日本地理は「移動」でできている…分断の時代に「線を引く」ことを問いなおす
日本は「東西」で語れるのか、「中部地方」は存在するのか、何が「裏日本」をつくったのか……発売たちまち大重版が決まった新刊『新しい日本地理――地図・統計・移動から読み解く』では、大量の統計地図から日本列島をさまざまなしかたで問いなおしている。
日本を「問いなおす」とはどういうことか。カラー図版の意味、そして権力としての地図・統計……『移動と階級』著者で社会学者の伊藤将人氏による『新しい日本地理』書評を掲載する。
線を引きたがる私たち
単純化された世界の見方に、いかに抗っていくべきなのか。そんなことを、日々、悶々と考えている。
「人口減少社会に地方は維持できないから、みんな大都市に住むべき」、「外国人観光客なんていらない、移民なんていらない」、「どこそこの地域は男尊女卑が根付いているから」などの断言につぐ断言、線引きにつぐ線引き、分断につぐ分断。
人間は、昔から「線を引く」ことが好きである。複雑なものを複雑なまま受け入れつづけると、脳は疲弊してしまう。脳にかかる情報処理の負荷を軽くするために、言い換えれば自己決定の頻度を少なくするために、右と左、東と西、北と南、都市と地方、日本と日本以外、といった具合にさまざまな線を引いて、それぞれに名前をつけて、世界を理解しているわけである。
重永瞬著『新しい日本地理』は、線を引くという営みを考えるうえで多くの示唆を与えてくれる。この本の企ては、日本を「新しく分ける」ことにある。ただし、私なりに理解すると、新たに線を引くという意味にとどまらず、「線を引く」という営みそのものを問いなおすことを著者は目指している。
たとえば、本書は「あなたは都道府県魅力度ランキングを知っているだろうか。私はあれが大嫌いだ」という、なかなかにセンセーショナルな書き出しから始まる。
ランキング化は、一種の線引きと整理の技法である。本来、比べようのないものを、半ば強引に一列に並べる。北海道が上位で、京都府や沖縄県がそれにつづき、埼玉県や茨城県や群馬県が下位にくる。並べて整理した上で、実態のない線が引かれ、上位と下位に分けられる。
たしかに、ランキング化することでわかることもある。しかし、そのわかりやすさは、同時に何かを見えなくしてはいないだろうか。県境を越えて広がる生活圏や文化圏、通勤圏、買い物圏の実態は、ランキングには反映されないことがほとんどである。
私自身、日常生活のなかで神奈川県と東京都とを行ったり来たりしているが、そうした暮らしのリアルは都道府県ランキングには反映されない。著者の言葉を用いれば、ランキング化によって「土地の連続性」が不可視化されてしまうのである。
カラー図版の多さが意味すること
本書を読んで驚いたのは、カラー図版の多さである。新書でありながら、カラー図版が、これでもかと載っている。「興味はあるけど、文字が多そうで……」という方でも、眺めているだけで楽しいと思うので、ぜひ一度手に取ってみてほしい。
では、なぜカラー図版が多いのか。勝手な憶測だが、カラー図版の多さは、見やすさだけが理由ではない気がしている。
色の本質は、そのグラデーションにあると考えてみよう。虹は七色と言われるが、どれだけ目を凝らしても、厳密な色の境目を見つけることはできない。色鉛筆も便宜的に色に線を引き、名前をつけているが、それぞれの色の間には本来、際限のない無数の色が存在する。
もしも、本書が全編、白黒だったとしたら――。きっと、日本地理を形づくるグラデーションをここまで直感的・直接的に感じることは難しかっただろう。
つまり何が言いたいのかというと、日本列島もまた、そうしたグラデーションによってできているということである。カラー図版によって示されるのは、引かれた線それ自体の重要性ではなく、むしろ、その濃淡、変化、グラデーションにあるように感じるのである。
この世には絶対的で、厳密な境界などというものは存在しない。交差し、重なりあい、似通い、影響し合う、そうした曖昧さの集合体として、日本列島が、そして日本地理が存在していることを多くのカラー図版は教えてくれるのだ。
地図・統計という権力
もう一つ着目したいのが、本書の副題「地図・統計・移動から読み解く」である。
地図と統計は、国民国家が社会を把握し、管理し、統治するための代表的な技法である。どこに誰が住んでいるのか。日々、どれだけの人が生まれ、死んでいくのか。誰が、いつ、どこからどこへ移動したのか。地域に線を引く権力、人口を数える権力、そしてその両方が交わるところで国土を計画する権力。これらは、国民国家を国民国家たらしめる営為である。
フランスの思想家ミシェル・フーコーが『安全・領土・人口』で論じたように、近代の権力は、王が臣民に命令する力としてだけでなく、人びとの生を把握し、調整し、管理する権力である。出生や死亡、移動、疾病、労働、居住、そうした生をめぐる無数の出来事を数え、地図の上に配置し、統計的に処理することによって、いまでは当たり前の「人口」が誕生し、統治の対象となってきたのだ。
