じつは”世界4位”の守備力…ブラジルに逆転負けした日本代表が「胸を張れる」データの中身
先のW杯決勝トーナメント一回戦で、日本代表は優勝候補ブラジルに1-2の逆転負け。だが「負けた」という印象だけで評価を終えるのは早計だ。近年進展が著しいスポーツデータの解析結果を追うと、日本代表の意外な浮かび上がる。『マネーの代理人たち』の著者で、経済ジャーナリストの小出・フィッシャー・美奈氏が解説する。
データが物語る「ブラジルに圧倒された」W杯
先のワールドカップ決勝トーナメント一回戦で、日本は強豪ブラジル相手に前半戦リードと奮闘したが、試合開始から95分のアディショナルタイムで惜しくも逆転負けした。でも、日本のFIFAランキングは17位。ブラジルは5位(7月1日現在)だから、格上チーム相手に善戦したと評価されるべきだろう。
日本で合法に賭けられるスポーツくじWINNERでは、対ブラジル戦で日本勝利を予想した人が38%だった (引分け19%、ブラジル勝利43%)。スポーツデータサービスOpta(オプタ)の事前予測では日本勝利の確率が18.9% (ブラジル勝利57.3%、延長戦23.8%)だったことと比べると、賭けで儲けようというより、日本チームを応援する気持ちでくじを買った人が多かったことが分かる。
ちなみに上記のFIFAランキングは、今年から試合の進行に応じて「リアルタイム」で変わる方式になった。また、参加チームが32から48、試合数では100以上に拡大されたことで、W杯をめぐるスポーツベッティング(関連記事:アメリカではすでに「3兆円市場」の「オンライン賭博」だが…日本で蔓延したときの「恐ろしすぎる末路」) も、日本円で8〜10 兆円規模(複数調査会社)と過去最大に膨らんでいるが、こちらのオッズやランキングも刻々と変化する。
それを可能にするのは、選手やボールの位置やシュート、パスの数や角度など、膨大な情報をライブ追跡して集計するデータサービスだ。2022年からはサッカーボールにもセンサーが搭載されており、選手がボールに接触するつど、情報がセンターに送られる。
こうしたスポーツのデータ化については、観戦中、視聴画面にやたらと数字やグラフが出てくるのをうるさいと感じる人もいるし、それがスポーツギャンブルに結びついていることへの反発もある。
そもそも、スポーツは「ただの数字」じゃないはずだ。神わざプレーの裏にあるアスリートの日々の努力や、仲間と喜びや口惜しさを分かち合うチームワーク、目には見えないけどはっきりと感じられる試合の勢い。そして、何よりも、観客と選手が一つになるような一体感や感動は数字には表れないーー。
でも、一方では数字によって、それまで漠然と感覚的に捉えていたことが可視化されるメリットもある。
例えば、「なんだか押されてるな、でも日本も粘り強いぞ」と感じられた対ブラジル戦。Opta算出の「ボール支配率(ポゼッション)」を見ると、ブラジル68.6%に対して日本が31.4%。ブラジルが終始ボールを支配して優勢だったことが、数字から確認できる。
シュート数はブラジル19本に対して日本が5本(うちゴール枠シュートは、それぞれ7本と2本)と、得点の機会でもブラジルが日本を圧倒した。日本の「鉄壁」守備ラインも、何度も攻め込まれるうちに、最後に崩れてしまったことがうかがえる。
それでも日本の隠れた実力は、次のような数字に現れる。Optaがはじいた「ゴール期待値(Expected Goals, xG)」は、ブラジルが1.72、日本が0.23だった。これは、シュートの距離や角度、シュート前のパスや相手の配置など、過去の膨大なデータから推定されるゴール成功の確率のことで、「チャンスの質」と言ってもいい。単純な例では、ゴールから遠いシュートより、近いシュートの方が期待値xGは上がる。
つまり、ブラジルがチャンス1.72に比較的近い得点2を挙げたのに比べて、日本は0.23とチャンスがゼロに近い厳しい状況のもと、その少ないチャンスを見事にモノにして、得点1に結びつけた、と読み取れるのだ。
さらに守備については、スイスのスポーツ調査機関CIESが、日本代表の「被ゴール期待値 (Expected Goals Against, xGA)」を、世界で4番目に低い0.47と算出した。xGAは相手側シュートによってどれだけ失点するリスクがあるか、という指標なので、数値が低いほど守りが優れていることになる。このデータは、日本の防御力が、スペイン、アルゼンチン、ポルトガルに次ぎ、優勝候補のフランスを凌ぐ世界トップレベルであることを雄弁に物語る。
こうやってデータを追うと、トルシエ元監督がチームの善戦を称えて言った「日本は頭を高く上げてこのW杯を去る」という言葉が、より深く理解できる。
「チームワーク」も可視化するクオンツモデル
