阪神・藤川監督 一丸星を強調「結束力をここで発揮できた」 8回大山への死球で乱闘騒ぎも“手打ち宣言”
◇セ・リーグ 阪神4―2広島(2026年7月19日 マツダスタジアム)
両軍が入り乱れる乱闘騒ぎが起きた。8回、阪神・佐藤輝の2点二塁打で勝ち越した直後、続く大山がハーンの154キロを左脇腹付近に受けた。当たるやいなや、藤川監督はベンチを飛び出す。コーチ、選手も続いた。カープサイドも呼応し、本塁付近で両軍が集まった。マツダスタジアムはどよめきに包まれ、その後「警告試合」が発せられた。
このカードは積み重なった因縁がある。4月には近本が左手首を骨折。この3連戦の初戦は3死球を受け、前川は右肩甲骨を骨折した。一連の流れを受け、藤川監督は苦言を呈した。たまりにたまったマグマの噴出が危惧されたが、決定的な衝突は起きなかった。
藤川監督はハーンに近寄って言葉をかけ、帽子を取って謝罪の意を示した新井監督と肩を叩き合った。試合後の藤川監督の言葉からは、前日までの怒気が消えていた。
「グラウンド上では熱いけれど、グラウンドを離れれば、みんな前向きに進むというのが野球界の素晴らしいところ。ゲーム中は争うことはあると思う。でも、本音は12球団含めて野球界を伸ばせるように頑張りたい」
事実上の手打ち宣言だった。
むしろ強調したかったのは、逆境で見せたチームの粘りだった。村上は6回のピンチで連続三振を奪い、追加点を許さなかった。7回は坂本が同点ソロ。8回は森下の左前打で、中野が一塁から三塁を陥れた。佐藤輝のV打までの過程こそ勝因とばかりに、「結束力をここで発揮できた。自分の中ではベストゲーム」と喜んだ。
幸い、大山は「大丈夫です」と強調した。死球騒動はこの日で一区切り。新たな気持ちで首位街道を歩む。(倉世古 洋平)
≪死球をめぐる藤川阪神と新井カープのトラブル≫
★25年4月20日(甲子園) 8回1死一、二塁で坂本が岡本から頭部死球を受ける。激高した藤川監督は坂本に止められて一度は引き返すも広島ベンチの声に反応したのか再び鬼の形相に。両軍が本塁付近に集まり一時球場は騒然となった。岡本が危険球退場となり、警告試合が宣告された。
★26年4月25日(甲子園) 初回1死二塁で森下がターノックの146キロを左手首付近に受け打席でうずくまる。一度はベンチ裏に退いたが、出場を続行した。
★同26日(甲子園) 8回2死、近本が高の151キロ直球を左手首付近に受けて交代。直行した病院で左手首の骨折と診断され、7月11日の復帰まで2カ月半の離脱を余儀なくされた。
★同7月17日(マツダ) 7回1死二、三塁、前川が島内の152キロ直球を背中に受けて交代。広島市内の病院で右肩甲骨の骨折と診断され、翌18日に登録を抹消された。前川はゲーム2死球。大山も2回にアドゥワの死球を受けた。