ただし、本書は地図・統計は権力であるという人文社会諸学の知見を、わかりやすく示すだけで終わらない。
七地方区分は本当に日本を説明しているのか、東西二分法はどこまで有効なのか、地方ブロックは自然発生的にできあがったものなのか、そうした既存の区分を説明するためにだけ地図と統計を用いるのではなく、むしろ、既存の区分を疑うために積極的に地図と統計を用いているのである。
地図と統計に、国土計画、産業構造、交通、食文化、方言、出生率、移民の歴史などをめぐる膨大な資料を重ね合わせることで、著者は、私たちが当たり前だと思っている単純化された日本地理、日本像に揺さぶりをかけることに成功しているのだ。
日本地理は「移動」によってできている
そして、個人的に本書が最も刺さったのは、地理を固定的な性質として論じるのではなく、「移動」の蓄積として描き出した点である。
2025年5月、私は『移動と階級』という本を刊行した。そこでは、21世紀以降、人文社会諸学において一つの潮流をなしているモビリティーズ研究の知見――移動を前提に、移動から社会を捉えるという移動論的転回――を手がかりに、現代社会がいかに移動によってつくられているのか、とくに移動をめぐる格差や不平等がいかに生じ、いかに再生産されているのかを書いた。
そんな関心に引きつけて読むと、本書には自著の問題意識と響き合う点が数多くあることに気がつく。たとえば、地理は、人やモノ、技術、文化、職、言葉などあらゆる移動によって形作られる側面があるという点。出稼ぎや進学、就職、移民、観光、交通など、無数の移動によって地理はつくられていることがみえてくる。
つまり本書は、非移動や定住が普通と目されてきた時代の日本地理ではなく、移動・移住社会の新しい日本地理を論じている。ここに、本書の「新しさ」があるといって過言ではないだろう(しかし著者が強調するように、移動そのものは古くから存在してきたし、過度に現代社会の移動を強調することには抑制的でなければならない)。
日本地理の本で移民史を論じるということ
印象的だったのは、第7章「移民から見た日本の『東』と『西』」である。『新しい日本地理』というタイトルから、多くの読者は方言や食文化や東西差の話を想像するだろう。私自身もそうだった。
もちろん、それも本書の大きな魅力である。だが、ここでは、日本から海外へ渡った人びと、朝鮮半島から来た人びと、日系ブラジル人、フィリピン人、新華僑、オールドカマーとニューカマーといった移民の歴史と現在を、日本地理の外側に置くのではなく、日本地理の内側に位置づけることで、日本地理そのものが、一見すると「非日本地理的なものの移動」によって成立していることを教えてくれる。
実際、この章を書くのは幾分の勇気が必要だったのではないかと想像する。昨今の外国人をめぐる議論は、しばしば単純化され、分断を煽るものが多いことは否めない。もしくは、政策的・経済的には人口減少社会における人手不足を補う、機能的な労働力としてのみ語られる。
だが、本書は違う。これらの見方から距離をおいた上で、外国人は近年急に日本に現れた存在ではなく、彼ら彼女らにも移動の歴史があり、地域差があり、日本を共に形作ってきた歴史があると地図や統計を用いて論じる。そうして浮かび上がるのは、日本は、はじめから日本列島の内側だけで完結していたわけではなく、無数の海を越える移動のなかでつくられてきたという事実なのである。
分断の時代に、新たな線を引く
本書は、地理の本であるが、読んでいると、分断の時代におけるある種の思想書のようにも思えてきた。
複雑なものを避けて単純化の引力に引かれる私たちにとって、そして、この世界が効率的で合理的なものであるためには、線を引くことは避けられない。
しかし、線を引くという行為には、つねに危うさが伴う。その線は、誰かと誰かを、どこかとどこかを分断するかもしれない。その線は、誰かを見えなくするかもしれない。その線は、ある土地と別の土地の間に上下関係をもたらすかもしれない。その線は、ある人びとをよそ者として排除するかもしれない。
でも、本書を読んだ後ならわかる。線を引いて分けること自体が問題なのではないのだ。単純化の時代、分断の時代に求められるのは、「なぜ、どのように線が引かれているのかを理解する」ことであり、「よりよく分けるための努力を止めない」ことである。そして、分けたらそれで終わりではなく、分けた者同士の濃淡やつながりを探すことを忘れてはならない。
著者はこう述べている。「地域区分は、一見すると地域を分ける試みのようでありながら、実はそれと同じくらいつなぐ営みでもある」と。『新しい日本地理』は、分断の時代に、線を引きなおし、そしてつなぎなおし、無数の線と生の重なりを読む解くための地理的想像力を与えてくれるだろう。

