコラージュ)のアダルト画像が刑事事件になったのは、もう25年も前のことです。2001年2月、女性アイドルの顔写真をデジタル合成した裸の画像について、芸能事務所とタレント本人から前年に刑事告訴を受け、画像を雑誌に掲載した出版社長らを名誉棄損の容疑で警視庁捜査2課が逮捕した事件です。やっぱり静止画や動画は、分かりやすいんです。今、声に注目が集まっているのは、生成AIという驚異的な再現技術ができたからでしょう。モノマネ芸人さんの声まねとは、レベルが違い過ぎます」

 2024年、SNS(交流サイト)でジャーナリストの池上彰さんや実業家の堀江貴文さん、経済アナリストの森永卓郎さん(昨年1月死去)になりすまして現金をだまし取っていたとして、福島県警が詐欺の疑いで東京都墨田区の中国籍で会社役員の男を逮捕した。この投資詐欺事件では、AIのフェイク動画に名前や肖像に加えて声が悪用されていた。

詐欺事件の最重要ツールにも

 池上さんはいくつかのアニメ作品で自身を模したキャラクター役としてアフレコ(声優)にも挑戦。「サザエさん」では2019年に特別番組内のアニメに本人役として出演し、「(キャラクターが)格好がよすぎて恥ずかしかった」などとコメントしていた。

 前出の警察関係者は「実は視覚に訴えるフェイク画像は昔からあるだけに、疑いももたれやすい。一方で聴覚に訴える詐欺にはまだ、一般の人たちは慣れていないんです。特殊詐欺やSNS型の詐欺は巧妙化する一方ですが、池上さんのような信頼ある人の声は詐欺の最重要ツールとなってしまっているのです」と指摘する。

 法務省の検討会は7月、ピンク・レディー事件の判決のロジック(論理)をベースとして視覚、すなわち「見た目」に適用されていたルールを聴覚=「音声」へと拡張させる形で指針を作ると決定した。法務省ではスピード感を重視し、法制審議会への諮問や法改正、新法の制定は不要であって、即効性のある現行法の解釈の指針で十分に対応は可能と判断。ものまねや声まねについては原則として権利の侵害にあたらないとしており、本人の声をもとにAIを使って無断で生成する場合とは明確に区別した。

 その上で、AIによるフェイク音声の作成だけでなく、サービスの提供も違法になるとしており、8月にも正式に指針を公表する方針だ。警視庁元幹部は早くも、こう推測する。

「パブリシティ権は、現時点では民事上の問題ですが、フェイク動画が詐欺に多用されている事実を踏まえれば、生成AIで偽造された画像や声が『なぜ刑事罰の対象にならないのか』という不満の声が急増していくことは、間違いないでしょう。民事上の責任はもちろんのこと、刑事上の責任、つまり刑事事件にすべきだという流れになるはずです。そうなればAIで声を偽造された声優の権利が、アイコラで権利を侵害された女性アイドルや女優のように守られることとなるはずです」

岡本純一(おかもと・じゅんいち)
ジャーナリスト。特捜検察の捜査解説や検察内部の暗闘劇など司法分野を中心に執筆。月刊誌「新潮45」(休刊中)では過去に「裏金太り『小沢一郎』が逮捕される日」や「なぜ『東京高検検事長』は小沢一郎を守ったか」などの特集記事を手掛けた。

デイリー新潮編集部