ワールドカップなどのスポーツの大イベントでは、前述のOpta(米StatsPerform社のブランド名)や、サッカーの解析で群を抜くStatsBomb(スタッツボンブ、米Hudl社傘下)など、耳慣れないスポーツデータ会社の名前を目にする機会が増えた。
さらに、スポーツベッティングの市場規模が1000〜2000億ドル(約16〜32兆円)に拡大する中、DraftKingsなどのブックメーカーにデータを売る「インフラ屋」として急成長しているのが、スイスのSportradar(スポーツレーダー)と英国のGenius Sports (ジーニアス・スポーツ)の二つの上場企業だ。どちらも2001年創業と比較的若い企業だが、過去5年間、売上を毎年2〜3割伸ばし、日本円で1000〜2000億円を稼いでいる。
ヘッジファンドなどの金融工学で使われてきたデータ手法がスポーツの世界に浸透する「マネーボール化」については、過去記事〈大谷翔平選手も無視できない?米スポーツ界を席巻する「金融系オーナー」と「超データ思考」〉でも取り上げたが、これらの企業も、数学や情報工学の博士号取得者など、高度な数理処理スキルを持つ「クオンツ」人材を競って雇い、精緻なAIアルゴリズムや確率モデルの開発を行う。
そこでは、これまで目に見えないと思われてきた「チームワーク」や試合の「勢い」などもデータで可視化する取り組みが行われている。
「チームワーク」の分析については、まさにサッカーがうってつけだ。投手が一球投げ、打者がバットを振るごとに打率や防御率、出塁率などのデータがすっきり整理できる野球と違って、常時ピッチに22人が入り乱れるサッカーは、本来数値化が難しい競技だとされてきた。
だが、OptaやStatsBombは、サッカーピッチを細かいマス目で区切った座標マトリックスと捉え、選手を点(ノード、要素)、選手間のパスを線(リンク、関係性)にしてグラフ化することで、これを可視化する。
(*Opta AnalystのXなどでも分析画像を確認できる)
例えば、パス交換が多い選手間では線が太くなるが、これを時間を追って分析すれば、常にパスの中心となる重要選手がいるかどうかが分かる。相手チームのパスの流れが特定選手に偏っているのなら、その選手を徹底的にマークすれば、相手の攻撃を分断することができる。
サッカーの計量モデルで有名なのが、2010年ワールドカップで優勝したスペイン代表のプレイを分析したロンドン大数学者らの論文だ。この論文は、スペインの勝因が、ボールの流れを特定プレーヤーに依存させない「ネットワーク」プレイにあったことを「複雑ネットワーク理論」を使って数学的に証明した。
論文には「クラスタ係数」や「中心性指標の時系列」などのグラフが沢山出てきて何のこっちゃ、という感じになるが、要はスペインチームがTiki-Taka(ティキタカ)と呼ばれる短くて速いパスを偏りなく味方同士で回しあい、結びつき(クラスタ)の密接なプレーでボール支配を高めたことが勝因につながったことを示している。
特定のプレーヤーに偏らないパスを「チームワーク」を測る一つの方法と考えれば、それをグラフや数値にして「チームワーク」の優劣を比べることもできるわけだ。
スポーツの感動くらいは…
試合の「勢い」についても、データ会社が「モメンタムチャート」というグラフを作っている。これに使われるのは「ボール支配の期待価値(Expected Possession Value, xPV」という確率で、支配したボールが得点に結びつく可能性を示す。例えば、敵陣ゴール近くまでボールを運べばxPVは跳ね上がるが、相手の攻撃に押されてバックパスを選択すればxPVは下がる。
このxPVが時間とともに上昇しているのか、それとも下向きなのかを追えば、今どちらのチームに「勢い(モメンタム)」があるかが可視化できるというわけだ。
そして、今やスポーツの「感動」さえも数値化する研究が多数行われているという。皮膚の電気反応や心拍、脳活動の変化についての膨大なデータを集積して、観客や選手の感情が同調するのを計測・モデル化する、などといった手法だ。
ここまでくると、正直、スポーツ観戦のささやかな感動くらいは、そっとしておいてほしいという気にもなる。
スポーツの放映権やベッティング、データ産業に巨大マネーが流れる中、こうした「クオンツ思考」は、アマチュアスポーツにも広がりつつある。放映権収入が何千億円という米国の大学アメフトでは、すでにエリートチームが数十人ものアナリストを雇って、試合や選手をつぶさに数量分析している。
「巨人の星」の昭和の日本では、スポーツと言えばまず「根性」だった。その後、メッシも愛読した「キャプテン翼」の頃からは、頑張るよりもスポーツを楽しむ天才肌の主人公が登場して考え方も変わってきた。今後は学校の「部活」でも、「キャプテン翼」に出てくる「井出保くん」のようなデータおたく・頭脳タイプがもっと重宝されるかもしれない。
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