「毎日やることがなくて…」〈年金月29万円・貯蓄6,500万円〉68歳男性、退屈な老後を変えた“意外な習慣”
経済的に余裕があれば、充実した老後を送れるとは限りません。仕事を離れたあとに役割や人とのつながりを失い、時間を持て余す人もいます。高齢期の生活では、お金だけでなく、毎日続けられる予定や、誰かと関わる機会を持つことも大切です。
お金の心配はない。それでも長すぎる一日を持て余す
良一さん(仮名・68歳)は、妻の康子さん(仮名・66歳)と二人で暮らしています。夫婦の年金は月29万円ほど。貯蓄も約6,500万円あり、住宅ローンはすでに完済していました。
会社員時代は営業部門の管理職として忙しく働き、退職後には旅行やゴルフを楽しむつもりでした。
「これからは、好きなことだけして暮らせるな」
退職した当初、良一さんは解放感を覚えていました。平日の空いている時間に温泉へ行き、気になっていた家電を買い、妻と外食もしました。
しかし、その生活は長く続きませんでした。旅行は準備に手間がかかり、ゴルフ仲間も仕事や家庭の都合で頻繁には集まりません。見たい映画やドラマも一通り見終えると、昼前からすることがなくなりました。
朝食後は新聞を読み、テレビを見ながら昼食を取る。午後は昼寝をし、夕方になると晩酌を始める。そんな日が続きます。
「今日は何をしてたの?」
買い物から帰った康子さんに聞かれても、良一さんは答えられませんでした。
「別に。家にいただけだよ」
一方、康子さんには趣味の教室や友人との予定がありました。
「明日は午後から出かけるから、お昼は自分でお願いね」
そう言われるたび、良一さんは取り残されたような気持ちになりました。
ある日、娘から孫の写真が送られてきました。良一さんがすぐに電話をかけると、娘は仕事中だったようで、短く言いました。
「お父さん、急ぎじゃないなら夜にして。今忙しいから」
電話を切ったあと、良一さんは、自分だけが時間を持て余していることに気づきました。
「金の心配さえなければ、老後は楽しいと思っていたんだけどな」
貯蓄残高を確認しても、気持ちは満たされません。むしろ何の予定もない一日が翌日も、その次の日も続くことが不安になっていきました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、何らかの社会活動に参加した65歳以上の人のうち、生きがいを「十分感じている」または「多少感じている」と答えた人は84.6%でした。いずれの活動にも参加していない人より23.0ポイント高く、社会との関わりと生きがいには一定の関連がみられます。
以前は翌日の予定など気にしなかったが…見つけた“意外な習慣”
転機は、康子さんから言われた一言でした。
「最近、朝からずっと座っているでしょう。少し歩いてきたら?」
自分でも運動不足を感じていた良一さんは翌朝、近所の公園まで歩くことにします。
公園へ向かう途中、植え込みのそばに空き缶が落ちていました。一度通り過ぎましたが、帰り道でもそのままだったため、拾って近くのごみ箱へ捨てました。
翌日には、菓子の袋が落ちていました。その次の日は、たばこの箱です。
「どうせ歩くなら、袋でも持っていくか」
良一さんは、毎朝小さなごみ袋と火ばさみを持って歩くようになりました。特別な使命感があったわけではありません。目についたごみを拾えば、散歩にも目的ができると思っただけでした。
数日後、犬を連れた女性から声をかけられました。
「いつもキレイにしてくださって、ありがとうございます」
「いや、暇つぶしですよ」
そう答えながらも、良一さんは少し嬉しくなりました。
やがて、登校中の小学生が「おはようございます」と挨拶してくれるようになり、公園で体操をする人たちとも言葉を交わすようになりました。
雨の日には、窓の外を見ながら「今日は行けないな」と残念に思う自分がいました。以前は翌日の予定など気にしなかったのに、今では起床時間も自然と決まっています。
地域の清掃活動をしている男性から、「月に一度、一緒にやりませんか」と誘われたことをきっかけに、自治会の清掃にも参加するようになりました。そこでは、ごみを拾うだけでなく、一人暮らしの高齢者への声かけや、公園の設備に異常がないかを確認する役割もありました。
「私にも、できることがあるんですね」
良一さんがそう言うと、担当者は笑いました。
「毎回来てくれるだけで助かりますよ」
良一さんの一日の感じ方は大きく変わりました。
朝に外へ出れば、顔見知りに会う。清掃日には自分を待っている人がいる。帰宅後は康子さんに、その日あったことを話すようにもなりました。
「毎日やることがない」と悩んでいた良一さんの生活を変えたのは、高額な旅行や新しい趣味ではなく、ごみ袋を持って同じ道を歩くという小さな習慣でした。
老後の安心には、生活を支える資金が欠かせません。しかし自由な時間を充実させるには、金銭だけでなく、外へ出る理由や自分の役割も必要です。
無理なく続けられ、誰かと緩やかにつながれる習慣を持つことが、長い老後を自分らしく過ごすきっかけになるのかもしれません。

